――そもそもあなたは4歳の頃に母親のレコード棚でビリー・ホリデイを見つけたそうですが、その後10代の頃に、その魅力を改めて再発見することになったようですね。

ああ、10代の頃にジャズのコンピレーションで再発見することになったんだ。そのきっかけは、当時色々な音楽にジャズがサンプリングされていたからだった。ラキムやビースティ・ボーイズの曲もそうだし、当時の音楽って、様々なところにジャズのサンプリングが溢れていたよね。そしてちょうど90年代の〈ヴァーヴ〉からは、ジャズの素晴らしいコンピレーションが沢山出ていた。マイルス・デイヴィス、チャーリー・パーカー、エラ・フィッツジェラルド、そしてビリー・ホリデイ……そこには聞いたことのある名前も多くて、僕はそれを取っ掛かりにしてジャズを聴き始めていったんだよ。そして、中でもビリー・ホリデイには、とてもディープなものを感じたんだ。

――エラ・フィッツジェラルドやサラ・ヴォーンなど他にも多くの女性ジャズ・シンガーがいるわけですが、あなたがその時感じたビリー・ホリデイの“ディープさ”について、より詳しく教えてもらうことは出来ますか。

あくまで自分にとっての話だけど……ビリー・ホリデイという人は、マイルス・デイヴィスにも似ていて、テクニックの上では幅の狭いアーティストだったと思うんだ。ただ、そこに込められた感情の力強さ、パンチのようなものがもの凄くて、それが胸に突き刺さってくる。愛でもそうだし、喪失感でもそうだし、彼女の歌からは、そういうものがストレートに伝わってくるんだ。一方、エラ・フィッツジェラルドの場合は、僕にはディジー・ガレスピーにも似たイメージがある。とてもテンポが速くて、何もかも完璧で、表面上はするっとすり抜けていくような音楽をやっているというか……。決して「ディープじゃない」という意味ではないけどね。でもエラの場合は、むしろ感情を表に出さないような雰囲気があると思うんだ。だからエラ・フィッツジェラルドがブルースを歌うと、僕は「彼は今いないけれど、もしかしたら戻ってくるかもしれない」というニュアンスを感じる。でもビリー・ホリデイが同じ歌を歌うと、「彼は行ってしまって、もう永遠に戻ってこない。悲しくてどうしようもない」という感じになる。僕は、これがビリー・ホリデイならではの魅力だと思う。

【インタビュー】ホセ・ジェイムズが語る“ビリー・ホリデイの魅力”や“ディープさ”。 music150217_josejames_1

――今回、トリビュート盤『イエスタデイ・アイ・ハド・ザ・ブルース』が完成しましたが、この作品はどのようなアイディアから生まれたものだったのですか。

‘12年にブリュッセルのアンシエン・ベルジックで、ビリー・ホリデイの誕生日にトリビュート・ライヴをやったんだ。ここは以前、ジョン・コルトレーンの誕生日にも同じようなライヴをやった会場でね。で、たとえば“奇妙な果実”のコーラスを多重録音したりという曲それぞれのコンセプトも、すべてそのショウの時に決めたものだった。トリビュートをするということは、ビリー自身というよりも、「今の自分」を作った人たちという切り口でやることが重要だと思ったから、それをきちんとみんなに伝えることを心がけてね。そして今回、彼女の生誕100周年がもう目前に迫っていると気付いた時に、「これを作品として残すことは、凄く意味のあることなんじゃないか?」って思えたんだ。それに、最近の僕はプロデューサー/ソングライターとしての魅力を追究してきた部分もあって、シンガーとしての“ホセ・ジェイムズ”を伝える機会が少なかったようにも感じていた。だから今回は、ライヴの時に入れていたホーン・セクションを入れずに、シンプルなバンド編成で「ホセ・ジェイムズというひとりのシンガーが、ビリー・ホリデイの美しい曲を歌う」ということにフォーカスしたんだ。

José James – The Music of Billie Holiday live at AB – Ancienne Belgique

――収録曲はどのように決めたのですか? 同じくあなたが選曲したにもかかわらず、『ゴッド・ブレス・ザ・チャイルド』とは若干異なる選曲になっているところが面白いです。

うん、『ゴッド・ブレス・ザ・チャイルド』を選曲した際は、僕の窓から覗いたビリー・ホリデイを見せることが大事だったんだ。もしもあの作品を聴いた人がビリーの世界に入ってくれたり、興味を持ってくれたら、それがコンピレーションとしての成功だと思うからね。でも『イエスタデイ・アイ・ハド・ザ・ブルース』の場合、これはビリーというよりも僕のプロジェクトなんだよ。だからここでは、自分がシンガーとしてよく歌えるものを選んでいった。たとえばビリー・ホリデイが歌う“マイ・ファニー・ヴァレンタイン”は大好きだけど、僕にはとても歌えない……どころか実際にやってみると最悪でね(苦笑)。そうやって歌うのをやめた曲もあった。僕は、シンガーとして「それを歌えるんだ」という信念に基づいて歌うことが、とても重要だと思うんだ。ビリーだって、彼女が信じ切って歌っている歌だからこそ、多くの人に突き刺さるものがあったと思うから。だから僕としても、僕が歌っていいものになると信じられる曲、もしくはその物語を伝えられる/伝えたいと思ったものを選びたかった。“テンダリー”は、ビリーが歌うヴァージョンが大好きだったし、その歌い方を学ぶためにも、シンガーとしての視点からこの曲を選んだのさ。

Billie Holiday – “Tenderly”(1952)

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