黄川田将也さん演じる主人公・桧山英二が辿りついた函館のアパートメント、翡翠館。そこで出会ったのは、それぞれに悩みを抱えつつも夢を追い続ける人々と、彼が住んでいた東京とはまったく違う、優しくゆったりと流れる函館特有の時間だった――。今年で21回目を迎える<函館港イルミナシオン映画祭>が発起人となり、函館の街を舞台にしたオリジナルシナリオからの映画創りを目指す「シナリオ大賞映画化プロジェクト」。その第一弾となる『函館珈琲』は、同映画祭で2013年度函館市長賞を受賞したいとう菜のはさんのシナリオを完全映画化。函館を知り尽くしたスタッフと、豪華キャストによって、北海道の港町・函館ならではの魅力をスクリーンいっぱいに詰め込んだ作品になっています。
函館が舞台の心まる物語/映画『函館珈琲』予告編
公開に先立って行われたプレミア試写会&舞台挨拶には、主演の黄川田将也さん、片岡礼子さん、Azumiさん、中島トニーさん、あがた森魚さん、夏樹陽子さん、西尾孔志監督が登壇。函館出身のあがた森魚さんから「シナリオ大賞映画化プロジェクト」への思いが語られたり、いとう菜のはさんや撮影担当の上野彰吾さんの紹介も交えたりしながら、制作チームの函館への思いや、映画への思いが語られました。
今回話を聞くことが出来たのは、今回映画初主演にしてヒロイン役の藤村佐和を演じ、同時に主題歌も担当したAzumiさんと、NHK朝の連続テレビ小説『マッサン』への出演でも注目された新鋭にして、ドイツと日本のハーフでもある中島トニーさん。静かな時間とコーヒーの香りに乗せて、函館の街と夢に向かって歩む人々の葛藤が描かれるこの映画の制作背景について、2人に語ってもらいました。
Interview:Azumi × 中島トニー
――さきほど舞台挨拶を観させてもらいましたが、キャスト/スタッフのみなさんの本当に仲がよさそうな雰囲気がとても印象的でした。
中島トニー でも、それは割と隠していたよね?
Azumi うん、私たちとしては隠していたんです(笑)。
――和気あいあいとしたムードがすごく伝わってきましたよ(笑)。『函館珈琲』は函館港イルミナシオン映画祭による「シナリオ大賞映画化プロジェクト」の第一弾作品となりますが、最初にシナリオを読んだとき、どんな魅力を感じましたか?
Azumi まず最初に、(実際の台本ではなく)いとう菜のはさんが書かれたシナリオそのものを読んで、そのときに「絶対にやりたい」と思ったのを覚えていますね。「佐和という役でどうですか?」と話をいただいて、2秒後には「やります!」って返事をしました(笑)。「みんな悩みを持ちながらも、それを隠すわけではなく『抱えながら生きていく』」というストーリーだったので、そこに共感を覚えたんです。私は初めてのお芝居だったので緊張はありましたけど、「これはきっと素晴らしい映画になるんじゃないか」と思えるぐらいシナリオに魅力を感じましたね。
中島トニー 僕はもともと函館に住んでいたこともあって、親戚も函館にいるので、絶対にやりたいという気持ちがありましたね。それにキャラクターが特殊で、その風変わりなひとりひとりが完璧に描かれていて、それぞれの繋がりもあって、そこが面白いと思いました。映画の中で刺激的なことはあまり起きていないけど、なぜか魅力的で、柔らかい空気が流れていて。
――小さいことの積み重ねが、いつしか大きな物語を生んでいくという雰囲気ですね。
中島トニー そうですね。だから、まったく関係のない4人が「これからどんな風に絡んでいくんだろう?」ということがすごく楽しみでした。
――ただ、それぞれのキャラクターが立っているだけに、役作りは大変だったんじゃないですか? まず、Azumiさん演じる佐和さんはピンホール写真家で対人恐怖症とあって、表情や佇まいで演技をしなければいけない場面も多かったと思います。
Azumi 私の佐和という役は、みなさんに言われますけど、普段の私とは正反対の性格で(笑)。
中島トニー 真逆だよね(笑)。
Azumi でも、人には二面性があるし、私も創作をするうえではそういう面も持っていたりするんです。ある意味、誰もが自分の中に持っている要素だと思うんですよ。私自身、小学校まではすごく内向的な子だったし、佐和ちゃんの気持ちは私もよくわかるし。今回初めて演技をやらせていただいたので、役作りというほど偉そうなことはできていないと思いますけど、監督とすり合わせながら、彼女が対人恐怖症になった背景を考えていきました。それから、「佐和の癖ってなんだろう?」と考えて、それを沢山書き出していきましたね。
――ああ、なるほど。その癖の中で、実際に映画に反映されたものはあったのですか?
