第31回 ずっと行方不明

日の夜、行方不明だった父親が10年振りに突然帰って来た。

彼が出て行った時、僕はまだ6歳だったから実はそんなに憶えていない。

実際、昨日会ったときも「確かにこんな雰囲気だったなあ」位にしか思わなかった。

母親は抑え切れない怒りと、本当は寂しかった気持ちが混沌としていて、
怒鳴ったり、泣き出したりを繰り返している。あんな母親を見るのは初めてでちょっと戸惑った。

今日になっても家の中がヒステリックなままだったからだろうか、父親は僕を焼き肉に連れ出した。

この調子だと夕飯なんて絶対出て来ないし、
帰って来たくせにあまり喋らずにいる父親に、ゆっくり話を聞いてみたかったからちょうど良かった。

たまに食べに行く近所の焼き肉屋は既にほぼ満員。今の僕には活気があってなんだかありがたい。暗いおじさんと焼き肉してる姿なんて誰にも気にして欲しくない。

父親は絶対に食べ切れない位の大量の料理を注文をした。育ち盛りの息子がどれだけ食べるか分からないのかもしれない。

それとも父親っぷりを見せたいのだろうか。とにかく僕はそんな彼が少し気の毒に思えた。

彼は肉を焼きながら、10年振りに帰って来た理由を話し始めた。

「実はお前には弟がいるんだよ、まだ3歳だけどな。その子が骨髄の病気でもう危ないんだ。

ぎりぎりまで移植ドナーを待ってみたけど見つからなくてさ。だから最後の最後に血がつながってるお前に頼みに来たんだよ。でもなかなか言い出せなくてなあ」

僕は返す言葉に詰まってしまった。正直時間が経てばまた一緒に暮らせるかもしれない、僕から母親を説得しよう、
そんな事を密かに考えていた自分が情けなくなった。そしてまず、今までの事を一言くらい謝って欲しかった。

もちろん同情はするけど、今は弟なんてどうでもいい。僕の心がカチカチに固まるのを感じる。僕の10年が急速に色褪せていくのを感じる。

彼の告白から30分。肉も焦げて、飲み物も無くなった。

でも、僕はまだ言葉が見つからない。