『エル・トポ』、『ホーリー・マウンテン』など、伝説的な作品を世に送り出してきた鬼才アレハンドロ・ホドロフスキー監督。最新作『エンドレス・ポエトリー』は、独創的なスタイルでみずからの人生を振り返った前作『リアリティのダンス』の続編だ。
前作では自身の少年時代を描いていたが、今回は詩人になることを夢見て家を飛び出した青春期の物語。そこで若き日のアレハンドロを演じるのは、実の息子のアダン・ホドロフスキーだ。アダンはパリで生まれてミュージシャンとしてデビュー。現在はメキシコを拠点に活動している。
今回、<東京国際映画祭>に招かれて初来日を果たしたアダンは、急遽フリー・ライブを行って初めて日本の観客の前で歌を披露。
その際に「いつか日本に住んでみたい」と語るなど日本をかなり気に入った様子だった。そんななか、滞在中のアダンに取材を敢行。ホドロフスキーの映画作りの秘密や自身の音楽活動、大物ミュージシャンとの知られざる逸話など、時間の許す限り語ってくれた。
Interview:アダン・ホドロフスキー
——今回、父・アレハンドロの若い頃を演じるにあたって、どのように役作りをしていったのでしょうか。本人から直接話を訊いたりしたのでしょうか。
まず、父が「私が若い頃の役をやりたいか?」と訊いてきたので「やりたい」と答えたんだ。その後は、父と話をするというよりも、父が若い頃にやっていたパントマイムや人形劇を勉強したり、父が若い頃に読んでいた本を自分も読んだりして、その時代の空気を吸収したよ。
——そうやって、父親が体験したことを自分が追体験することによって、父親に対して何か新しい発見はありましたか?
これまで、父の家族のことはいろいろと父から聞いていたんだ。祖父のハイメとの関係なんかもね。だから自分なりに父の若い頃に対するイメージがあったんだけど、それはひどいものだった。でも、映画のセットのなかで自分が父になり切って、映画を通じて父の過去を体験することによって新しいイメージが生まれた。否定的なイメージが詩的なものになったんだ。それは自分にとって初めての経験だったよ。
——ちょっと神秘的な体験ですね。ハイメとアレハンドロには確執があって、そうした親子関係も映画のテーマのひとつでしたが、あなたとアレハンドロとの親子関係は、どのようなものなのでしょうか。
僕と父の関係はとても美しいものだと思う。なぜかというと、僕が生まれたのは父が50歳の時で、父はタロットとか精神的な探求を始めた頃だったから、僕はそうした父のスピリチュアルな経験を分かち合うことができたんだ。
——アレハンドロの演出はどんな感じでした?
まず初めは基礎的なこと、例えばセットのどこに立つとか、そういうことを父が決めて、それ以降、どう演じるかは自由にやらせてくれた。そして、僕が自由にやったのを見て父が修正していくんだ。自分が思い描いたものになるようにね。そういうことの繰り返しだった。
——父親の若い頃を演じて、その父親(祖父)のハイメ役を演じるのが自分の兄、ブロンティス。そして、監督は父のアレハンドロという複雑な関係のなかで演技をするのは不思議な感じでしょうね。
確かにすごく面白い経験だったよ。兄は祖父を演じるだけではなく、僕の演技コーチもしていたんだ。だから、自分が出ていないシーンは常に僕の演技を見ていた。あと、父親のパートナー(アレハンドロの現在の妻)のパスカルが衣装のデザインをやっていたりもして、映画を撮っている間は家族みんな一緒で、撮影が終わると一緒に夕食を食べていたんだ。さすがに途中から「これはあまりにも一緒にい過ぎだ」と思って距離を置くようにしたよ(笑)。でも、家族で映画を作り上げることができたから、お互いわかり合えたと思う。
——アレハンドロの映画作りを近くで見ていて、彼が映画作りでこだわっているのはどんなところだと思いました?