Azumi もしかしたらあったかもしれないです。でも、撮影中はとにかく必死だったので、自分ではあまりよく分かっていないんですよ(笑)。私は映画界ではどこの馬の骨とも分からない人間なので、シンガーとしての私は捨てて現場に入ろうと思ったんです。だから、自分が出ていないシーンでも、勉強をさせてもらおうと思って観させていただいたりして、それがすごく嬉しかったです。あとは、佐和と同じ状況を作ろうと思って、(劇中の佐和と同じように)2階の階段のところで体育座りをして、みんなが撮影している音を聞いていましたね。対人恐怖症の佐和は、ずっとそうやってみんなの音を聞いて生きてきたと思うんですよ。あとは、知り合いのカメラマンさんにお願いして、実際に(写真を現像するための)暗室を見せてもらったりもしましたね。
――中島さんは、Azumiさんのそういった役作りをどんな風に観ていたんですか?
中島トニー でも僕から見ると、最初は役になりきっているのか、もともとそういう性格の人なのか分からなかったんですよ。「Azumiさんはこの役にピッタリだ」と思っていて。だから、撮影が終わって本当のAzumiさんがどんな性格か知ったときに、「えっ、Azumiさんってこんな人だったの?!」って驚きました。楽屋でも本当のAzumiさんが100%出ているわけではなかったので、クランクアップのときに「本当はこんな感じの人だったんだ?」って(笑)。きっと役に入り込んでいたんでしょうね。
Azumi そういえば、クランクアップの後に羽田空港で友人たちが迎えに来てくれたんですけど、その時に「Azumiの顔じゃない」「えっ、誰?」って言われたのも覚えていますね。ただ、私は初めての映画撮影の現場だったので緊張していましたよ。ずっと震えていました。
中島トニー (笑)。でも、いい緊張感だったよね。映画に必要な緊張感というか。
――中島さんは、どんな風に役作りしていったんですか? 中島さん演じる相沢幸太郎はテディベア作家で、少し風変わりでクセの強い性格の人物ですね。
中島トニー シナリオの段階では、相沢は東南アジア系の東洋人だったんです。そこから、僕がやることになってドイツ人という設定が加わって。「僕の中のジャーマンの感じをそのまま出していいのかな?」というのが最初に考えたことでした。ただ、今回の相沢はテディベア職人です。普段の僕は性格的に、「エネルギッシュ」「鈍感」という感じがあると思っているし、裁縫もしたことがないし……。だから、最初はむしろ相沢が大嫌いだったんですよ(笑)。
Azumi へええ、そうだったの?
中島トニー 自分と真逆過ぎて(笑)。でも、役作りをしていくなかででテディベア職人の先生に出会って、テディベアの世界に吸い込まれていくうちに、自然と手が器用になったりもして……。
――役作りの過程でその楽しさが分かってきたんですね。
Azumi (劇中で相沢が大切にしているテディベアとして登場する)タロウも、実際にトニーくんが自分で作ったテディベアだもんね。初めて会った衣装合わせのときにタロウも連れてきていて、しかもそれを自分で作ったと聞いて「えーー?!」と思いました。自分で作ったものだから、その時点で既に離れられないくらいの存在になっていて。それに、今話を聞いていてビックリしたんですけど、足踏みミシンの使い方も完璧だったじゃん。すごいよ。
中島トニー それも、最初はまさか俺に出来るとは思っていなかったというか(笑)。テディベア職人の方に3週間ぐらい来ていただいて色々と教えてもらったんですけど、相沢に彼女のキャラクターが移った部分もあったと思いますね。相沢の変わった動きやオネエっぽいところは、コントロールをしているわけではなかったんですが、それが染みついちゃったところもあるんです。あとで自分の演技を見て「こんなにオネエっぽかったんだ!」って思いましたよ。
――役作りの中に、そういった要素が自然に反映されていったんですね。
中島トニー そうですね。役を一生懸命作るというよりも、その役がいる環境に入るというか。テディベア職人の方と一緒にご飯を食べて、一緒に時間を過ごして、自分に染み込んだものを出していくという感覚でしたね。
――和気あいあいとした現場が想像できるので伺いたかったのですが、現場で作品やそれぞれの役について、みなさんで話し合ったりすることも多かったんですか?
Azumi ああ、まさにそんな雰囲気だったと思います。現場でひとつひとつのシーンに対して話し合いましたし、自分たちが考えていたよりも濃いシーンになって、「じゃあ次はどうしよう?」と話し合うこともありました。たとえば黄川田さんも、監督さんやスタッフさんとよく話していたし、私たちでも色々と話し合ったり。
中島トニー 何て言うか……やさしい現場でしたね。厳しい雰囲気とはまた違うけれど、クリエイティヴにいいものを作れるような環境だったというか。
Azumi 私は「みんなすごくプロだなぁ」と感じました。すごく映画愛に溢れていたし、最高のものを目指そうという熱がすごくて、そこにみんなで向かっていく感覚は、普段はなかなか味わえないものでしたね。たとえばシンガーとしての私の場合、制作中は基本的にはひとりだし、ライブではもちろんバンドもいるけれど、「私が倒れたら終わり」というところなので、みんなで頂点を目指すというのは本当に素晴らしい体験で。
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