天才的なメロディーラインから生まれる構成感豊かなハーモニー
鈴木「ギターで音域を広く取って作曲されるときは、二つの要素、例えばメロディー・ラインとベース・ラインや二つのコードといったものがぶつかりあって刺激的に聞こえたり、とてもうまく不思議な感じに美しく調和する時があったりすると思うのですが、常にあらかじめ計算のもとに作曲しているのですか?」
カニサレス「“ここでこの和音を使おう”などというようなことは、自分が作曲している時にはあえて考えたりしていません。そのメロディーについてハーモニーがどのように発展するのか、はコインの裏表のように自然発生的なもので、ここではこうしなくてはいけないという訳ではないのです。」
鈴木「この『洞窟の神話』というアルバムでも多重録音がたくさん用いられていますね。フラメンコのコンサートでは通常2ndギタリストと共に演奏するわけですが、曲があなたの心にパッと思い浮かぶときには、すでに一人では弾けないものが浮かんでいるのですか?」
カニサレス「いえいえ、最初のアイデアは一つで、やはりメロディが浮かぶのです。そこにギターで和声や対旋律を肉付けしていくと、後天的に複雑なものになっていくんです。もちろん、最初にハーモニーが先立つときもありますが、普通はメロディから生まれてきます。」
鈴木「新譜の一曲目、アルバム・タイトルにもなっている“洞窟の神話(シギリージャ)”という曲の中で聴かれる厳しい、無音の“間”、というのはとても日本人好みだと思いますがいかがでしょう?」
カニサレス「今回のアルバムの全曲を通じて言えるのは、一音たりとも、あってもなくても良い音、というものがないということです。それは楽音だけに言えることではありません。“間”、いわゆる休符の部分にも無音の音としての深い意味合いがあるのです。」
カニサレスさんの最初のオリジナル・フラメンコ・アルバム、『イマンとルナの夜』を聞いたのは、90年代の終わり頃だ。一作目にして、そこには比類のない強靭なテクニックと、洗練された知識、伝統に根ざし大地の香り立つ野趣が汪溢していて、ショックを受けたことを思い出す。
その後のアルバムにおいては、前述のように精緻を極めたクラシック音楽の演奏や、メロディアスで明快なラインを持つ強度の高いフラメンコを聴かせてくれてきたカニサレスさん。
成熟した芸術家として、それらこれまでの要素をすべて統合し、かつ最もエッセンシャルなギターとパルマ(手拍子)のみで彫りの深い造形へと結実させた『洞窟の神話』は、現在までのカニサレスさんの集大成と言えそうだ。そしてすでに、これからの未来を見据えた新たな一歩が始まっているようだ。
クインテットで展開される、待望の日本公演。その内容・メンバーは?
鈴木「9月の来日公演では、この新しいアルバムからの作品を演奏されるのですか?」
カニサレス「今回はクインテット、つまり5人のグループとしての来日なので、アルバムのレパートリーに新たな編曲を施します。ギター(音楽)、バイレ(踊り)、カンテ(歌)という、フラメンコにとって“三種の神器”とも言える要素が揃うので、バラエティーに富んだ表現が可能となるでしょう。」
鈴木「ステージは二部構成ですか?」
カニサレス 「そうです。ステージで表現されるたくさんの情報をよく理解していただくためには休憩は挟まなくてはいけませんし、それぞれのステージをどのような構成で興味深いものにしていくかということを考えるのは……これから考えるのですがほんとうにむずかしい、けれども大切なことです。」
鈴木「今回来日するクインテットのメンバーをご紹介いただけますか?」
カニサレス「2ndギタリストのファン・カルロス・ゴメスは、自分のソロのアルバムもたくさん発売している実力派の素晴らしいギタリストです。踊り手としてはまずチャロ・エスピーノ。彼女はアカデミーで踊りの技術を身につけた素晴らしい踊り手であると同時に、カスタネット奏者としても高い評価を受けているアーティストです。もう一人のダンサーはアンヘル・ムニョス。彼は自身の舞踊団を持って自分の作品を世界各国で発表してもいる実力ある踊り手です。歌手として参加するホセ・アンヘル・カルモナは自分のCDも発表していますし、作曲も手がけるミュージシャンです。今回はマンドラ(マンドリンに似た撥弦楽器)の演奏も担当してくれるので、音色に広がりが出るでしょう。」
鈴木「今後のプロジェクトはどのような予定があるのですか?」
