第11回 交差する2人
「別に朝焼けに思い出があるわけじゃないんだけどね、なんか見届けちゃうよね」彼女は向こうを見たままそう言った。
いつも突然連絡して来る彼女と深い時間までお酒を呑み、くだらない話をして、朝焼けが見えそうな日は一緒に朝焼けを見届ける。そんな関係がもう何年も続いている。まだ彼女が「彼」だった頃からだ。
出会った時の彼女は男だった。小柄で童顔ではあったが、彼女はまぎれも無く男だった。その頃はよく2人で呑みに出かけ、毎回呑み過ぎては俺の部屋に泊まっていた。そうして何ヶ月か経った頃、急に彼と連絡が取れなくなった。
共通の親しい友人がいたわけでもないから、所在を確かめる事も出来ず1年くらい経っただろうか。彼は「彼女」になって俺の前に現れた。薄く化粧をして、スカートを履いて、ぎこちなくヒールのある靴を履いていた。その直後、彼女は女として初めて男に告白し、女として初めて失恋をした。その日は朝まで一緒に泣いて笑ってまた泣いて、を繰り返した気がする。服装を笑い、靴擦れに泣き、化粧を笑い、告白に泣き、過去を笑い、未来に泣いた。
そんな事があってからも彼女はこうやって俺を訪ねてくる。彼女の言葉使いにもすっかり慣れたし、恋愛話には嫉妬する時さえある。ふと時計を見ると5時ちょうど。いつもの様に窓の外が明るくなり始める。もうすぐ彼と彼女の視線の先で夜と朝が交差する。それがなぜかとても神秘的な気がして、俺は黙ったままずっと彼女の後ろ姿を眺めていた。