第34回 また会う日まで
店の前に椅子を用意して、今日もBARのオープン作業が終了する。
別に店内が満員の時に待ってもらうための椅子ではない。毎晩通ってくる「猫」のためだ。
俺が飼っているわけじゃないんだけど、いつのまにか店の前で寝転ぶようになり、
その堂々とした振る舞いが酔った常連達に大層気に入られ、
「今すぐあの子の椅子を用意しろ!!」という事になってしまった。
すると椅子を用意してからは、もうあの子は地べたには寝転ばない。
この椅子が自分のための椅子だと知っているのだ。オープンする頃にやって来て、椅子に座り、
常連達を迎え、夜が更ける頃にはいなくなっている。
まるで店のオーナーの様な仕事ぶりだ。
誰かが「あの子はマスターの前の奥さんじゃないだろうか」と言った。
BARの人気者だった妻のおかげで今もこの店を続けられてるのは確かだし、妻が亡くなって何年か後に現れたこの猫が、
店の未来を心配する妻なのだとしたらこんなに嬉しい事は無い。
新しく出来た彼女が「あの猫あたしには冷たいのよね」って言った時には1人で笑ってしまった。
長く生きた動物は言葉を話す事が出来るようになるっていうから、いつか一緒に話す時が来るだろう。
ポストに描いた星のマークは確実に文句言われると思う。
オープン時間が何分か過ぎる時の事も怒られると思う。
妻が好きだった椅子を覚えてたから褒めてくれると思う。
新しい彼女の事は「綺麗な人ね」って言ってくれると思う。
それで君は彼氏いるの?って聞いて無視されると思う。
今日も椅子を片付けながらそんな事を考えていた。言葉にならない。