――では制作中、最も印象に残っていることを挙げるなら?
中島トニー うーん、ひとつを挙げるのは難しいですけど、翡翠館のすぐ前にある港の橋の上でAzumiさんと黄川田さんのシーンを撮ったときに、その日はすごい満月だったんですよ。
Azumi そうそう。綺麗な満月でした。
中島トニー それでみんな、「これから何が起こるんだろう?」という感じがあって。あのシーンはよかったなぁ。
Azumi 私も同じですね。映画の中で要になるようなシーンなので、「どうしよう」と思っていたし、黄川田くんとも何度も話をしていたんです。でも結局、あの場で付け加えられたセリフや、入れ替わったセリフがあって、あの現場で色々変わっていったのも印象的でした。さっき話した、「自分たちが思っていた以上に濃くなってしまったシーン」というのは、このシーンのことなんです。その直後、役に入っちゃっていたんだと思いますけど、黄川田くんが次のシーンに行くときに「おつかれ!」という軽いノリで行っちゃうから、「ちょっと何それ! 信じられない」と思って、ひとりで海を見ながら「嫌い嫌い」って怒ったりもしました(笑)。でもクランクアップして東京に帰ってきてからその話をしたら、黄川田くんも「あれは俺も切り替えないと次に行けなかったから」と言っていて。そのときに、「あれ、私なんであんなに怒っていたんだろう?」と思ったんです。「私だったら、そんなに怒るわけないよね。仕事だし」と考えたら、「ああ、あれは私じゃなくて佐和が傷ついたんだ」と気づいて。「役者の人はこんなことを毎日やっているのか。すごいな」と痛感しましたね。
――中島さんも、役が抜けないときはありますか?
中島トニー 全然ありますよ。2週間ぐらい、役の仕草が出たりすることがあるんです。
Azumi トニーも黄川田くんも、そういう感じがあったよね。(片岡)礼子さんは切り替え方が上手だと思うんですけど、黄川田、トニー、Azumiはしばらく廃人でしたよ。
中島トニー 確かに(笑)。
Azumi 私が役から抜けたのは、ライブをしたときだったんです。(中島さんに)ほら、あの観に来てくれたとき。
中島トニー えっ、あのときにやっと抜けたの?(笑)。
――強力な何かが必要だったんでしょうね。
中島トニー でもそういえば、あのライブの後から、確かに雰囲気が違うよね!
Azumi そこで戻ったんです。「ああ、私こうだった!」って(笑)。
――今回はオール函館ロケになっていますが、その中で改めて函館の魅力を感じる瞬間もありましたか? 特にお2人は、まずAzumiさんが同じ北海道の札幌出身で……。
Azumi でも私、函館はほとんど行ったことないんです。みんな北海道の広さを舐めてますよ(笑)。東京から静岡~名古屋間ぐらいの時間はかかりますから。でも、トニーくんは函館だよね。
中島トニー 今回思ったのは、やっぱりどこか日本じゃない雰囲気があるということですね。それに、函館はアーティストの街なので、そういう意味でのプライドを持っている人が暮らしている街だということを改めて感じましたね。
Azumi 私は家族旅行で行って、それも覚えていないぐらいなので、ほぼ初めてという感じでした。地元の札幌とは全然違いましたね。札幌の人は妙に都会人のプライドがあると思っているんですけど、函館のみなさんは、人情に溢れていて、みんなで函館を何とかしようとしていて。函館出身のミュージシャンも、函館愛がすごく強いんです。それはやっぱりすごいなと思いますね。私も今回函館の魅力を知って「年に一回は行きたい」と思ったし、人が温かくて、街並みも情緒があって、色んな国や時代が入り混じっているところに魅力を感じました。あと、一番素敵だったのが、夜の函館の街。石にオレンジの街灯が当たってすごく綺麗だったんです。この『函館珈琲』で、色々な方に函館の街を知ってもらうことができたら嬉しいですね。
――作品自体が、そういう函館の魅力がぎっしりと感じられるものになっていますね。また、劇中でAzumiさんが歌う主題歌“Carnival”のかかり方がとても印象的でした。「人は完璧ではないけれど、ありたい自分になるために毎日を踊るんだ」というニュアンスの歌詞も、作品と絶妙にマッチしていますが、実は台本を読みながら歌詞を書いていったそうですね。
Azumi あの曲がKj(Dragon Ash)から上がってきたときに、真っ先に翡翠館を想像したんです。イメージしたのは映画“銀河鉄道999”のエンディングでした。私は、映画の主題歌によって主人公がそこに留まるのか、未来に進むのかが決まる部分ってあると思うんですよ。だから、翡翠館のみんなが未来に向かっていけるような曲にしたいと思っていましたね。そのときはまだ主題歌に決まっていたわけではなかったんですけど、台本を読みながら歌詞を書いて、曲を作っていきました。今回の『函館珈琲』は私にとって初めての映画で、クランクアップして映画が完成したときに、またひとつかけがえのない宝物ができたように感じたし、自分が初心に戻れる場所ができたという意味で、とても大切な作品になりました。なので、その主題歌を担当できたことは、本当に嬉しかったですね。制作中に何度も聴いていたのに、映画の劇中で流れているのを最初に聴いたときは、鳥肌が立って感動しました。これは本当に嬉しかったです。
――トニーさんは主題歌を聴かれてどうでしたか?
