第32回 とにかく踊れ

は「40歳になったらダンスを始める」と決めていた。ダンスの種類は何でも良い。

とにかく本能のままに踊る事を知らずに老いるのは絶対に嫌だった。

そんな風に思うようになったのはある映画がキッカケだったが、

関係が冷えきっていた妻が出て行った今、その衝動は日々強くなるばかりだった。

40歳初日。会社の誰にも誕生日だという事を知らせないまま20時に仕事を終えた。

僕の今夜の予定はたった1つ。ダンス教室に向かう事。とうとうダンスを始める日がやって来た。

様々なダンスの講習を体験しながら、どうしても踊りたいダンスを見つけるつもりだ。

スタジオに到着。すりガラスの窓にスタジオ内で踊る人達の姿が映っている。

心臓はひどく高鳴っていたが、緊張なのか興奮なのかは自分でもよく分からない。

ドアを開けると、そこに流れていた音楽は「ラテン」だった。

男性は1人もいない。日本人の女性もほとんど見当たらない。

そこには、汗をかき息を切らしながら、独特のステップで妖艶に踊る褐色の女性達がいた。

僕は衝動的に「ラテン」を踊りたい、と強く思った。

次の週には専用の靴、シャツ、ズボンを買い揃え、ダンス教室に通い始めた。

最初は僕を面倒そうに扱っていた女性達も、熱心に通い続ける僕を見て少しづつ認めてくれる様になった。

そしてダンス教室に通い出してから1年後、近くの商店街で行われるラテンフェスティバルへの出演に初めて誘ってもらえた。

僕はこの日のために用意した赤いシャツを着込み、出番を待つ。

何度も何度もステップを確認する姿に

「もう大丈夫よ、ステージでは音楽があなたを動かすんだから」と先生が言った。

出番は3分弱。遂に何百回も聴いたイントロが流れ出した。

すると突然体が勝手に動き出し、僕はアッという間にステージに駆け上がった。

いつものステップが次々と溢れ出す。

驚いた僕が先生を振り返ると「ほらね」とニッコリ笑っている。

とにかく踊ろう。僕のパーティーは始まったばかりだ。