第30回 本当の色
僕が葬儀屋に就職してから2年。ずっと斎場内での仕事だったが、今月からは自然葬の担当に配属された。
最近は墓でなく海や山などに遺灰を還してあげたいという人達が増えているらしい。
確かに小さい壷に入れられたまま、真っ暗な墓の中に何百年もいるよりは、土に還って生前大好きだった花を咲かせるのも良いかもしれない。
今日は珍しく海外の方からの依頼があり、フェリーで海に出た。
依頼主の彼はオーストラリア人で、奥さんが晩年に心を惹かれていた日本の海に遺灰を撒こうとしていた。
「妻は元々美術学校の先生だったんだ。僕はそのクラスの一番出来の悪い生徒だった。
今思えばわざと酷い絵を描いていたような気もする。かまって欲しくてね。
そして彼女を好きになってしまった僕は卒業前、彼女を描いた絵を贈ったんだ。
とても大きい絵だったよ。ただどうしても唇だけ上手く描けなかった、なんて言ったらさ、彼女は突然キスしてくれたんだ。これで上手く描けるでしょ?ってね」
嬉しそうに話す彼は続けてこう言った。
「彼女は「色」を専門に研究していたんだけど、その長い研究の中で、色彩豊かな絵よりも、水墨で描かれた絵の方が色を感じる様になったそうだ。
更には自分の心の様子で、同じ絵でも毎日微妙に色味が違って見える事にひどく打ち負かされた彼女は、それ以来絵画をやめてしまった。
だから実は僕は日本が好きじゃない。妻の絵の大ファンだったからね」
僕はなんて言葉を返せばいいかわからず、ただ黙って彼の話を聞いていた。
散灰の目的地にはもうすぐ着く頃だ。
彼は今も、日本に惹かれていた妻の心をなぞるように熱心に海を眺め続けている。
眼鏡の奥のとても穏やかな視線の先には、どんな色彩が広がっているのだろう。