カナダはモントリオール出身の3人組、ブレイズ(BRAIDS)のサード・アルバム『ディープ・ イン・ ジ・アイリス』がリリースされた。前作『フローリッシュ//ペリッシュ』(13年)からおよそ2年ぶりとなる本作は、ラファエル・スタンデル=プレストンの飛躍的な成長が、とりわけ印象に残るアルバムだ。倍音をたっぷりと含んだソウルフルかつスピリチュアルな歌声は、コクトー・ツインズのエリザベス・フレイザーを彷彿させる瞬間もある。おそらく、ジョン・ホプキンスやマックス・クーパーといったIDM系のアーティストの作品に参加したことにより、ヴォーカリストとしての自覚がさらに高まったのではないだろうか。
11年にファースト・アルバム『ネイティヴ・スピーカー』でデビューした彼ら。当時はトライバルなリズムとサイケデリックな上モノ、無邪気なヴォーカルが交差する祝祭的なサウンドを奏でていたが、オリジナル・メンバーのケイティ・リーが脱退し3人体制で作り上げたセカンド・アルバムでは、レディオヘッドやポーティスヘッドらの影響を強く受けた、内省的でエレクトロなサウンドへとシフトする。そして、そのアルバムのレコーディングと並行する形で作り始め、ついに完成したのが本作だ。
冒頭で述べたように、まずはラファエルのヴォーカルに耳を奪われる。昨年1月に初来日を果たした、元恋人のアレックス・コーワンとのユニット、ブルー・ハワイでの静謐な歌声とは、また違った輝きを放っている。歌詞の世界も、女性がセクシャリティを表明することの困難さを綴った“Miniskirt”や、自分を傷つけ去っていった恋人や友人への赦しを表明する“Letting Go”など、まるで実体験を基にしたような赤裸々なテーマが多い。ここ最近、ビョークやFKAツイッグスが、そうした問題を作品にして物議を醸している。ブレイズの場合は彼女たちほどエクストリームな表現ではないが、それでも彼らなりの方法で歌わずにはいられないほど、今の世の中は深刻な状況にあるのかもしれない。
前作のエレクトロ路線を引き継ぎつつも、ピアノやアナログシンセ、生ドラムをフィーチャーしたサウンドは、優雅で美しく躍動感にあふれている。ライヴで聴けば、その魅力をさらに深く味わえそうだ。待望の来日公演を前にラファエルから、アルバムのこと、歌詞のこと、それから熱烈なファンだという、宮崎駿アニメについて話を聞いた。
『ディープ・ イン・ ジ・アイリス』ジャケット
Interview:BRAIDS[Raphaelle Standell-Preston(Vo.)]
ーー本作『ディープ・ イン・ ジ・アイリス』に収録されている楽曲の幾つかは、前作『フローリッシュ//ペリッシュ』の制作と並行する形で作り始めたと聞きました。
正確に言うと、『フローリッシュ//ペリッシュ』のレコーディングを終えて、ミックスの時点でいくつかの曲を書き始めたの。“Bunny Rose”はミックスの間に書いて、“Blondie”はアルバムが完成してすぐに書き始めたわ。その時点では、特に次のアルバムに入れるためにという訳ではなく、あくまでそれは実験的なものだった。もっと後になって、今作用の楽曲を作り始めた時、この2曲がアルバムの中で居場所を見つけていくプロセスは、とても素敵なものだったわ。
ーー結果的に、2年のインターバルを経て今作は完成しました。その間、あなたはジョン・ホプキンスやマックス・クーパーといった、IDM系ミュージシャンたちの作品にもヴォーカリストとして参加していますが、それはブレイズの作品にも影響を与えていますか?
