第33回 ボタンの掛け違い
見下ろすと男はまだそこにいた。今日はもう2時間も経ってるけど帰らない。
ここ2週間。ほとんど毎日だ。
あの男は近所のパン屋で働いている。
バケットの堅さがあたしの好みだからちょくちょく買いに行っていたんだけど、
そのたびに挨拶していたらこんな事になってしまった。
いつからか、あの男がレジ係だった時はパンが一つ多く入っていたし、
シュークリームを頼んだ時には溢れるほどのクリームが挟まれていた。
あたしはそれを快く受け取っていた。常連客へのサービスとして別に珍しい事じゃないと思ってた。
ある時、パン袋の中に手紙が入っていた。すぐにあの男からだと分かった。
パンを受け取った時の視線が今までとはまるで違っていたからだ。
来店したあたしを見つけて、用意していた手紙を急いで入れたのだろう。
「ああ、またこのパターンか」そう直感し、このパン屋との急な別れに落胆した。
手紙は読まずに捨ててしまった。
あたしは美人で男に興味が無い。それだけでこんなに生きにくい。
誰かに好かれる度に自分が嫌いになっていく。
彼が彼女だったらすぐに迎えに行くのに。こんな簡単な事なのにちっとも叶わない。
「今日は凄く寒いから風邪引かないといいけど」
窓の下の男に少しだけ同情しながら、あたしは厚いカーテンを閉めた。