父が大切にしていることはたくさんある。まずは誰の意見もまったく聞かないこと(笑)。パートナーの意見も、我々子供たちの意見も、スタッフの意見も、誰の意見も聞かない。カメラマンの意見も聞かないから、カメラ位置はすべて自分で決めるんだ。
そして、ストーリーボードを書かないので、セットに来て初めて自分の頭のなかにあるイメージどおりに美術や小道具を配置して、その日のうちに即興で撮影する。
そして、撮影の時はスタッフも俳優も笑うことは許されない。生か死かという緊張状態のなかで撮影をしなければいけないんだ。あと、父はメイクが嫌いでね。出演者はメイクはせず、顔のテカりを抑えるだけなんだ。
——自分の流儀を貫いているんですね。前作に続いて今回も、あなたがサントラを手掛けていますが、音楽に関してアレハンドロはどんな指示をしましたか?
「父は僕がリリースした『Amador』というアルバムを聴いて「音楽をやってくれないか」と言ってきた。それで『リアリティのダンス』のサントラを手掛けたんだけど、その時は音楽を使う場所を教えられた以外は、「悲しい場面では楽しい音楽、楽しい場面では悲しい音楽を」という指示だけ与えられて音楽を作った。出来上がった音楽に関しては一度も訂正はされたことはなかったよ。今回のサントラもそうだった。曲はかつてミッシェル・ルグランが使っていたピアノで作ったんだ。
——あなたの音楽的ルーツを伺いたいのですが、10代の頃はどんな音楽に影響を受けましたか?
マイルス・デイヴィス、エルヴィス・プレスリー、チャック・ベリー、ジミ・ヘンドリクス、AC/DC、JJケール、ドノヴァン、ニック・ドレイク……。
——リアルタイムのものより、ちょっと前の時代の音楽が多いですね。
そうだね。20年代から80年代の音楽が多かった。今はもっといろんなものを聴くようになったよ。
——子供の頃にジョージ・ハリソンからギターを教えてもらったというエピソードを聞いたことがあるのですが、それは本当ですか?
本当だよ。あまり信じてもらえないけどね(笑)。僕はショーン・レノンと知り合いで、それでジョージ・ハリソンを紹介してもらって父親と一緒に彼の家に行ったんだ。その時に「ギターは弾ける?」と訊かれたので「弾けない」って答えたら、「じゃあ、教えてあげよう」と言ってブルースのコードを3つ教えてもらったんだ。
彼はそのコードを小さい紙切れに書いてくれた。それを見ながら初めてギターを弾いたんだ。でも、コードを覚えたので帰りにその紙切れを捨ててしまった。それを今すごく後悔しているんだ。「とっておけば良かった!」ってね(笑)。
——ジョージとの出会いがきっかけでギターを弾くようになったんですね! 現在「アダノフスキー」という名義でミュージシャンとして活動されていましたが、最近、本名に戻したそうですね。何かきっかけがあったのでしょうか。
これまでは新しい作品を発表する度に新しいキャラクターを作って、その人物を演じながら音楽をやっていたんだ。でも、ある日、周りの人たちを見てみたら、みんな仮面を被って本当の自分を見せている人は誰もいないことに気付いた。それでこれからは自分の本質を出すべきだと思ってアダノフスキーという仮面を捨てた。来年の2月に出る予定の新作では、初めて自分のあるがままの姿を出すつもりだ。
Adan Jodorowsky – Mi Fe (video oficial)
——それは楽しみです。最後に『エンドレス・ポエトリー』には「芸術とは何か?」という問いかけがありますが、あなたにとってアートとは、あるいは音楽とはどんな存在ですか?
息子の次に、僕が生きる理由だよ。
『エンドレス・ポエトリー』
11月18日(土)より、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク渋谷ほか全国順次公開
監督・脚本:アレハンドロ・ホドロフスキー
撮影:クリストファー・ドイル
出演:アダン・ホドロフスキー/パメラ・フローレス/ブロンティス・ホドロフスキー/レアンドロ・ターブ、イェレミアス・ハースコヴィッツ
配給:アップリンク
2016年/フランス、チリ、日本/128分/スペイン語/1:1.85/5.1ch/DCP
(C)2016 SATORI FILMS, LE SOLEIL FILMS Y LE PACTE
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text & interview by 村尾泰郎
photo by 宮下祐介