ええ。自分が心から好きなミュージシャンとコラボレーションをすることで、たくさんのインスピレーションを与えられたわ。そこで音楽的に成長することによって、たとえブレイズとしての活動に長いインターバルが空いたとしても、再び私たちが一緒に何か作るときに新たな方向性を見出せているのだと思うの。
ーー前作は、『キッドA』(00年)以降のレディオヘッドや、ポーティスヘッドの『サード』(08年)、エイフェックス・ツインやオウテカといったアーティストに影響を受けたそうですが、今作はどんなアーティストに影響を受けてますか?
アルバムを作っていた頃は、たくさんのシンガー・ソングライターを聴いたわ。ジョニ・ミッチェルやアラニス・モリセット、サラ・マクラクラン。ヴォーカルが力強くて、多くの人たちに支持されてきたカナダのシンガーたち。サラ・マクラクランに関しては、もう人気が下がってるかもしれないけど(笑)。
ーーレコーディングはアリゾナの山小屋や、バーモント州の牧場などでおこなわれたそうですね。
そう。これまでのレコーディングとは違うことがしたくて、まずはアリゾナの砂漠を選んだ。そこにあったのは広大な土地と、灼熱の太陽、そして乾き。それからニューヨークのデリーへと場所を移して、美しく豊かな植物に囲まれた農場を借りたわ。バーモント州の牧場は、親しい友人の両親が提供してくれた場所。どこも人里離れているから、かなり大きな音で演奏できた。普段、慣れ親しんだ場所から遠く離れることによって、もう一度ミュージシャンとして、友人として3人で向き合いたかったの。窓を開ければ、なだらかに起伏した高陵や牛牧草地、広大な森が広がってるのよ。素晴らしい体験だったわ。都会のスタジオでレコーディングするよりも、遥かに多くの活力を得ることができた。
ーーサウンド面では、どんな影響がありましたか?
例えばフロアの軋み、外からの風、暖炉がパチパチと鳴る音、誰かが夕食の準備をする音。そういうものが、レコーディングマイクを通して作品の中に入り込んでいるはずよ。部屋の空気感や、壁からの反射音も、スタジオのそれとは違うものだし。
ーーそもそも、カナダではなくアメリカでレコーディングしたのはなぜ?
すぐ暖かくなるからよ! カナダは暖かくなるまでにはひどく時間がかかるの。それに、アメリカは場所によって景色が全然違うじゃない? だから、レコーディング場所を探すにしても、たくさんの選択肢があったわ。
ーーあなたは、アレックス・コーワンとブルー・ハワイとしても活動していますが、ブレイズとブルー・ハワイ、それぞれの活動を自分の中でどのように区分けしていますか?
ブルー・ハワイはどちらかというとフロア向けの音楽で、クラブやパーティーでオーディエンスを盛り上げることを目指してる。ブレイズはもっとパーソナルなものだから、2つの活動は完全に異なるものなの。自分にとっては、それぞれのクリエイティビティを追求できる部分は楽しいけど、これまで両方をいっぺんに活動してたから、くたくたになってしまったの。そこから回復するのに随分時間がかかったわ。これからは、ちゃんと自分の限界をわきまえ、2つの活動を無理なく続けていきたい。
ーー歌詞についてお聞きします。今作はとても赤裸々で、心に響く言葉がたくさん散りばめてあります。例えば、“Letting Go”では、《何人かの友人や恋人は敵となってしまった》と歌っていますが、この「敵となってしまった友人」の中には、元メンバーのケイティも含まれているのでしょうか。
ええ。私は自分を偽れないの。あまり具体的には話せないけど。
ーーそれに続き、《私は全員を許すわ/みんなも私を許してくれればと願う》とも歌っています。あなたは、たとえ相手が自分を許さなくても、自分は相手を許すことができますか?
私は、自分の感情を苦しみから解き放つための唯一の方法は、自分自身を許し、自分を傷つけた相手を許すことだと思っているの。人は許すことによって、自分でも良しとしない考えや行動から離れることができる。すでに起きてしまったこと、すでにそこにあることを、時間をかけてでも受け入れれば、それらを過去のものとして、客観的に見られるようになる。そしてそこから学び、成長するのよ。
Braids – “Letting Go”