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1月27日(水)には待望の『ワイルド・サイドを行け』をリリースするGLIM SPANKY。初出演した<フジロック>にてレッドマーキーを満員の観客で埋めた。激動のメジャーデビュー1年目を過ごしたGLIM SPANKYへの、Qeticとしては約半年ぶりとなるインタビューだ。

2015年。メジャーデビュー1年目、フェス未経験でありながら、初出演した<フジロック・フェスティバル>にて、レッドマーキーを満員の観客で埋め、「日本語で世界に勝負をかけます!」の発言でも話題となったGLIM SPANKY。その後も、<SWEET LOVE SHOWER>、<朝霧JAM>、<COUNTDOWN JAPAN>など数々のビッグフェスに出演し、会場を沸かせ、ファンと話題をかっさらってきた。

昨年はメジャーデビュー1stフルアルバム『SUNRISE JOURNEY』をリリースし、同アルバムの収録曲はリリース後にも、テレビ東京系『Crossroad』のエンディングテーマ、TVアニメ『秘密結社 鷹の爪 DO』のエンディングテーマや、映画『鉄の子』主題歌に起用にも起用され、より多くの人へ彼らの音楽は広がっていった。また、リリースツアー<SUNRISE JOURNEY TOUR 2015>では全国をまわり、名古屋、大阪、東京のワンマン公演では、チケットをソールドアウトさせるなど、激動の1年を過ごした。

そして、1月27日(水)には待望のミニアルバム『ワイルド・サイドを行け』がリリースされた。本作では、これまでのGLIM SPANKYの日本語ロックをさらに確立させながらも、今までにない新しい楽器や、シンセやエフェクトの多用による新しいサウンドへのアプローチ。サウンドや歌詞の細かいところまでギミックが仕掛けてあり、よりフレッシュでビビットなカラーを放つ、一度聴いたら、クセになってしまう作品へと仕上がっている。

今回、Qeticとしては、約半年ぶりとなるGLIM SPANKYへのインタビューとなるが、激動の1年となった2015年のエピソード。そして新作での挑戦や製作秘話。知られざるふたりのパーソナルな部分にもフィーチャーし、2016年にかける想い、そして抱負など……気になるこを伺ってきた。

Interview:GLIM SPANKY(松尾レミ[Vo,G]、亀本寛貴[G])

――半年ぶりとなるQeticのインタビューですね。この半年を振り返ってみて特に印象に残った出来ごとはありますか?

松尾レミ(以下、松尾) <フジロック>に出演したことは、特に印象に残っています。他にもフェスに出演させていただきましたが、お客さんがフェスでGLIM SPANKYの音に対して、どういう風にノッて、盛り上がるのか。それに、GLIM SPANKYをまったく知らない人たちの反応も知ることができました。出演したからこそ直に感じることができたので、フェスに出演したことはとても大きい出来ごとでした。

――前回のインタビューでは、ロックフェス未体験とおっしゃっていましたよね。

亀本寛貴(以下、亀本) 僕も<フジロック>は特に印象に残っています。ステージでのパフォーマンスは、気持ちが高揚した瞬間が多々ありました。あの現場の空気や他のアーティストのライブも楽しかったですね。

松尾 海外のバンドたちともコミュニケーションが取れたことも大きかったですね。

亀本 <フジロック>では、たまたま散歩をしていた、出演者のフィリップ・セイスの、サポートメンバー(ベースのジョエル? ドラムのジミー?)が見ていてくれて、演奏後に楽屋に来てくれたんですよ。

松尾 彼は、「コーヒーを飲みながら散歩をしていたら、レッドマーキーからとてもクールな音が聴こえてきたんだ!」と、楽屋まで伝えに来てくれました。<朝霧JAM>でも、ザ・ゴー!チームのボーカルが、私たちの演奏を最前列で見ていて、演奏が終わると、楽屋まで走ってきて来て、私たちにハグをしにきてくれました。海外のアーティストが初めて向こうからコミュニケーションを求めてきたこと。そして、コミュニケーションを取りあえたことで、大切なものを得ましたね。

――フェスやライブの面でも激動でしたが、昨年末には<輝け、みうらじゅん賞>に、松本人志さんたちと共に選出されましたね! おめでとうございます。

松尾 収録現場に飛び入りで参加させてもらいましたが、ビックリするほど視聴者が多くて、その時に、「こんなに有名な賞なんだ!」と知りました(笑)。収録後には、みうらさんと安齋肇さんとも意気投合して、朝まで語り合いましたが、同世代かと思うほどのキッズ(ロックキッズ)精神でしたね。あのような賞をいただけて本当に光栄でした。

亀本 話しているだけで楽しいんですよ。みうらさんも安齋さんも僕らが上京してきた頃のバンドマンが、そのまま大人になったような感じの方でした(笑)。

――<SUNRISE JOURNEY TOUR 2015>では全国をまわりましたが、ツアーを終えてみて、得た感触はありますか

松尾 ワンマン公演以外の各会場では、対バン形式でまわりましたが、一緒になった同世代のバンドとも親交を深め、互いにリスペクトし合い、GLIM SPANKYとしてのパーソナルな部分も、ひとまわり大きくなった感じがします。

――ツアーファイナルで“NEXT ONE”、そしてミニアルバムリリースの発表をしましたが、『ワイルド・サイドを行け』の構想はいつ頃からあったのでしょうか? 

亀本 “NEXT ONE”はブラインド・サッカーのテーマソングとして先に制作をしていたので、次の作品に入れることは決めていましたが、ミニアルバムを作ろうと考えはじめたのは、ツアー終盤の9月頃でしょうか。思えば、とても短い期間でしたね。

松尾 実はツアーファイナルで発表した時点では、ほぼ何もない状態でした。デモレベルの音源はありましたが、歌入れやレコーディングもはじまっていませんでしたし、アートワークも何も決まっていませんでした。それでも情報解禁をして、そこから煮詰めていきましたね。

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『ワイルド・サイドを行け』初回限定盤

GLIM SPANKY、激動のデビュー1年目の内幕。 interview160121_glimspanky_2

『ワイルド・サイドを行け』通常盤

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Mako Masaya

Mako Masaya

ライター

大学在学中、100~700人規模のパーティー及びインディーレーベルのイベント企画・運営をマンスリーで経験。その後、アパレルに特化した代理店、アパレルメーカー 、飲食運営、出版・制作会社に勤める。転職間の数か月に、ニート・フリーターも体験。そのすべてを経て、現在ひとりで音楽・地域誌、ムック本発行を中心に編集・物書、企業イベントコーディネーターに至る。 これまでの経緯から、多種多様なクリエイターと出会い自身は”編集・物書”・”イベントプランナー”だが、多岐にわたりクリエイティヴな活動をしている人、団体と共同体となり、多角的な視点から企画立案し、制作案件に挑戦。多種多様だが、すべてを通じて得た、貴重な『経験・体験・出会い』、そして産まれる”縁”。その繋がりを重んじ、縁を繋ぎ円にし、自らをソーシャル・デザイナーと名乗り、その円から、社会のデザインを試みている。

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