――唐突に切っているけど、全体を通して聴くとそこがクッションになったりしますね。
曲がある程度教えてくれる部分もあって。8曲目”コップの内側”とかは、あのくらいで切った方が絶対キレがあるな、とか……。
――曲として聴かせない感じですか?
そうですね。そのキレを最大限発揮する長さ。
――前後の流れもあるし。
このくらいの長さの方が、’曲’という印象より’音質’としての効果を発揮するというか…。
――なるほど。
うん。この間、知人のライヴを観ていて。ファストでエクストリームな感じのバンドなんだけど、観ていて曲が全部ちゃんと終わるな……って思ったの。曲が終わる前に次の曲に行った方がおもしろいんじゃないかなあ?っ思ってしまう。その方がスライト・スラッパーズを超えるくらいのファスト感が生まれるんじゃないか?って勝手にイメージしてしまう。曲云々より、そういうことの方が気になっちゃう。
――違う所に着目するんですね。
うん。曲ももちろん大事だけど、曲間とか間の雰囲気とか、そういう方が知らない間に聴く側、見る側に強い印象を与えていたりする。その部分も作り込んでいけたらとは思っていますね。
――今回、小文字borisとしてリリースされた三作を聴いてみて、改めて’ライヴ感’を感じました。今はデジタルが主流の時代ですが、borisにとっての’デジタル’とは、どういう捉え方なんでしょうか?
まぁツールの一つ。全然メインにはならない、それだけで完結できないけど、メインのアナログ感、肉体感を立ててくれる凄く便利なツールだとは思っています。音楽制作の現場においてはね、何年か前までは機械に人間が合わせるしかなかったと思うんですよ。クリックに合わせて叩くとか。グリッドに支配されてる感じで……。でも今は好きなテンポで叩いて、そのトラックに拍を打ち込んでいけば、揺れてるテンポにMIDIを同期させることも出来る。そういう意味で、やっとゼロくらいになって、まともに制作出来るくらいになったんじゃないの? でもまあね、やっぱりデジタルとか手放しで信用できないし、圧倒的に情報量が足りないとずっと思っていますね。今回もですけどレコードをプレスして聴いたときに、自分達の曲が’モノ’’物質’として体を持って自分達の前に現れてくれる感じは、デジタルのデータで曲を聴くのとは全然別の体験ですよね。やっぱり物質が目の前で振動して音を発しているのは全然違うよね。
分かり易くいうと、糸電話ってなんか良いでしょ? あの糸と紙コップの物質の振動、“物質”を通して聞こえてくる感じ。糸や紙、空気、紙コップの持ってる物質的な情報もどんどん上乗せされて耳に届く。だから、音、音楽が’もの’としての体を持っているっていうのは、デジタルとはもう全然比べようがない。フィジカルな手に取れることって圧倒的ですよね。ライヴ感とか空気感とかもね、アナログな人の体でしか成し得ない、生まれないものであって。いくら世の中のデジタル化が進んでも絶対にアナログ感や肉体性は忘れられないと思う。例えばプリキュアのエンディングでも実際の人が踊って、モーションキャプチャーで、プリキュアのキャラクター達が踊ってるように見せてるだけじゃないですか。9dwの2008年のアルバムを聴いた時に、プリキュアのエンディングを観る感じだった。そうでしょ?
――そうですか?(笑)
本当はプリキュアのエンディングも、おっさんとかが踊っているかも知れないんだけど、動きだけをトレースして、CGのキャラクター達が踊ってるわけじゃないですか。めちゃめちゃかわいらしく!(笑) 9dwもおっさん達が弾いたり、叩いたりしているのをMIDI信号に変換して音源を貼り付けたりとか……ヒューマンフィールを残したまんま、凄くキレキレの音になっていて……。あのアルバムが出た当時、凄く感動してね。音の手触りはクリアでキレキレなのに、どこかに人の体が感じられる。
――例えがあれですけど、まぁそうですね(笑)さっきもAtsuoさんが言ったように時代が追いついて、個人でもアイディアがあれば面白いものがどんどん作れるツールにはなっているけど、うまくやらないと味気ないっていう。好みの問題ですけど。
やっぱり、作っている側とその目の前の作品の緊張感はずっとないとね、作っている感じにならないよね。古い考え方なのかな?
