第54回 猫が行方不明
僕は休日を使って迷い猫を探すボランティアをやっている。別に団体に所属しているわけではなく、ただ自分1人であちこち探しまわるだけだ。小学校の頃、飼っていた猫がふらふらと外に出て行ったまま戻らなかった事があって、その時のあまりにも大きな喪失感が「迷い猫探し」を始めるきっかけになった。毎日名前を呼びながら色んな場所を探したけど、結局ウチの猫は見つからなかった。20年近くたった今でも、似た毛並みの猫がいると自然と目で追ってしまう。
今日は通勤中の電信柱に張られていた迷い猫を探している。「3歳オス」と書いてある。人間だったら25歳くらい。もう良い大人だ。この張り紙は昨日から張られていたから、まだそんなに遠くには行っていないかもしれない。僕はいつもまず近くの公園から探し始める。どこの地域にも必ず野良猫に餌をまく変わり者のおばあさんがいて、迷い猫が餌をもらっている事がよくあるからだ。数時間かけて大小様々な公園を巡り、僕はとうとう迷い猫を見つけた。近づいて行くとあからさまに嫌そうな顔をする。とても警戒心が強そうだ。
彼が残り物を食べ終わるのを待っている間、僕は彼の雰囲気に違和感を感じた。色だ。彼の毛の色が不自然だったのだ。どうやら顔以外の全身を飼い主に染められているらしい。しっぽの先を見てみると、茶色の前に染められた色がまだ残っている。僕は確信した。彼は迷ったのではなく、逃げたのだ。あまりに申し訳なくて言葉が出ない。それ以上近づくのをやめた僕を見て、彼はホッとした様子で食事に戻った。
彼にとっては25年。どんなに長く感じた事だろう。すぐに僕は電信柱に戻り張り紙を剥がした。近所中の同じ張り紙を、出来る限り探し出して剥がした。怒りと悲しみがやっと落ち着いて来た頃、辺りはもうすっかり暗くなっていた。やるべき事が最後にもうひとつ。僕はホームセンターでなるべく派手なペンキを買い込み、張り紙に書いてあった住所へと向かった。