第20回 ラストワルツ
「なにか1曲聴かせてくれないか」
俺は冗談のつもりで言ったんだけど、彼は静かにうなずき、黙ったままバイオリンを弾き始めた。曲名は分からない。3拍子の軽快なリズムが特徴的な曲だ。きっと有名な曲なんだろう、集まっていた人だかりも少し緊張感が和んだようだった。
もう視界もぼんやり。段々と遠のいて行く意識の中で、メトロノームとバイオリンの旋律だけが聴こえてくる。故郷の田園風景を思い出すような、使われていない音楽教室に突然迷い込んだような、そんな複雑な気持ちだ。
もうこのままここで寝てしまおう、そう思ったけど寝るにはメトロノームの音が大きすぎる。しかも俺の中から聴こえてくる気がする。なぜだ? 残された力を振り絞ってシャツをたくし上げると、そこには細かいコードがいくつも繋げられたタイマーがあった。そして刻々と減っていく数字が表示されている。
そうだ、俺は時限爆弾だったんだ。
「おいバイオリン弾き、見ての通りさ、さっさとここから逃げた方が良い、もう時間がないぞ」そう言うと彼は「もうここに一日中立っているのも疲れました。最後にもう1曲弾かせてください」と言った。残りはあと3分弱。
目を閉じた彼が最後の演奏に選んだ曲は、意外にも悲しみに溢れた曲だった。俺は申し訳ない気持ちと同時に、銅像にされてしまった苦しみを少しだけ理解した気がした。