第16回 黒い手の平

学5年の夏休みに交換留学でドミニカ共和国に行った。僕はドミニカの事はよく知らなかったし、全然行きたくなかったんだけど、父親が野球教室を開いていた関係で、勝手にどんどん話が進んでしまった。少年野球チームから2名選ばれ、ドミニカの少年野球を体験しよう!というもの。空港までは送ってもらえたけど、そこからは小学生2人だけ。10時間以上飛行機に乗り、美味しくない機内食を食べ、近くの席から聞こえてくるイビキで寝れず、ドミニカに着く頃にはもう既に日本に帰りたくなっていた。

飛行機のゲートが開いた瞬間、日本では嗅いだ事の無い匂い。身長が2メートルくらいありそうな黒人達。入れ墨がびっしりの太い腕から受け取るパスポート。全てにビクビクしながら、迎えに来てくれた現地の小学校教師に連れられて、今日から一週間通う学校に向かった。

クラスの生徒達はほぼ黒人。初めて会った日本人に興味津々で、通じない会話のままの質問攻めがしばらく続く。そして誰かが発した「カラーテ」という言葉。空手の真似事がウケるとは聞いてたけど、日本人同士での空手劇にクラス全員が狂喜するものだから、僕たちは奇声を上げ、汗だくになるまで張り切ってしまった。

教師が「丁度放課後に野球の練習があるから来い」というので、疲れてはいたけど行く事にした。早く皆と仲良くなりたいし、日本からこんなに離れた異国の小学生がどんな野球をするのか見てみたかった。

校庭に集まった野球少年達はユニフォームに着替えていた。「これは遊びじゃないんだ」と、さっきとはガラリと変わった表情から伝わる。しばらくベンチの端に座って練習を眺めていると、ふと「手の平」の色が目に留まった。僕は黒人は手の平も黒いと勝手に思い込んでいた。今までもきっと目にしていたはずなのに、手のひらの白さにどうして気付かなかったんだろう。

僕たちは何も変わらない。住んでいる場所が離れているだけ。話す言葉が違うだけ。思い出す神様が違うだけ。体の大きさが違うだけ。表面の色が違うだけ。僕たちは何も変わらない。

居ても立ってもいられなくなった僕は、急いでバックから自分のグローブを取り出し、校庭に駆け出した。大声出しながらグローブをパンパンと叩く。みんなは少し驚いたみたいだったけど、すぐに笑顔で僕にボールを投げてくれた。思ったよりも力強い直球で。