9月に公開されるエミール・クストリッツァの新作映画『オン・ザ・ミルキー・ロード』。登場する動物たちの演技がいきなり見事で驚いた。クストリッツァ自身が演じる主役の男、コスタがツィンバロム(金属弦をスティックで叩く楽器)を弾いている側でダンスしているハヤブサとか、体重300キロの熊にコスタが口移しでオレンジを食べさせるシーンとか、実写なのだという。クストリッツァの映画ではたびたび出てくるガチョウも今回はとりわけヴィヴィッドに描かれている。
舞台は架空の村である。とはいえ、村人たちが喋っているのはセルビア語であり、村を襲った残忍な兵士たちはイギリス人将校が率いる多国籍軍だ。となると、1995年にNATOがボスニア・ヘルツェゴビナのセルビア軍に対して行なった空爆と、1999年にNATOがコソボのセルビア人勢力に対して行なった空爆を、セルビア人の側に立って改めて批判する意図があると思われるかも知れない。
実際は、90年代のユーゴスラビアでイギリス人のスパイから逃れようとした女性の伝記、アフガニスタン紛争中にロシア軍の基地に牛乳を補給していた男の話、地雷原で羊の群れを飼っていたボスニアの男の話という3つの実話をミックスして作ったもので、普遍性のあるファンタジーになっている。
戦争の最中でも呑気に暮らしている村人たちの日常が緻密に描かれていて美しい。とりわけ、酒場でセルビアならではのジプシー音楽ふうのバンドが演奏して村人たちがダンスしているシーンは印象的だ。コスタが牛乳を運ぶロバから降りるときに右足を前に跳ね上げるところとか、相棒のハヤブサが肩に留まるシーンの身のこなしなどもカッコ良い。
これらの描写にはバルカン半島に拠点を置いて創作してきたクストリッツァならではの美意識が反映されていて、それ自体が西欧の価値観に対するオルタナティヴな表現になっている。機材の進化を巧みに利用していて、映像の美しさは今までのクストリッツァ作品と比較しても際立っている。
後半になってから物語は一転する。村は襲撃されて焼き払われて村人はみな殺されてしまう。コスタは村に帰る途中でヘビに襲われて時間を浪費したことにより命拾いして、セルビア語を喋っているイタリアの女優モニカ・ベルッチが演じる花嫁と、奇想天外かつ甘酸っぱい愛の逃避行が続く展開になっていく。