――そんなことはないと思いますよ。
目の前の不安定な現実、作品……というか……。作り手の葛藤であったり緊張感の中で作品は充実していくんだよね。DAWソフトとかで打ち込んで何の緊張感も無くだだ流れだとね? ロボットとかプログラミングを相手にしているだけだから。バンドとか演奏とかを根本的なスタートとすると、猛獣使いにならざるを得ないじゃないですか。しかも猛獣使いの’ショー’として見せなきゃいけない。作り手がそういう緊張感、楽しさを感じていないと、聴く側にもそれは感じてもらえないだろうし。
――リスナーにはそれが伝わってしまいますね。
そうだよね。まぁデジタル化が進んで……つい音楽の現場の話になっちゃうんだけど、やっぱりビギナーは音楽の作り方自体を真似してしまうから、ソフトウェアと一緒に作り方もプロモーションされてしまう。音楽ってそういうもの、そういう作り方なんだっていうのも、一緒に流通されてしまうのはちょっと恐いね。
――なるほど。で、第二弾リリースの『extra』ですが、4曲目のタイトル”宴-unritual-”もシニカルで、5曲目”quadruplex”とのトライバル感が非常にヘヴィーな雰囲気で。
ジャムが始まる時は一言二言なんですよ。「次は静かめで」とか……。録れちゃったものを何回も聴きながら……4曲目は“宴-unritual-”って付けてるけど、色々フェーダ―が並んでるとこをどんどん下げていって……キックだけにしてみたら、痩せた悪魔がキャンプファイアーの周りを踊ってるような風景が浮かんできて。
――英語表記では”unritual”って書いてあって。
いつも邦題と英題の両方で、ひとつの曲のイメージ導き出す感じです。その曲は“宴”と“unritual”の相反する2つの言葉から何かイメージが伝わったらいいな、という感じですね。
――2曲目”ケモノピーク-kemono peak-”と6曲目”ディスチャージ-grave new world-”はBORISやBoris名義の作品に収録されていても違和感のない楽曲を収録したのは何故ですか?あえてリスナーを混乱させようとしているのかなと思ったのですが。
いやいやいや。過剰なサービス精神の結果だと思うんですけど…… (笑)。基本的にはいつもリスナーには楽しんで欲しい、本当にそう思ってます。自分でもサービス過剰な時があるとは思うんですけどね(笑)。まぁ、小文字の概念にしても自分達でアップデートしていかなきゃいけないのもある。ちょっと前までは大文字、小文字の表記も統合してライヴやったり、音源も出していたんだけど、その頃って唄モノにかなりピントを当てていた時期で……。その中で突き詰めていった方法論に、小文字の時の肌触りとか、そういうものをぶつけたら、もっと面白いものが出来るな、って感覚があった。その2曲とかは、その実践ですね。逆に言えば、小文字の方法論をぶつけて『extra』に入れることによって、着地出来た2曲というか……。『New Album』はあのくらいの曲の集まり、あのくらいの量があって作品として成立する感じがあった。この2曲は、ジュエリー・マキに提供した曲“有視界Revue”とかゲーム『善人シボウデス』に提供した”君の行方”とかと同じように、アルバム制作とは別に断片化していたタイプの曲だった。
――3曲目”howl part1”と7曲目”howl part2”に森川誠一郎さん(Vo:血と雫、Z.O.A)が参加していますよね?どんな経緯でコラボレーションに至ったのですか?
森川さんが今やってる“血と雫”を知人がリリースして、元々僕、Z.O.AもYBO2も大好きなんですね、それでコメントを書かせて頂いたり、ライヴを観させていただいて、お話しする機会も増え……。その時、正に『extra』を制作していて、その中のセッションでモロにそういう方向性の楽曲が上がってきた。栗原ミチオさんにもギターを弾いてもらっていて、ここまで来たら森川さんにボーカルを入れてもらうしかないな!っていう流れで……。お願いしてみたら、タイトなスケジュールの中、対応して頂けた。
――本人とのコミュニケーションの影響ですね。
それで直ぐにスタジオに来て頂いて録音……。実際こちらにイメージがあっても、録ってみないと分かんないしね。で、録れたものを更に色々エフェクト、編集で広げたりとか……。僕、結構プレイヤーに対して失礼なエディットとかする方で……。文末の言葉のエフェクトを、文頭に使用したりね……。文脈を無視……。でも森川さんも気に入って頂けたみたいで。