マシュー・ハーバートといえば、複数のプロジェクトを使い分けるエレクトロニック・ミュージックの鬼才にして、どんな「音」でも楽器に変えてしまうサンプリングの魔術師。一般公募の日本人シェフとコラボした『ワン・ピッグ』(11年)の再現ライヴ@恵比寿リキッドルームにおける実験性&香ばしいスメルも記憶に新しいところだが、この度『スケール』(06年)以来およそ9年ぶりとなるハーバート名義のニュー・アルバム『ザ・シェイクス』が届けられた。
本作の聴きどころはズバリ、全曲でヴォーカリストを起用した至極真っ当な「ダンス・アルバム」という点だろう。すでに海外メディアでは名盤『ボディリー・ファンクションズ』(01年)と比較して紹介されているようだが、生演奏を取り込んだシンプルで温かみのあるサウンドは、性急で、リスナーをひたすら煽るEDMとは正反対を行くもの。以下の対話でも語られているとおり、祖父のピアノの音を使用するなどキャリア史上もっともパーソナルな作品でもあるそうで、どんなシチュエーションでもスッと耳に馴染むビート/メロディが心地よい。1週間に1本ずつ収録曲のMVが公開(日本公式サイトでまとめてチェック可能)されていく――というプロジェクトも大きな話題となっているが、そのへんの真意や制作時のエピソードも含め、『ザ・シェイクス』に関するギモンの数々をハーバート教授にぶつけてみた。
Interview:Matthew Herbert
僕にとっては、すごくプライベートで親密なアルバムなんだ
――ハーバート名義では『スケール』以来9年ぶりとなる新作ですが、なぜこのタイミングでダンス・アルバムに回帰しようと思ったのですか?
きっと、その間に色んなプロジェクトをやったからこそだと思う。オペラ、ラジオ、テレビ、演劇……。色々と挑戦してきた中で、安心できる場所に戻って来たかったんだ。山登りでいうベースキャンプ(基地)のようなものかな。それと、このアルバムを作り始めたのが夏ごろだったんだけど、気候のおかげもあってか、「自分が楽しむための音楽」を書きたいって気持ちになったんだよね。実はあまり良いスタートを切れなかった年だったんだけど、音楽を書くことに対してそういうポジティヴな気持ちになれて嬉しかった。
――『ザ・シェイクス』の核となるのが、ラヘル・デビビ・デッサレーニ、エイド・オモタヨという2名の実力派ヴォーカリストの存在です。彼らとはどのようなきっかけで出会い、アルバムに参加してもらうことになったのですか?
ラヘルは、実は2008年にマシュー・ハーバート・ビッグバンドをやった時に、コーラスで参加してもらったことがあるんだよね。彼女はロンドンで次世代として注目されている、とても良いシンガーだよ。エイドに関しては、バンド・メンバーに紹介してもらったんだ。ヴォーカリストを探すのって難しいんだよね。独自の声と世界観を持っていて欲しいっていう欲もあるけど、自分の曲を歌ってもらうわけだから、自分が感じている感情や歌詞をきちんと理解して表現して欲しい。その2つの組み合わせを納得いく形でできることって、すごく難しいんだよ。この2人の好きだったことは、自分には無いものを2人とも持っていた。ラヘルはエチオピアに住んでいた経験があって、エイドはナイジェリアで育って、2人とも自分とはまったく違う環境で育ったことが良かったんだよね。それに、何より2人ともまだとても若い。僕はもう、42歳のおじさんだからね(笑)。
――本作には魅力的なミュージシャンも多数集結しています。ダフト・パンクの『ランダム・アクセス・メモリーズ』(13年)や、同じくエイドが歌っているカインドネスの『アザーネス』(14年)のように、リッチな「生演奏」をフィーチャーした最近の作品にインスパイアされた部分はありますか?