カニサレス「クラシックのプロジェクトとしてはホアキン・ロドリーゴの作品による3部作のアルバムを考えています。そして11月には“アル・アンダルス”に続く2作目の自作ギター・コンチェルトをバルセロナの交響楽団と共演します。まだまだ他にも、新しいプロジェクトは尽きることがありません。」
スカルラッティ=フラメンコの原点?それぞれの音の共通点とは
ここで来日公演の関係者さんたちの質問時間があり、ひと通りおちついたように思えたところで、僕は用意して来た質問の中から、僕自身の音楽活動にもっとも密接に関わりがありそうな話題をきりだしてみた。
鈴木「ところで、あなたはバロック時代にイタリアからスペインに渡って活躍した作曲家、ドメニコ・スカルラッティの作品集も録音されています。マヌエル・デ・ファリャの作品の中にフラメンコの古典を聴き取ったように、スカルラッティの音楽に感じたことはあるのでしょうか?」
ドメニコ・スカルラッティの父であるアレッサンドロ・スカルラッティは17世紀イタリアでもっとも活躍した作曲家の一人であった。父の影響を受けたドメニコも早くからその才能を発揮したが、新天地を求めてヨーロッパを旅するうちに、ポルトガルのリスボンへとたどり着き、まだ10歳ほどだった同地の王女バルバラ・デ・ブラガンサの音楽教師として仕えた。王女がスペインの王家に嫁ぐことになると、ドメニコもそれに従いスペインへと赴いた。
ポルトガルからスペインへの道中、街の片隅で出会う辻音楽師たちの演奏や街の人々の喧騒には、海を隔てたアフリカ大陸やカナリア諸島から伝わった快活なリズムや、庶民の楽器から繰り出される粗野な和音が聞かれ、のちにドメニコは自身の作風にそれらを磨いて取り込んだ。僕はその頃の音楽とフラメンコの出会いについて聞いてみたかった。
カニサレス「まずはじめに、フラメンコというものがはっきりと成立したのは18世紀のことでしたから、ドメニコ・スカルラッティがやって来たスペインにはまだフラメンコは存在していませんでした。でも反対に、スカルラッティの音楽を弾いていると、その後にフラメンコが受け継いだであろうハーモニーの動き=カデンツァを見つけることができる気がしています。」
鈴木「のちにフラメンコをスペインにもたらす人たち、というか民族はその頃はどうしていたのですか?」
カニサレス「たぶん東の方からスペインをめがけて旅をしていたのだと思いますよ。そしてスペインにやって来て、スカルラッティの音楽に聞かれるような“カデンツァ”を発見してフラメンコを創造したのではないでしょうか。」
フラメンコという芸術に私たち日本人が魅了されてやまないのは、東方からたどり着いた人々と西欧の文化が結びついているからかもしれない。近年では、フラメンコ奏者と「スーフィ」と呼ばれるイスラム神秘主義の伝承者によるセッションも行われるようになったが、フラメンコの里帰りのもうひとつの別な形として、カニサレスさんのクラシック音楽との関わりがあると思いつつ彼のスカルラッティの演奏を聴くと、多くの新しいひらめきを見つけることができそうだ。
発展し続けるフラメンコ芸術を先導し、伝統と最先端、知性と直観のハイブリッドから新たな世界を拓いてゆくカニサレスさんの今後も、目がはなせない。
EVENT INFORMATION
カニサレス・フラメンコ・クインテット 来日公演2018
2018.09.16(日)
福島 いわき芸術文化交流館アリオス 中劇場
2018.09.17(月)
山形テルサ
2018.09.20(木)
兵庫 兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
2018.09.22(土)
静岡音楽館 AOI
2018.09.23(日)
神奈川 よこすか芸術劇場
2018.09.24(月)
東京 三鷹市公会堂 光のホール
2018.09.26(水)
宮城 えずこホール
2018.09.28(金)
千葉 船橋市民文化ホール
2018.09.29(土)
東京 めぐろパーシモンホール 大ホール
2018.09.30(日)
所沢市民文化センターミューズ マーキーホール
※9/18(火)札幌公演はコープ会員のみ
後援:スペイン大使館
協力:男子専科(9/29東京公演)
企画制作:プランクトン
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text by 鈴木大介