ちょっと鼻にかかった甘くスウィートな歌声と、レトロなルックス/世界観で人気を集めるバンクーバーのSSW、ジル・バーバー。彼女はジェニー・ルイスやファイストなどにも通じるフォーキーでナチュラルなサウンドが魅力的だった初期を経て、08年の4作目『Chances』でジャズへと一気に方向転換すると、13年の『Chansons』ではエディット・ピアフやセルジュ・ゲンズブールなどの楽曲を全編フランス語でカヴァー。そして通算7作目となるこの最新作『フールズ・ゴールド』では、ジャズ的な要素にモータウンやソウル、カントリー、フォークまでを自然にブレンドし、カナダのジャズ・チャートで1位を獲得(その後も6週間首位をキープ)。日本での知名度はまだまだ高くないが、本国では名実共に人気アーティストのひとりになっている。

ブルーノート東京で行なわれた来日公演は、そんな現在の追い風を反映するかのように、バンドの演奏によってダイナミックになったサウンドと、全身を使って楽曲のエモーションを表現するパフォーマンスを披露。来日に合わせて用意された、ピーチやラズベリーを使ったカクテルにも通じる、甘酸っぱくロマンティックなサウンドで観客を魅了していった。

取材では冗談めかして「次は日本語のアルバムね」と語っていた彼女。通訳氏に「さよなら」よりカジュアルな別れの言葉「じゃあね!」を教えてもらうと、取材後に早速それを使ったりする一幕も。もしかしたらいつか、本当に日本語のアルバムが出たりする……かも……?

【インタビュー】カナダのジャズ界で大人気の歌姫、ジル・バーバーが初来日! interview150424_jill_2-780x513

Interview:Jill Barber

(日本語で)コンニチハ!

――こんにちは(笑)。あなたは14歳の時にギターで音楽を作り始めたそうですね。当時はどんな音楽に興味があったんでしょうか?

今とは全然違うんだけど……(笑)、その頃はニルヴァーナやパール・ジャムが好きだった。グランジ世代だったから、エレキ・ギターで曲を書いていたし、暗くて苦悩するような曲ばっかり書いていたの。だから今のスタイルになるまでに本当に時間がかかったんだけど、幸いなことに、今はそんなに暗くないわ(笑)。

――(笑)。確かに現在の音楽性とはまったく違いますね。では、今のルーツになったアーティストとは、どうやって出会ったんでしょうか。

20代の前半にレコード・プレイヤーを買ったんだけど、そのタイミングで古いアナログ・レコードを買い始めて、ビリー・ホリデイ、ナット・キング・コール、エラ・フィッツジェラルドの音楽に夢中になっていった。その影響が自分のソングライティングにどんどん反映されていったんだと思う。あとは、バンドと一緒にやることで「自分の好きなサウンドがどういうものか?」ということがだんだん分かってきて、それが自分の音楽性に深く影響を与えるようにもなったわ。

――ミュージシャンのキャリアとしても、あなたはもともとフォーキーなサウンドが特徴的な人でしたが、そうした音楽からの影響がはっきりと形になったのが、ジャズの世界へと大胆に足を踏み入れることになった08年の『Chances』だったんですね。

Jill Barber –“Don’t Go Easy”(06年作『For All Time』収録)

Jill Barber –“Chances”

そう。あのアルバムがターニング・ポイントになって、自分のサウンドや自分の声を見つけたって確信を持てた。その前のレコードにも、そこに向かっていく音楽的な兆しはあったとは思うけれど、それがきちんと十分に表現されたのが『Chances』だったのよね。

――そうやって音楽性を大胆に変えるのは、勇気のいることだったんじゃないですか?

確かにあの時は、リスクを感じていたわ。でもアートにとって、やる価値があるものは、絶対に勇気が必要だと思うから、心の底では「これが正しい。これが自分の音楽だ」って感じてた。でも同時に「これはリスキーなことなんだ」っていうことも分かっていたのよ。

――この作品ではロン・セクスミスとも一緒に曲を書きました。彼との作業はどんな経験になりましたか?

彼と会ったことはある(笑)?

