打楽器奏者・石若駿山口情報芸術センター[YCAM]が、一年半以上の制作期間を経て完成させたコラボレーションプログラム「Echoes for unknown egos―発現しあう響きたち」が、2022年6月にYCAMのスタジオAにて披露された。

Qeticでは、本プログラムの制作の様子を取材、石若駿へのインタビューも実施している。本記事をより深く楽しむために公演およびインスタレーションの映像と前回の取材記事もぜひチェックしていただきたい。

-前回の記事はこちら-
REPORT & INTERVIEW|打楽器奏者・石若駿が挑む、“AI 石若駿”との未知なるセッション

Echoes for unknown egos―manifestations of sound (Day1 / Excerpt)

Echoes for unknown egos―manifestations of sound (Day2 / Excerpt)

EVENT REPORT
石若駿+YCAM新作パフォーマンス公演
Echoes for unknown egos―発現しあう響きたち
at 山口情報芸術センター[YCAM]

AIにビッグラブ。石若駿+YCAM新作パフォーマンス公演「Echoes for unknown egos―発現しあう響きたち」イベントレポート interview221021_ycam_shun_ishiwaka-01

確かにそこに「三人目」はいた

このプログラムのテーマは、石若がAIを駆使して実現する「自分との共演」である。数多くの有名アーティストの楽曲に参加する一方で、即興演奏家としても精力的なライブ活動を続けている石若が、インプロビゼーションの表現の幅を広げることを目的に、長らく温めてきたコンセプトなのだという。

コンサート初日は、石若とエージェント(石若とYCAMが共同開発した、AIをはじめ石若の演奏の特徴に基づいて動作する奏者たち)のセッション、二日目は気鋭のサックスプレイヤー松丸契を迎えたデュオにエージェントを加えて演奏が行われた。

初日の演奏は、その完成度の高さにとにかく驚かされた。私はこの本番演奏までに二度、プロトタイプのデモンストレーションを見せてもらっていただけに、最後に聴いた演奏からの格段な進化ぶりに、ほとんどシンギュラリティが起きたと言っていいほどのインパクトを覚えた。ソロともデュオとも違う未知のかたち。であると同時に音の有機的な呼応を楽しむ、まさにフリーインプロビゼーションの醍醐味に満ちた演奏。見終わった後には、焼け付くような興奮だけが残った。それはテスト演奏にはなかった後味だ。

二日目の演奏は先ほどデュオと書いたが、実際は「トリオ」だったと言いたい。石若と松丸はもちろん、その場にいた観客の多くが“エージェントという三人目のプレイヤー”の存在感を、目まぐるしく展開するアンサンブルのなかに強く感じ取っていたはずだ。

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インプロ初心者にも受けた、その特殊性

演奏終了後、何人かの観客に感想を聞いてまわったが、大半が即興演奏家としての石若駿は初体験だという人たちだった。ある20代の男性は「即興音楽を聴いたことがなかったので楽しみ方がわかるか不安だったが、思いのほか難しく感じず楽しめた」、またジャズマンの父親と来ていた小学生の男の子は「聴いたことのない音楽ですごく頭を使ったけれど、いろいろな音が混ざり合って生まれる音色が気持ちよかった」と話してくれた。

なるほど、確かにこの「Echoes for unknown egos」は、フリーインプロビゼーションに親しんだことのない人がその楽しみ方を知るのにうってつけのプログラムだったのかもしれない。

「ジャズは、音を持って行うボクシングかサッカーみたいなもの」と言い放ったのはジャズピアニストの山下洋輔だった。一方で「“自由”は、演奏する側よりもむしろ聴く側にある」というジャズ・ドラマー、打楽器奏者、そして作曲家の冨樫雅彦の言葉もまた真理だ。

