第1回 路地

い町並みを歩いていると、人がひとりギリギリ通れるくらいの細い路地を見かけることがある。抜け道と言った方がいいだろうか。おろしたてのスーツを着ている時以外(まあそんな事今まで一度もないんだけど)、俺はたまらずその路地に入っていく。

路地に入った瞬間のヒンヤリした感じ。一瞬にして温度が変化して、一瞬にして時代が変化する感じ。その世界の変わり様につい魅せられてしまう。例えば店舗が大通りに面した部分だけ改装している場合、その変化は急激にやって来る。

ある時、いつものように忘れ去られていそうな路地に入っていくと、奥は行き止まりになっていて、一つだけ古い木造のベンチが置いてあった。昭和初期に作られたと言われても疑いもしないほどボロボロで、普段だったらなるべく避ける様なベンチだ。

とりあえずそこに座ってみる。すると俺が通って来た路地がよく見通せる事に気付く。もしかするとここは昔、恋人達の逢い引きの場所だったんじゃないかと勝手に想像してみる。狭い通路をこっそり、でも急ぎ足で入ってくる相手を微笑ましく見ていたのかなと。

そんな事を考えながらぼんやりしていると、向こうから誰か歩いてくる気配がする。なんとまあ白いビニール袋をもった婆さんだ。買い物帰りだろうか。いつもこのベンチで休憩して、アイスでも食べているのかもしれない。

さっきまでの淡い妄想がなかなか消えずに思わず苦笑した。俺はベンチから立ち上がり、婆さんが辿り着くのを待つ。道はここで行き止まり。さて、彼女と何を話そうか。