――残念ながらないですね。

彼はカナダでも、もちろん世界的にもすごくリスペクトされている人で、素晴らしいソングライターで、生きる伝説で……同時に、変人なの(笑)。でも彼と一緒に出来たことは、本当に素晴らしい体験だった。

――そして13年の前作『Chansons』は、全編フランス語で、フランスと(カナダの中でもフランス語圏として知られる)ケベックのアーティストの楽曲をカヴァーしました。これはどのようにして生まれたアイディアだったのでしょう? 昨日もMCでフランス語を話していましたね。

Jill Barber –“N’oublie jamais”

愛の言語、もっともロマンティックな言葉という意味で、フランス語はすごく好きな言語なの。私はケベックにもツアーで行くし、カナダはフランス語が公用語でもあるから、あの時はフランス語で歌うことで、ケベックの人たちや色んな人たちと繋がりたいという気持ちがあったんだと思う。あれもひとつの大胆な動きだったと思うけれど、やっぱり大事なのは新しいことに挑戦することだから。フランス語で歌うと、自分の体の動きからして変わったりするのが楽しかった。自分にとっては声が楽器だから、フランス語で歌うことは、まるで新しい楽器を身に着けるような体験だったわ。さっきのインタビューでは「じゃあ次は日本語アルバムね」なんて言っていたんだけど、それにはまだまだ時間がかかりそうね……(笑)。

――(笑)。そして今回、本国では14年にリリースされた新作『フールズ・ゴールド』が日本でも発売されることになりました。まずはこの作品について、今の率直な感想を教えてもらえますか。

Jill Barber –“Broken For Good”

このアルバムの楽曲にはいまだにエキサイトしてるし、ツアーを重ねることで楽曲がさらによくなってきてる。今回の来日公演では日本のオーディエンス用にキャリア全体から楽曲を選んだけど、自分が一番エキサイトできるのは、やっぱりここに収録されている新曲ね。

――この作品は、プロデューサーも、参加したバンド・メンバーもあなたがこれまで仕事をしたことのある人ばかりで、とても寛げる環境での作業になったんじゃないかと想像しました。制作の雰囲気はどんな感じだったんでしょう?

(指で『good!』とサインを出しながら)本当にその通りだわ。今回は今のバンドの2人のメンバーと一緒に作ったんだけれど、お互いに信頼関係も出来ているし、すごく心地いい環境で作ることが出来た。それに、自分自身ミュージシャンとしてのキャリアを初めて10~15年経っていて、既に自分に自信が持てていたから、過去とは違うことを試しても「このアルバムでキャリアが決まっちゃう」みたいなことを考えなくても済むようになった。ファンもそれをすごくサポートしてくれるから、「次のアルバムを心待ちにしてくれる」ということに対して、凄く余裕を持って向き合うことが出来た作品だったと思う。

――では、今作の中でキー・ポイントになる曲と、その理由を挙げるなら?

まずは“The Least That She Deserves”ね。これは友達にインスパイアされた曲なんだけど、ぼかして言うと、その友達は結婚していて、でも旦那さんがちょっと酷い状態で。それに対する自分の感情を整理するために書いた曲。もうひとつは、“The Careless One”で……。

――これはパッツィー・クラインにオマージュを捧げた曲のようですね。

そうそう。私はパッツィー・クラインが傷心して失望した女の人の歌を歌うやり方がすごく好きだから、この“The Careless One”ではそれを自分のバージョンでやったらどうなるかを試してみたのよ。すごく誇りに思っている曲だわ。

――全体的に、いわゆる“愛の歌”が多いのはなぜなんでしょう? あなたはロマンチストだということなのでしょうか。

他のテーマにもトライしようと思うんだけれど、何故か自然にそういうものが増えてしまうのよ(笑)。やっぱりそれが、自分の中で好きなインスピレーションの泉で、どんどん湧き出てくるものだからなんじゃないかな。

――また、この作品はあなたに子供が生まれてから初めてのレコードにもなっています。こうしたことが、本作の内容にも影響を与えた部分はあったのでしょうか?

いい質問だわ。このレコードの曲のほとんどは妊娠中に書いたもので、息子が生まれて1歳になるまでに出そうと決めていたものだった。でも、だからといってすごくフォーキーな子守歌にしたくないという気持ちがあったの。だからこの作品では、むしろ「意識的に母親であることから離れたい」「大胆なアルバムにしたい」と思っていたんだと思う。今デモを聴くと、息子が横でぐずついている音が入っていたりするから、制作中の自分にとって息子の存在が大きいものだったのは確かだし、実際には息子を抱きかかえながら作ったようなアルバムなんだけど(笑)。だから、実際には子供が生まれて、子育てが始まった1年目とすごく繋がっている作品だけど、聴いた人に「歌詞が母親っぽいな」と思われるような作品にはしたくないって思ってた。そういうものが反映されるのはきっと次のアルバムね。

――なるほど。『フールズ・ゴールド』というタイトルには、「人はみな愛の前では盲目」という意味が込められているそうですが、このタイトルにしたのはなぜだったのでしょう?

