——染谷さんは渡邊さんに音楽を発注する際に、音のイメージとか作品に関して何か伝えたことはありました?
染谷 M位置(音楽をかける場所)を伝えて、「この人はこう見せたい」とか「このシーンはこういう意図があります」とかは伝えましたが、どんな音楽にするかはお任せでした。琢磨さんなりの解釈を一度聴かせてください、っていう感じで。
渡邊 染谷監督の映画はシーン毎に様々なレイヤーがあって、表面的に見えていることと、登場人物の内面で起こっていることが相反してたり、人の感情の複雑さをリアリスティックに反映してることがままあるので、一方的な音楽で観客を引っ張ってしまうと、演出意図が破綻してしまう。なので、シーンごとに監督の意向を、詳細に汲み取っておかないといけない。
染谷 電話でよく聞かれました。「ここはこういう解釈で良いんだよね?」とか。そういうやりとりは何度もしましたね。
——2作目の『清澄』は実験的な作品なので、ドラマがはっきりしていた『シミラー バット ディファレント』とは違った難しさがあったのでは?
渡邊 初見では、正直、どういう話しかわからなかったんですけど(笑)、劇伴に関しては、変化が緩慢なドローン風の音楽が良いと思いました。登場人物の二人(川瀬陽太、染谷将太)が消えたり現れたりするシーンがあって、その生きているのか死んでいるのかわからない不穏な雰囲気に、ジワっと浸透していくような音楽が良いなと。そういえば、音楽のリクエストなにかありましたね?
染谷 確か「ラストシーンに切なくなりたい。そういう感じに持って行けるような音楽が欲しいです」って。
渡邊 そのことを踏まえて、映画の冒頭から少々切ない感じのピアノを当てたら「ここはまだ早いです!」と言われました(笑)。それで映画の世界観に沿ったドローン風の音楽をつくって、最後にピアノを入れたのです。
——『ブランク』は残念ながらまだ拝見できていなくて。どんな風に音楽が使われているのかわからないんですけど、本作のサントラについてはいかがでした?
渡邊 これは破壊的に意味不明な映画で(笑)、音楽の量もバリエーションも過去最高です。
染谷 25分の映画なんですけど、〈25分間、ずっと音楽が鳴っててほしい〉って発注したんです。
渡邊 今回はあえて監督の意図を掘り下げず、自分の第一印象で音を当ていきました。とにかく、主人公(山本剛史)が掴みどころがない男なので(笑)、いくら彼のエモーションや動きに沿った音を当てても釈然としない、解釈の余白が残る。エンドロールでダンス・ミュージックが流れるんですが、クレジットの量と尺が分からなかったので、あえて長めに作ったら、曲の途中でクレジットが終わっちゃって、スクリーンと劇場が真っ暗な中、ドンツコドンツコ鳴ってる。あまりに長いんで途中で無理やり切ったら、かなり暴力的な終わり方になってしまった。
染谷 それが事故みたいな切れ方で。お客さんも戸惑ってた。
——なんだかすごい作品ですね。染谷さんは渡邊さんの音楽を聴いてどう思われました?
染谷 最高でした。自分がなんとなく意図してる、やんわりとした色みたいなものがあるとしたら、それとは全然違うものになったけど、そうなることを期待していたので。今回は一回も「ここ、直して下さい」って言わなかったんですよ。あがって来る音をひたすら楽しみにして音を貼ってました。
——「なんとなくイメージしていた色合いと全然違った」ということは、染谷さんのなかで、発注する前に音のイメージがぼんやりとあるんですか。
渡邊 意外とあるでしょ?
染谷 いや、そんなないですよ。お芝居と一緒な感じがするんですよ、音楽って。お芝居って、台本を読んで実際に動いたり喋ったりして、初めてかたちになるじゃないですか。音楽も演奏して初めてそれがどんなものか見えてくる。なんかすごい近いものを感じてて。それに映画音楽は、映像につけてみないとわからない。なので、「こんなジャンルの音楽で」とか「こんな楽器を使って」とか、そういうのはあまりないんですよ。自分が音楽家じゃないから余計そうなんだと思います。
渡邊 でも、監督御本人の意思とは無関係に、音を当てる前段階から、とても音楽的な映画・映像もありますからね。染谷監督作品にはそういうものを感じますね。映像を観ると、既に音楽が鳴っている気がする。
——染谷さんが音楽的な感性を持っているということなんでしょうね。結構、前に取材した時、ノイズバンドでドラムをやってるって言ってたし。
渡邊 そういえば、昔、家に遊びに行ったらドラムあったね!