中島トニー 作品にピッタリの曲ですよね。友達も予告編で“Carnival”がかかるのを観て、「観たい観たい」って言ってくれたり。あの曲は、どんな風に作られていったの?
Azumi Kjがトラックと仮歌詞を作ってくれたものから、私が歌詞を考えて、それに合わせてメロディも変えていって作っていった感じかな。西尾監督が音楽を理解してくれている人だというのもあって、すごく上手く使ってくれていますよね。
――では、『函館珈琲』を観てくれる方にこの映画の魅力を伝えるとするなら?
中島トニー 『函館珈琲』はたぶん、一回観ただけですべてが分かる種類の映画ではないと思うんです。最初に観たときに何かが引っかかって、2~3回観ていくうちにだんだんわかってくる。そんな風に楽しんでほしいですね。それに、壁にぶつかってそれを乗り越えていくことは誰もが経験することだと思うので、そういう意味でもこの映画から力をもらってくれると嬉しいですね。
Azumi トニーくんが言ってくれたように、私も誰しもが経験する問題を扱った映画だと思っているんです。それぞれの世代にそれぞれの悩みがあるわけですけど、『函館珈琲』はそれをどう消化していくかについての映画で。その悩みを隠すでもひけらかすでもなく、乗り越える方法を“日常で”見出していく雰囲気がありますよね。特に私が演じた佐和は人とのかかわりあいを拒んできた人なので、同じことを感じている方にとっての道筋が見えるようなものになっていたら嬉しいと思っています。
――では最後に、今回の制作期間を振り返ってみての感想を教えてください。
中島トニー 自分が半分生まれ育った街で映画に出られるというのは、自分にとっては夢が叶ったような体験でしたね。それに、こんなにやさしい共演者と出会えたことも本当にいい経験でした。
Azumi 私はとにかくがむしゃらでしたけど、その中でも、色々と奇跡のようなものが起こったんです。クランクアップの日に、目の前に大きな虹が出たりとか。
中島トニー ああ、橋のところだよね! すごく大きな虹がかかって。
Azumi みんなで「これはやばいね」って。私は初めての映画だったのでまだ他の作品のことは分からないですけど、現場の集中力にもすごいものを感じました。そういうこともあって、自分にとっては「きっと、死ぬ前に思い出すだろうな」というぐらいの作品になったと思います。それに、映画は終わってしまうと、その瞬間はもう二度と戻らないわけですよね。そこに「映画って何て儚くて美しいんだろう」ということを感じて、「私はこれからも映画というものにかかわって生きていきたい」と強く思った体験でしたね。
函館珈琲
9月24日よりユーロスペース 他にて全国順次公開!
函館港イルミナシオン映画祭シナリオ大賞 2013年度函館市長賞受賞作品
出演:黄川田将也、片岡礼子、Azumi、中島トニー、あがた森魚、夏樹陽子
企画:函館港イルミナシオン映画祭実行委員会
監督・編集:西尾孔志
脚本:いとう菜のは
プロデューサー:小林三四郎/大日方教史
主題歌:Azumi「Carnival」(WARNER MUSIC JAPAN)
協力:株式会社中合棒二森屋店 株式会社マクザム
特別協力:函館市
G区分―120801
製作:太秦 ソウルエイジ
配給:太秦【2016 年/日本/カラー/DCP/90分】
© HAKODATEproject2016
photo by Daiki Hayashi