“今で言う女性にとってのモテ服みたいなものがなかった。男性がどれだけ女性に対してアピールするか。その一つが、アイビーだった” 熊王健司
――流行をつくるファッションアイコン、今と当時でどんなところに違いを感じますか?
下山氏 僕は、当時ファッションっていうことよりも石津謙介という人に憧れていたんですよね、VANというブランドではなくて。だからそういう憧れの人がいなくなったことがつまらないんじゃなくて、そうなる人がもっともっと増えたらいいなと思って今回この<アイビーファッションコンテスト>を開催することになったんです。来ているお客さんから学ぶこともあると思うし、もちろん出演者からも。石津さんは、1人のデザイナーだけど、それだけじゃなくてプロデューサー的なところもあったんだよね。もちろんブランドも作ったんだけど、同時に文化も作った。彼がよく言っていたのはライフスタイルのこと。その人の衣食住すべてがトラディショナルといわれるようにならないといけない、ってね。
テリー氏 VANは最先端だったよね。今、レディー・ガガのファッションが最先端といわれているように。当時学生服しかないような時代に、それこそ神宮球場に早慶戦見に行くのに、学生服を着ていたようなそんな時代に初めて学生たちが着るような服を提案したんだから。都心の一部の若者から派生したものだったけど「今ロンドンでこんな音楽が流行っているらしいけど知ってる?」とか「ニューヨークで一番流行っているクラブシーンって何?」っていうのと同じ感覚で浸透したんだよね。日本の中で一番尖っているファション大好きな人たちがアイビーに集中して2年、3年アイビーというスタイルをして、自分のベースを作った。そのベースが出来ると、そこから飛び立ってやるっていう発想が生まれてくる。
アイビーがすごかったのは“ねばならぬ”という法則を作ったということ。洋服はこういう風に着なければならないという“T・P・O”。それは良い事でもあれば、規制をつけたということで、解放区にはならなかったんだけどね。解放区に入りたい人は、フリーダムの世界に行った。でもアイビーが心底好きな人たちはそこにとどまったっていうのが、日本のアイビーファッションの歴史なのかもしれない。その後DCブランドが生まれて来たんだけど、それを作っている人たちの中にもベースにアイビーの精神があって、アイビーの影響を受けている。今もそれは変わらなくて、どこのブランドの服をみても、みんな脈々と流れているアイビーというスタイルを、どういう風にアレンジしていこうかなとしているアレンジャーっていうことだよね。それに、シンプルにいうと、やっぱり女の子にモテたいじゃない? そういう風にファッションって下世話でいいと思うんですよね。ファッションとか音楽は哲学では語れないから。当時アイビーを着ているって“いいとこの坊ちゃん”風にみせようみたいなやらしい魂胆だったよね(笑)?
熊王氏 そういう考えの人は多かったんじゃないでしょうかね。昔は、そういう今で言う女性にとってのモテ服みたいなものってなかった。それは女性からのアピールの方法の一つであって、男性がどれだけ女性に対してアピールするか。その一つが、アイビーっていうスタイルでしたよね。
佐藤氏 それで「みゆき族」っていう人たちが生まれましたよね。
テリー氏 そうそう、アイビーファッションで着飾った男たちが、銀座で女の子たちナンパする。つまりナンパ服だよね。でもファッションってそれでいいと思う。時代によってその言い方が変わっているだけであって。
下山氏 日本独特だよね。ファッションが復活してるっていう言葉で表現するのは。同じものを着ると日本の場合は、安っぽく思われがちだけど、アメリカの場合、それはブランドにとって良いことだっていう価値観を持ってる。VANが出来て、それからいろんなブランドが生まれたけどそれは、日本独特のまねごとでしかなかったんだよね。でも一番興味を持つべきなのは洋服ではなくて、それを作り上げた人のことだと思う。その人が何を考えているかとか、VANは、お店に行ってもその想いをすごく感じた。石津さんは、自分の色を分かっていて、自分のファッションを作り上げて、自分でそれを着ていたからね。
――新しいファッションや文化が生まれる、その根源は時代によって変化してきていると感じますか?
テリー氏 インスパイアされる根源は変わってきていると思う。僕らの時代は雑誌からのインスパイアが全てだったけど、今は音楽やスポーツ、もちろん雑誌も。画家は、絵の具からインスパイアされる。そうすると僕らからは想像できないような絵が生まれる。“IVY”っていうのは、アイビーリーグがでてきた時に出来た言葉。基本的にはアッパーな世界の話。生活水準も高くてエリートと言われているところの人たち。でもみんながみんながそうじゃない。高校卒業組はどんなファッションする? 中学卒業組は? そういう人達が上品なアイビーファッションを見た時に、あれ着なくたっていいだろうっていうパワーもある。ファッションはパワーだから。今のアイビーはまた違うパワーがある。たいして収入がない、でもアイビースタイルが好きなんだ。そういう人が2千円でつくるアイビースタイルと、5万円でつくるアイビースタイルは違う。でもそれのどちらが良いか、どちらが多くの共感を得るかはわからない。そういうことが今のファッションであるし、今のアイビーであると思う。
アイビーは色んなアイビーがあって、そういうのも含めて面白い。大人たちが教えたアイビーだけじゃないんですよ。最近見ていると、紺ブレにボトムは迷彩柄のハーフパンツっていうスタイルの人もいるじゃない? そんなスタイル、僕らの時代はだれも教えなかった。でもこれかっこいいなって思う。それもまた面白いし、僕らもすごく参考になる。アイビーというものの解釈が拡大していったんだよね。イギリスのイートン校は、高校大学は燕尾服を着ていかなきゃいけない。一番のトラッドなスタイル。そこに通う生徒は、みんな育ちの良い子達。それがある時、親の言う通り、イートン校に入った自分を情けなく思う。そしたらその制服を破り出した。その破れた制服を安全ピンで繋げて、御坊ちゃまのイートン校がパンクに変わって行く。それはそれでカッコいいじゃない? 紺ブレをそのまま着るんじゃなくて、パンクっぽく着る子が次の時代を継ぐ。ライダースの上に紺ブレ着ちゃうかもしれない。でも紺ブレは紺ブレ。時代の中でどう生きるかですよね。
下山氏 僕たち見ている側の人は、アイビーだと思っているけど、着ている本人たちは気づいて着てないよね?
テリー氏 そうかもしれないね。
下山氏 だから今のスタイルは、本当にニューアイビーっていうか新しいアイビー。
佐藤氏 今はアイテム毎のピックアップですもんね。
下山氏 VANが強烈すぎて、それしかなかった。今はいっぱいあるからね! 僕はVANにいなかったから余計に感じるのかもしれない。ファンだったから。
佐藤氏 それはそうかもしれないですね。
熊王氏 一番の代弁者はお客様。その人達からの言葉が一番。作り手側の発信じゃなくて。