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フリーインプロビゼーションのライブを楽しむには、観客も演者と同じくらいに耳をすまし、今起こっていることとこれから起こることに神経を集中させる必要がある。そして、どの音に集中し、誰の所作に注目するかはその人の全くの自由なのである。日常で触れるポップスやロック、ダンスミュージックとは見方、楽しみ方が異なるのでスイッチを切り替えなくてはならないのだが、そんな手ほどきは誰もしてくれないので「難解だ」と認識されてしまうことが多い。

その点、「Echoes for unknown egos」は、その場にいる全員が真っ白なキャンバスに向かっているような心境からスタートする。人が機械に対して、または機械が人に対してなにをして、どう反応するのか。その一部始終をこれから見届けるのだという緊張感はまさにフリーインプロビゼーションを楽しむ姿勢として最適で、それが自然と共有されていたのはこの特殊なプログラムのコンセプトならではだろう。

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進化の秘密は?

では本題。私たちは何を見たのか。AIの学習能力の高さに驚いたか。エージェントのプレイの流麗さに感心したか。いまだに咀嚼しきれない部分は多く、そう単純なものではなかったということだけは、見終わったあとの呆然としてしまうような余韻が物語っていた。

先ほども書いたように、私はこの2日間の本番演奏を見るまでに、2022年2月と5月の2度にわたってこのプロジェクトのプロトタイプを見せてもらっていた。テスト演奏の時点では、石若とエージェントの関係性は、石若がホストで、エージェントの出す音を拾って回るような印象があった。それでも十分にインパクトのある演奏だったのだが、5月の演奏でも共演した松丸は次のように振り返っている。

松丸 5月の時点では、エージェントたちの音を自分たちが持ち上げて音楽を成り立たせるような部分がありました。僕たちのデュオにプラスしてエージェントがいる感じで、正直、AIがいなくても成立する音楽でしたね。意思疎通ができていない感覚があった。それと比べると、6月の本番は全くの別物。三人で即興セッションをしているという感じが確実に生まれていました。

三者の間に“セッション”と呼べるものが生まれた。それはつまり、意思のようなものが備わったということなのだろうか? 本番までの一ヶ月の間に、なにがどう変わって、本番の演奏が完成したのだろうか。

本番当日の舞台上にセッティングされている楽器や機材は、5月の演奏の時点よりも増えていた。サラウンドに配置されたシンバルやパーカッションのエージェントのほかにも、抽選器のような回転式のパーカッション「Pongo」はオート式と、さらに自走式がプラスされて2台体制に。そして「メロディAI」が奏でるMIDIピアノが追加され、壮観な大所帯となった。

しかし、これらはあくまでエージェント自身の表現の幅を広げることが目的で、石若および松丸とエージェントとのコミュニケーションや相互作用のあり方を変えるものではない。飛躍的な進化の原動力となったのは、“指揮者”の登場だった。

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メタエージェントの登場

AIの研究者でクリエーターの小林篤矢らクリエーションチームが開発した「メタエージェント」と呼ばれるそのシステムとはどんなものか。プログラムの解説書から以下に引用する。

メタエージェントは、冒頭のソロ(6月4日の演奏)もしくはデュオ(6月5日)を演奏の特徴の基準とし、演奏データを常に取得しながら、どの楽器を叩いたのかという打点や、打数、また音量などを解析することによって、エージェントの演奏に影響を与えています。また次にふさわしいエージェントの組み合わせを石若の感性をアルゴリズム化したルールによって選択することによって、演奏の流れを変化させているのです。 <中略>メタエージェントは直前の石若の演奏データから、次の展開に対する意思を表すことを目指しています。

つまり、これまで各エージェントの発音タイミングやアーティキュレーションや展開においてアルゴリズムは適応されておらず、人間のオペレーターの手で行われていたが、そこに俯瞰的に指示できるAIの存在が加わったのだ。

