第48回 黒い太陽

つもの道を歩いていると、真っ黒くて小さい猫と目が合った。その黒猫は視線を僕に合わせたままビルとビルの隙間に入って行く。その一瞬の視線のやりとりが、僕はなんだかとても気になった。今日はいつもより早めに家を出たし、ここから会社までは歩いて5分くらいだ。少しくらい寄り道しても大丈夫だろうと思い、黒猫が入って行った隙間を覗いてみる。壁と壁の間は50センチくらいだろう、普段から人が通る場所では無い様だ。僕はスーツが汚れないように気をつけながら、横歩きで黒猫の後を追った。誰も見ていない事を良いことに、猫の鳴き声を真似ながら奥へと進んで行く。暗い場所だから黒猫はよく見えなかったけど、僕の鳴き声に応えてくるから近くにいるのはわかる。

5分くらい進むとさらに隙間は狭くなっていた。さすがにこれ以上進めないから諦めて戻ろうとした時、僕の体は動くことが出来なくなっていた。気付くのが遅すぎた。すっかり隙間にはまってしまったのだ。スーツの汚れは諦めて強引に戻ろうとしても動けない。カバンにいれてある携帯電話を取ろうとしても片手ではうまく取れなかった。遅刻はまず間違いないだろう。なんて馬鹿なことをしてしまったんだ、と僕は強く後悔した。そのまま10分が過ぎ、僕は恥ずかしながら大声で助けを呼ぶことにした。深く息を吸い込んでから「すいませーん!」と何度も叫んだ。

1時間経っても2時間経っても誰も助けに来てくれなかった。でも僕はそれよりも、携帯電話が全く鳴らない事が悲しかった。遅刻なんてほとんどしない僕が連絡もなしに出社していないのに、誰も変に思わないのだろうか。ひとつ目の会議はもうとっくに終わっているはずだ。僕が作って来た資料が必要なはずなのに。今日一緒にランチに行くことになっていた事務の女の子はどうだ。心配して連絡して来たっておかしくないのに。なんだか全てがどうでもよく思えて来た僕は、助けを呼ぶのを止めて空を仰いだ。そこには数十センチの青空が伸びていた。昇る太陽がこの隙間を通るのはいつ頃だろうか。そして太陽はこんな僕を見つけて笑うだろうか。それとも泣いてくれるだろうか。