第19回 信じる信じない

「この飛行機が私が乗る最後の飛行機になってしまったんだ」

到着してから何度も何度も執拗に写真を撮っていた老人に好奇心で声をかけた時、彼が言った言葉だ。乗換のフライトまで少し時間に余裕があった僕は、彼の話を聞く事にした。

彼が生まれ育った場所は民間航空機の空港に近く、小さい頃から毎日眺めていた飛行機に憧れてパイロットになった。15年前に定年で引退してからも飛行機への興味は増すばかりで、色々な型式の飛行機に乗るのが老後の唯一の趣味になっている。

決められた通りに物事が動く事が大好きな彼は、飛行機に関する膨大なマニュアルを完璧に憶えていて、過去には判断の鈍った管制塔へも指示を出した事さえあった。

そんな彼が機内でインターネットを楽しんでいた。昔自分が操縦していた飛行機が今どの国を飛んでいるか調べたり、新型の飛行機に新しく導入された技術が、アメリカではなく、インドの技術という記事にひどく感動したりしていた。

そこでたまたま見つけてしまった記事は飛行機に関する記事だった。そこには「実はなぜ飛行機が空を飛べるのか解明されていない」と書いてある。

彼は自分の目を疑った。今までそんな事考えもしなかった。航空力学は学んだし、エンジンの威力も知っている。しかし学んだに過ぎず、もちろん自分で飛行機を作ったわけではない。調べても調べても彼の動揺を覆す記事を発見する事は出来なかったんだそうだ。

「すっかり忘れていたけど、確かにこんな鋼鉄が飛び回る事が不安に感じた事はあるんだよ、そんな不安定な物にはもう2度と乗れない、曖昧な事が凄く苦手でね」

彼は写真を撮りながら話し続けてくれた。彼の横顔は悲しみに暮れているかというとそうではない。むしろスッキリしている様に見える。

頑固すぎて若者に笑われながらも城を守り続けていた老兵士が、ついに剣を置く日の感覚に近いのかもしれない。帰りはどうするんですか?と聞くと、「妻に迎えに来てもらうさ、きっと車は単純な仕組みだろうからね」そう言って彼は立ち去った。

ガソリンが何で出来ているかまだ解明されていないという事は、しばらく彼には知って欲しくない、そう思いながら彼の後ろ姿を見送った。