メタエージェントが加わってからのリハーサルで石若は、これまで以上に大きな手応えを感じたという。

石若 メタエージェントが入って、AIの演奏に追い込まれる感覚を初めて覚えました。エージェントから『お前はどうするの?』というプレッシャーを感じたんです。

機械が生成する音とセッションするというのは、人と演奏するのとは全然違うものだと思っていたけれど、セットがどんどんとアップデートするにつれて、その認識が変わっていきました。本番では、人と演奏するのと変わらないスタンスでできたことに達成感を感じています。

メタエージェントの構想は5月の演奏の前からあったんですが、まさかそこから一ヶ月程度の期間で実装されるとは思いませんでした。開発を担ってくれたYCAMチームとAIの研究者/クリエーターの野原啓佑さん、小林篤矢さんたちの仕事ぶりには本当に圧倒されました。僕のやりたいことを汲み取って、いくつもアイデアを出して即座にかたちにしてくれる。ビッグラブです。

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象徴的だった「エージェント締め」のラスト

そのメタエージェントの「顔」が見えたような瞬間が、二日目のラストにあった。石若と松丸のプレイがクールダウンしこのままエンディングか、というタイミングでエージェントが畳み掛けるようにピアノの高速フレーズを弾きはじめた。突如はじまった駆け抜けるようなピアノソロを、石若と松丸は傍観した。音が止まると二人は微笑みながら目を合わせお辞儀し、演奏は締められた。

観客から集めた感想でも、まるでエージェントのパッションが伝わってくるようなこの意表をついた展開について触れる人が多く、やはりこのプログラムの象徴的な場面だったと言えそうだ。

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石若いわく、これまで幾度もリハーサルを重ねてきたが、セッションをエージェントの演奏で締めくくることは初めてだったという。

石若 叩く隙がなかったですね。ここで終わるべくして終わった、という感触がありました。普段の人とのセッションでもこういった心境になるのとがあります。これで終わったら美しい、という、エージェントとのセッションでは初めて見ることができた風景でした

松丸 想定していなかった終わり方でした。こんなのありなんだなと。期待を上回るものになったことに、感動を覚えました

先進的なテクノロジーと音楽のコラボレーションというと、コンセプトの実践自体がゴールになったり、効率化や省人化が目的になったりすることもある。「感動」を作ることはやはり一番難しいのだ。しかし、このプロジェクトは誰もやったことのないコンセプトと手法で、誰もが感動しうる音楽を生み出した。それは同時に、そこに人でない存在がいるからこそ、なぜ人は音楽に感動を覚えるのかということを捉え直すための視点も与えてくれる。

昨今AIにまつわる話題は更に増え、なにかユニークなサービスがバズるたびに人とAIの共生の仕方についての議論が起こる。AIという存在をどう捉えていいかわからず、不安になる人々の気持ちはよくわかる。しかし、あの日見た石若と松丸とエージェントの演奏を思い出してみると、そんな不安は杞憂に思えてくる。AIにもビッグラブ。そのための苦労は計り知れないけれど…。

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取材/執筆:Kunihiro Miki
撮影:谷康弘
写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

INFORMATION

山口情報芸術センター[YCAM]公演
石若駿+ YCAM新作パフォーマンス公演
Echoes for unknown egos―発現しあう響きたち

会期終了
山口情報芸術センター[YCAM]ホワイエ、スタジオA

主催:公益財団法人山口市文化振興財団
後援:山口市、山口市教育委員会
技術協力:ローランド株式会社
協力:野中貿易株式会社、慶應義塾大学徳井直生研究室/株式会社Qosmo
Shun Ishiwaka plays Bonney drum japan, Istanbul Agop Cymbals
共同開発:YCAM InterLab
企画制作:山口情報芸術センター[YCAM]

石若駿+YCAM新作インスタレーション
Echoes for unknown egos with cymbals

会期終了
倍音などシンバルのもつ多様な音の要素から触発され、シンバル同士が空間と響き合うことで、音の風景を描くインスタレーション。

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