染谷 そんなこともありましたね(笑)。遊びですよ、遊び。今はもうやってないです。
——過去には、牧野貴さんと弦楽アンサンブルを加えて3人でユニットを組んで<ARABAKI ROCK FEST>に出演したり、染谷さんが弁士、渡邊さんがピアノ演奏で、無声映画の上映会でパフォーマンスをしたりもしていますが、二人は音楽的な感性が通じ合うところがあるんでしょうか。
渡邊 どうなんでしょうね。染谷君が若い頃は〈これ聴いたほうがいいよ〉などと先輩面して言ったこともありましたけど、もうすっかりベテランだし、彼がどんなものが好きなのか未知数になってきた。でも、作るものに関しては信頼してます。何の根拠もないんですけど。
染谷 でも、琢磨さんの音楽が俺の作品に合ってるっていうのは、若い頃に琢磨さんの音楽教育を受けたのも関係あるかもしれないですね。
——なるほど。そんななか、染谷作品のサントラをもとにした新作『ブランク』をリリースされますが、オリジナル・アルバムとして構成してみていかがでした?
渡邊 映画が製作された時系列に即して曲順を構成したのですが、サウンドトラックの特性上、作品毎に音楽性は異なっていますが、やはり、染谷監督の世界観が、音楽にも影響していて、それが一貫したコンセプト、質感になってますし、それを素地に独立した音楽作品として再構築、仕上げる作業は、とても新鮮で発見も多々ありました。
——『シミラー バット ディファレント』の時は、自分がやりたかった音楽と合致した、という話がありましたが、『ブランク』は染谷監督とのコラボレートともいえますね。
渡邊 そうですね。監督から「こんな感じの音楽を作ってほしい」と言われれば、そういう方向性で作りますが、染谷監督の場合、その時々に私自身がやりたい音楽を当てはめてみると合致することが多いので、その点、楽しいです。いちばん新しい『ブランク』の劇伴には、いま自分がやりたい音楽が反映されてると思いますし。
——染谷さんは『ブランク』を聴いてみていかがでした?
染谷 興奮しました。映画の編集作業をしている時に、もらった曲を並べてアルバムみたいにして聴いたりしてたんですけど、それとはまた違って聞こえました。
——染谷さんは渡邊さんの音楽のどんなところに惹かれますか。
染谷 聴きだしたら、ずっと聴いていられるんですよ。そのままダラダラ聴いていたくなる(笑)。
渡邊 だとしたら嬉しいですね(笑)、映画音楽に関しては、観客の意識が音楽に行き過ぎるのも失敗なわけだし、あくまで演出効果の一部ですからね。
——染谷さんは3作続けて渡邊さんに音楽を依頼したわけですが、別の作曲家ともやってみたいと思います?
渡邊 予算が増えたら大御所に(笑)。
染谷 いや、それはないです(笑)。予算が増えたら、その時はお金をかけてやってもらいたいですね、それでどんなものができるか楽しみだし。他の作曲家の方とここまでの関係性を作り上げるのは至難の技ですし、どんな感じで仕上がるのか予測がつくと面白くないし、損だと思って。琢磨さんの音楽は、いつも予想外の面白さがあるんです。
——そこが魅力なんですね。
染谷 そうですね。映画で映像やお芝居を観客に伝える時、音楽はその架け橋になってくれるものだと思うんです。その架け橋は、自分が思ったものと方向性が一緒でありながら、全然違う色あいのほうがお客さんには伝わるんじゃないかって思うんですよね。
——では、しばらくは渡邊さんとのコラボレートが続きそうですね。
染谷 これからも琢磨さんの音楽を聴き続けていきたいです。琢磨さんが作る音楽って、ずっと変わっていくと思うので。僕もやりたいことが微妙に変わっていってるし、お互いに変わり続けながら一緒にやっていけたらいいなって思います。
渡邊 確かに、人間は、なかなか変われないですが、音楽は変わっていくと思います。音楽と一緒に人間も成長できたら良いですけどね(笑)。
RELEASE INFORMATION
ブランク
2017.09.17(日)
渡邊琢磨
IPM-8077
¥2,300(+tax)
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text & interview by 村尾泰郎
photo by Ryo Mitamura