© Photography: X-Ray Audio Project / Paul Heartfield

ボーン・ミュージックって?

現在の日本で今まで当然のように聴くことができた音楽を聴くことができなくなったら?――想像もできないことだが、あながち起こりえないことでもない。例えば電気グルーヴの全作品が配信/販売停止になった際、特にクラウドでのリスニングを習慣にしていた人の多くはライブラリーが完全にブランクになってしまった状況にショックを受けたはずだ。「このアーティストは問題だから、作品も聴かせない」、それは果たして誰が決定することなのか。そして近未来において、自由に音楽を聴くことができない事情が生まれるとしたら、それはどんな理由なのだろうか。起こってほしくないことだが、過去の歴史にはそんな恐ろしいことがあった。それを実感する糸口が、この「ボーン・ミュージック」だ。

ボーン・レコードの誕生

ボーン・レコード=直訳すると骨のレコード、だが、実際はレントゲン写真のフィルムに音源をカッティングしたレコードだ。40~60年代、冷戦時代のソビエト(ソ連)ではアメリカ音楽文化の象徴であるジャズやロックンロール、一部のロシア音楽を聴くことが禁止されていた。しかし若者なら国境をこえてプレスリーを聴きたかっただろう。当時はクラシック音楽以外はレコード店で入手できなかったらしい。そこで、高価なアナログレコード用の素材に代わり、1枚3分程度しか録音できないが、若者たちは使用済みのレントゲン写真のフィルムをレコードがわりに、特殊なカッティングマシーンを使って、禁止された音楽を録音し、密かに楽しんだのだ。この事実が当局に知られると刑務所行きであるにも関わらず、である。

ボーン・ミュージック・プロジェクトについて

政治的な観点から表立って聴けない音楽が生まれるという、歴史を知る上でもボーン・レコードの存在は重要だ。だが、それに加えて「そこまでして音楽を聴きたかった人々の思い」が詰まったボーン・レコードは一見、禍々しいがユニークなプロダクトでもある。このレコードを偶然発見し、世界で展示を行っているキュレーターのスティーヴン・コーツ氏は今や冷戦時代のソビエトでの出来事に限定せず、ユニバーサル・ストーリーとなったボーン・ミュージックを音楽とアナログ盤カルチャーを好む現代の若者にも楽しんでもらい、そこに秘められたロマンティックなストーリーを理解して欲しいという。

Interview:スティーヴン・コーツ

もし自分の好きな音楽が聴けなくなったら?BONE MUSIC展が発信するロマンティックなストーリー interview190422-bone-music

――サンクトペテルブルグの蚤の市で初めて「ボーン・レコード」を発見した時の感想とは?

実は、初めてボーン・レコードを手にしたとき、それが何なのかわからなかったんですよ。何かしらのレコードだとはわかったんだけど、ソノシートなのか?……とにかく戸惑ったのを覚えています。今まで見たこともなかったからね。ロシア人の友達に聞いても、誰も知らなくて。それを蚤の市で売っていた当人も、全く興味がなかったみたいでした。だからボーン・レコードの第一印象は、「好奇心」と「戸惑い」です。実際ロンドンに持って帰るまで、その正体はわからないままでした。でもロンドンでそれが78回転で再生するレコードだということが判明して、独特なレコードだということがわかったんです。

――「ボーン・レコード」は現在、どのような機器で再生できるのでしょうか。

78回転のスピードで再生できるものであれば普通のレコードプレーヤーで再生できます。全部じゃないけど、殆どのボーン・レコードは78回転で録音されてます。当時のレコードがそうだったからね。あと78回転の方が音質がいいんです。欠点は一つのレコードに長尺のものを録音できないということですね。ちなみに、針はよく古いレコードを再生するときに使う、柔らかい78回転に適したものがいいです。

――実際に聴いてみていかがでしたか? 音質、録音されている音楽の種類など。

今のアナログレコードと変わらない音質のものもあったものの、大半が酷い音質だったようです。録音する機械自体の問題や、録音する人のスキルによってもばらつきがありますね。作るのもそう簡単じゃない。あとは録音する元の音源の種類にもよります。新しいレコードから録音したら良い音質だったし、ラジオやすごい古いレコードの音源からだと音質が悪かった。比較的新しいボーン・レコードは、同じレントゲン写真でも素材が違うから、音質も違ってきますね。どちらかというとうるさい感じになるんだけど、録音する人の腕がよければノイズも抑えられます。ちなみに状態のよくないボーン・レコードの音は、昔の蓄音機の音に近いですね。