それは、愛とか、愛に見えるもののアナロジーとして優れている言葉だと思ったから。誰でも本当の愛が欲しいと思うものだけれど、「これは本物だ」と思っていたら実は違っていた、というようなことがテーマになってる。何かキラキラして本当に光るものがあって、ここに素晴らしい価値があるって思ったら、実はそれが自分を騙すものだったりもする――。つまりはそういうもののアナロジーね。

――さっきの「母親に見られたくない」という話と繋がるのかもしれないですが、男女間の恋愛や駆け引きを連想させるような言葉ですね。あなたは「本物かどうか分からないものだからこそ、愛は素晴らしい」と感じる人だということですか(笑)?

そうね。うん、そうだと思う(笑)。

――それにしても、02年のデビュー作以降、本作で早くも7枚目のアルバムになりました。『フールズ・ゴールド』を過去作と比べた時、あなた自身はどんなものになったと感じているでしょうか。

『フールズ・ゴールド』は、ミュージシャン・シップがとても高いアルバムになったと思う。自分にとってもソングライターとして自信が出てきた時期の作品だと思うし、新鮮で大胆で、ひとつのジャンルにおさまらないような作品になった。自分が影響を受けてきた色々な影響源を出して、それが強みにもなっているアルバムなんじゃないかな。このアルバムには昔ながらのカントリーからモータウン、フォーク、ソウルまで色々な要素があると思う。そして、たとえばものすごく昔ながらのジャズっぽい曲でも、それがものすごくモダンな、今の時代ならではの愛の歌=トーチ・ソングになっているとか。そういう異なる要素が組み合わさった作品だと言えるんじゃないかな。

――とはいえライヴでは、そうした楽曲がまた違ったように変化していますよね。全身や表情を使って感情を伝えようとするあなたの表現力や、ラウドなギターなどによって、いい意味で音源との違いを感じました。

わぁ、あなたもギタリストのことを気に入った(笑)? そうそう、ダイナミックな感じになっていると思う。やっぱり、レコードの曲はレコードの曲として存在するわけだけど、ライヴではその場で存在するもの、もっと“生きているもの”だと思っているから、自分とバンドがそれぞれに毎晩新しい命を吹き込んで、毎晩進化していくものだと思う。と同時に、観客から受けるエネルギーによっても大きく変わっていくものなのよ。

――自分の音楽が世界に広がっていくことについては、どう感じていますか。

自分としては、どこの違う文化に行っても、それぞれのニュアンスというのはもちろんあるけれど、全体的に見ると普遍的で、そんなに違わないな、という印象ね。音楽をどんな風に解釈して、それにどんな風に動かされるか、自分が観客とどういう風に繋がるか、ということについては、どんな文化でも一緒だと思う。日本の観客は、昨日もステージ上で言ったと思うけど、とても静かで、すごくリスペクトしてくれている感じがした。それは音楽を聴いて自分がどう感じるかということよりも、その音楽にすごく集中して耳を傾けてくれているということだと思うし、すごく嬉しかったの。逆にライヴ後にひとりひとりと話したりすると、表現としてはとても豊かだったりもして。「そういうものなんだな」って発見があったわ。

――では最後に、あなたの今後の夢や目標のようなものがあれば教えてください。

実は今、兄のマシュー・バーバーとアルバムを作ろうとしているの。兄妹で音楽プロジェクトをするのは初めてだし、彼は才能のあるソングライターだからすごく興奮してる。そのことにインスパイアされて曲もどんどん浮かんできているし、2人でやるカヴァーを選んだりもしていて、すごく楽しいわ。これを完成させる、というのが今一番楽しみなことね。でももっと大きな意味で言うと……また日本に戻ってきたい(笑)! 最初はどうなるか見当もつかなかったけれど、今回の経験でどういうものかちょっと分かったから、これが次に繋がったらいいなと思う。それに、スシやラーメンももっと食べたいし、日本の美しいカルチャーにも触れたい。だから日本にまた来ることや、世界の様々な場所に行くことが、私の大きな目標ね!

Photo by Yuka Yamaji

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