第35回 傘もささずに

「出会った頃のパパは学生運動に熱心だった」という話は何度もママから聞いていた。

寝たきりで言葉も不自由になってしまった今のパパからは想像も出来ないけど、

昔のパパは喫茶店で何時間も同志達と口論したり、大学側に主張をするために教室に籠城したりと、

毎日ほとんど寝ずに「何か」と戦っていたらしい。

ママも例外無くそんな時代に流されながら、何となく学生運動に参加して、

頭でっかちな先輩達と恋愛してるうちにパパと出会った。

「あの人とにかく頑固だったから、仲間の中でだんだん浮いてしまって、最後の頃は1人ぼっちで演説してたわ」

とママはよく笑いながら話してくれた。

そんな両親でも、私が「香港の学生運動が気になるから行ってくる」と言った時はとても驚いていた。

まさか自分の娘が学生運動に興味を持つなんて思ってもみなかったらしい。

特にパパはそんな私に「伝えたい思い」があったみたいだけど、今のパパからはうまく汲み取る事が出来なかった。

たくさん写真撮ってくるからね、と言って病室のドアを閉める時になっても、

漏れてしまう呼吸と共にパパの瞳は何かを語っていた。

私は今バリケードの中。世界中から集まった人々が、自分の国の言語で書かれている学生達からのメッセージを熱心に読ん でいる。

座り込みが始まって1ヶ月。雨傘革命と名付けられたこの静かな学生運動で、香港の学生達は今どんな瞳をしているのか見てみたい。

時間と共に瞳の奥の輝きを失っているのか、それとも。

私はゆっくりと深呼吸をして、革命の中心へと向かう。

もしかしたらパパの後ろ姿を見かけるかもしれない。そんな思いに耽りながら。