当時ソビエトのボーン・レコードに録音されていた音楽は、検閲された音楽、禁止されていた音楽、またはお店では買えない入手困難な音楽でした。西洋の音楽、ジャズ、ロックンロールだけでなく、ロシアの音楽でも禁止されていたものもあります。例えばピョートル・レシェンコ(Pyotr Leschenko)。戦前は人気があって問題なく聴けたのに、西の方に住んでいたことがあるという理由だけで裏切り者とみなされました。若者にとって良くないとされていた音楽のジャンルもあります。例えばラテンのマンボや、タンゴ、ジプシー音楽。ロシア民族音楽、ストリートミュージック、当時の苦しい生活状況を歌った音楽、刑務所内で人気があった音楽など。いわゆるみんなに人気があるけど禁止されていたポピュラー・ミュージックが録音されていました。

――レントゲン写真はソノシートのような材質なのでしょうか。

ボーン・レコードとソノシートはよく似ています。ボーン・レコードはソノシートの一種と言ってもいいのですが、素材は違います。ボーン・レコードの素材は写真のフィルムです。それぞれ作り方も違う。ソノシートはプレスして作るので一度に数千枚作れるけど、ボーン・レコードは一つ一つ特別な機械でカッティングするので時間がかかるんです。でも両方とも柔軟性のある素材ではあります。実際ソビエトでは様々な素材に録音されていたそうです。

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Photography by Paul Heartfield

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――レントゲン写真に録音してまで西側の音楽を聴きたかった旧ソビエトのリスナーの気持ちを想像することはできましたか?

ソビエトで音楽を聴いていた人たちは、ごく一般の普通の音楽を愛する人たちでした。純粋に音楽を聴くのが好きだった。西洋の音楽、西洋のスタイルを好んだ若者たち。ジャズ、ロックンロール、あと当時禁止されていたロシアの音楽など。禁止されていた音楽を聴くだけだったらレコードを没収されるくらいで済んだものの、ボーン・レコードを作っていた人たちはヤバかった。見つかったら刑務所入り。勇敢だよね。音楽のために収監されるなんて。自分だったらそこまでしないだろうな。

――「ボーン・レコード」のプロジェクトや実物を見て、来場者にはどんなことを感じて欲しいですか?

初めてボーン・レコードと出会った時に自分がそうだったように、みんなも魅了されて、好奇心が掻き立てられたらいいなと思います。この美しくてポエティック(詩的・空想的)なレコードを見て楽しんでほしいです。そしてボーン・レコードのストーリー自体から何かしら感じてほしい。インスピレーションを受けてほしい。音楽が好きな人たちが音楽のために知恵をはたらかせて、そして身を危険に晒しながらも奮闘するストーリーを。日本人であろうがイギリス人であろうがロシア人であろうが、このプロジェクトを通じてみんなに「気づき」を与えられたら本望です。

――世界各地で展示をされていますが、各国の若者の反応に違いはありますか?

違いはないと思います。どこの国においてもこのストーリーに興味をもって感動してくれました。でもロシアとイスラエルのテル・アビブの反応は少し違かったかな。特にロシアの年配の方たち。モスクワだけじゃなくてロンドンで開催した時もお年を召したロシア人の方たちが足を運んでくれたんだけど、彼らにとってみれば、これは単に風変わりなレコードと禁じられた音楽の話ではなく、自分たちの人生のストーリーそのもの。彼らが若かった頃を振り返って、実際に経験したであろう話なので、彼らにとってみればエモーショナルな経験だったと思います。

――そして実際に禁止されていたロシアの今の若者の反応はいかがでしたか?

興味深いというか、びっくりしたんだけど、実は展覧会に来た殆どのロシアの若者はこの話を知らなかったんです。少しだけ耳にしたことがある人たちもいたようだけど、実際これが彼らの国の歴史の一部だったということを誰も知らなかった。みんな驚いていたし、自分たちの国の話なんだって、ショックを受けていましたね。

――歴史的な背景込みでの「ボーン・レコード」の魅力とは?

ボーン・レコードのイメージは「痛み」と「ダメージ(損傷)」です。レントゲンは、病気か怪我をした人の体の中を写した写真ですよね。でもその上にみんなが大好きだった音楽が乗っかっている。そう考えるとものすごくポエティックなコンビネーションだと思います。「痛み」と「喜び」のね。だから、このレコードはとても貴重で大事なものだと思わせてくれるんです。ストリートで作られて、ストリートで売られていたものだけどね。

――現代社会で、聴きたい音楽が聴けない状況というと、コーツさんはどのような状況を想像しますか?

