『ライフ・イズ・ミラクル』(2004年)は、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争を題材に、サラエボの南、40キロに位置するゴルビッチ(Golubići)の駅などでロケが敢行され、セルビア人の主人公と、紛争では敵対関係にあったイスラム教徒のボシュニャク人女性の恋を描いた映画だった。このときも終盤で愛の逃避行になった。

ライフ・イズ・ミラクル(字幕版)

クストリッツァには、『アンダーグラウンド』(1995年)のときから「大セルビア主義に近い観点から描かれている」という批判がつきまとっていた。NATOが軍事介入したときは批判する立場を鮮明にしていて、その結果セルビア人勢力によるジェノサイドを免罪しているように見えていた。そんななか『ライフ・イズ・ミラクル 』でセルビア人の主人公とボシュニャク人女性との民族を越えた恋を描いたことにより、セルビア民族主義一辺倒ではないことを具体的に示したわけである。

映画『アンダーグラウンド』予告編

『マラドーナ』(2008年)は、バルカン半島から離れたテーマを扱うことで、別の角度から英米に対抗するオルタナティヴな視点を持っていた。

ディエゴ・マラドーナは、右腕にチェ・ゲバラ、左足にフィデル・カストロの入れ墨を入れている。05年にアルゼンチンのマル・デル・プラタで開催された米州サミットでの激しいデモの様子から、07年撮影の、マヌ・チャオが路上で“La Vida Tómbola”を歌っているところに繋がり、その姿をマラドーナが見ているというのがラスト・シーンだ。

『ライフ・イズ・ミラクル 』と『マラドーナ』によって具体的に世界を描いた末に、この新作『オン・ザ・ミルキー・ロード』で架空のファンタジーに行き着いているところに大きな物語を感じないわけにいかない。オフィシャル・インタヴューでクストリッツァは「これで自分の映画人生における紛争のページは確実に終わりになる」と発言している。

映画 『 マラドーナ 』 予告編