まさにこの展覧会の課題ですね。いつもこの展覧会を通してみんなに提議して想像してもらっています。普通に生活していると音楽が聴けない状況というのは想像しがたい。わたしたちは音楽が自由に聴ける社会で育ったからね。でも大好きな音楽が聴けなくなってしまったら、とてつもなく悲しいと思います。

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Photography by Paul Heartfield

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――そして想像される状況が訪れたとき、コーツさんは音楽を聴きたいですか? また、どんな手段を使って聴くと思いますか?

昨今のテクノロジーの進化によって、音楽を禁止することは技術的に不可能だとは思います。インターネットがなくなるとか、デジタル技術が完全に抑制されるとか、大きな革命や変化がない限り、音楽を自由にコピーをしたりダウンロードしたりするのを阻止することは難しい。ただ忘れちゃいけないのは今でも自由に音楽を聴くことができない、ある音楽が禁止されている国はあるんだということ。でもそういう国でも、今やデジタルの技術が進化しているので、完全に禁止することはとうてい無理になってきています。

――コーツさんは冷戦や戦時下の音楽の政治利用についても研究されています。歴史上、音楽が好ましくないプロパガンダに利用された事例を挙げていただけるでしょうか。現在の若者からは想像できない世界だと思うので。

冷戦時代よりも前の、第二次世界大戦中にも、音楽はプロパガンダに使われていました。ドイツではジャズが禁止されていたけど、ゲッベルスはジャズバンドを持っていて、有名な曲の歌詞を替えて、イギリスやアメリカの政治家たちをバカにした替え歌を作っていました。ラジオで流してそれを聞いた軍人たちが、洗脳されるのを期待していたみたいですね。個人的にはあまり効果がなかったとは思いますが。冷戦時代、アメリカでは反共産主義の曲がたくさん作られて、歌詞の内容は共産主義をばかにしてからかったり、反スターリン主義のものりました。ロシアでは主に愛国主義の曲が多かったですね。アメリカや西洋に対して否定的な内容を歌うより、ソビエトがなんてすばらしい国であるかを歌った曲の方が多かった。今でも政治家たちが登壇するときにBGMでポップミュージックを流すのが流行っていたりしますよね。90年代にトニー・ブレア(※元英首相)がよく“Things Can Only Get Better”という曲をかけていましたよ。

――近年、サブスクリプションでの音楽視聴が当たり前になり、一方でアナログレコードを所有する楽しさが日本でも広まりつつあります。このような傾向は世界でも加速するとお考えでしょうか。

いい質問ですね。さあ、わからない。アナログレコードはアメリカやイギリスでも人気です。フィジカルなものと音をつなぐものとしてね。またコレクションできるものが見直されている傾向もあると思います。でもサブスクリプションサービスも便利ですよね。革新的なすばらしい発明だと思います。おそらくアナログレコード派は少数派のまま、サブスクリプションがしばらく主流なのでは。個人的には音楽を聞く方法はこだわらないけど、好きな音楽を一生聞き続けたいと思うし、音楽が我々にとって重要なものであり続けて欲しいと願っています。

――コーツさんがもし一枚しか「ボーン・レコード」に録音できないとしたら、何を録音しますか?

またいい質問ですね……何だろう……好きな曲がたくさんありすぎて、一枚だけに絞るのは無理です。仮に今日一曲選んだとしても、明日選ぶ一曲とは違うだろうし。そんな究極の一枚の選択をしなくてはいけない日が、一生訪れないことを祈っているよ。

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Photo:Ivan Erofeev ©Garage Museum of Contemporary Art

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Photo:Ivan Erofeev ©Garage Museum of Contemporary Art

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Photo:Ivan Erofeev ©Garage Museum of Contemporary Art

この展示のサブタイトルでもある“僕らはレコードを聴きたかった”には、時代を超えて通じるメッセージがある。ぜひ、今回の展示を通して当たり前に音楽が聴ける事は本当に当たり前なのか? そして、プロダクトとしても少し怖いようで美しいボーン・レコードを通して、様々な想像を巡らせてみたい。

Text by Yuka Ishizumi

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BONE MUSIC 展 ~僕らはレコードを聴きたかった~

会期

2019.04.27(土)~05.12(日)

会場

表参道 BA-TSU ART GALLERY

時間

11:00~20:00(入館は閉館の30分前まで)

料金

前売 ¥1,200|当日 ¥1,400|プレミアムチケット ¥2,400円