そういう作品にインスパイアされたことはないかな(笑)。生演奏をフィーチャーするのは、僕がずっとやってきた手法だからね。20年前からエレクトロニック・ミュージックを書いてるけど、いろんな楽器やミュージシャンは常に関わってたよ。それに、ビッグ・バンドを携えたプロジェクトも続けていたから、15年間ずっとジャズ・ミュージシャンと共に作品を作ってるしね。前にビッグ・バンドの作品でアコースティックの作品を作ったんだけど(08年の『ゼアズ・ミー・アンド・ゼアズ・ユー』)、総勢400人ものミュージシャンを起用しているアルバムもあるんだ。ハーバート名義の前作も、80名のオーケストラが参加していた。だけど、今回はもっと親密な作品にしたかったから、実は今までよりも起用した生楽器は少ないんだ。ギター、キーボード、オルガンとか、最低限のミュージシャンしか関わってないんだよね。だから僕にとっては、すごくプライベートで親密なアルバムなんだ。家族のことを歌っていたりするからさ。
――オルガンの音色がアルバムに深みと神聖さをもたらしています。St Jude’s churchのオルガンを使用する――というアイディアは、一体どこから生まれたのでしょう?
なんでだったか覚えてないなぁ……(笑)。きっと、「スケール感」が欲しかったんだと思う。オルガンってとても素晴らしい楽器で、あの神秘的な感じがたまらなく好きなんだよね。見た目も音も大きな楽器なのに、弾いているのは1人だけ。だから僕にとってオルガンは、弾いている人の魂が拡大されたイメージなんだよね。すごく親密な感じもするし、家族の絆や大事な瞬間みたいなものを感じることも多い。たとえばキリスト教では、結婚式、お葬式、儀式などで教会に行くんだけど、そういう感情を揺さぶられる家族行事において、オルガンは大きな存在感があるんだ。
――4曲目“Smart”では、あなたの祖父のピアノが使用されているそうですね。これはどういった経緯で?
去年、世界中のいろんな所のピアノを20種類使う「20 Pianos」っていうプロジェクトをやったんだ。バッハのピアノ、ロンドンの古い教会のピアノ、刑務所のピアノ、世界でもっとも高いと言われているジョン・レノンが“イマジン”を作曲したピアノだったり……。そのプロジェクトで選んだピアノのひとつが、祖父のピアノだったんだ。彼はオルガン奏者なんだけど、家でオルガンを練習するために、そのピアノには特別なペダルがついていた。そのペダルは、ピアノを手じゃなくて足で弾くことを可能にするペダルだったんだけど、素晴らしい発明だよね。子どもの頃にそのペダルの上を歩いて、音が出るのを楽しんでた記憶を今でも鮮明に覚えている。そういう歴史とか思い出が大切だったから、そのピアノを使ったんだよね。そこからストーリーを生み出しかったし、それにはパーソナルな繋がりがあるものの方が良かったんだ。
Herbert – “Smart”(Official Video)
――9曲目の“Safety”ではeBayで購入した銃弾と貝殻が使われているそうですが、どのような方法で音を鳴らしたのですか?
世の中には不思議な人たちがいて、戦場で使った兵器の欠片をeBayで売ってる人がいるんだ。曲中では、パーカッションとして使っている。その曲自体が戦争の曲だから、実際にその戦争に使われている何かを使用して、世界観を演出したかったんだよね。政府がお金をかけて作った兵器でもあるから、メタルのパーツなんかはすごく良質のものだったりするんだ。実際に戦場で使われた兵器に潜む恐怖から鳴る音と、それで作り上げる美しい音楽の対比、その不思議な感覚がとても面白いと思ったんだよね。
Herbert – “Safety”(Official Video)
――シェフと共演した『ワン・ピッグ』(11年)のライヴなど、いつも常人では考えもつかないアイディアで我々を楽しませてくれますが、あなた自身『ザ・シェイクス』で試みた新しいチャレンジは何かありましたか?
いま、「世界は間違った方向に進んでいる」って感じるんだよね。日々、人々は世界を破壊してる。だからクリエイターにとってのチャレンジは、そこにあると思う。破壊することに繋がると知っているのに、どうやってモノをクリエイトするべきか――。たとえば僕の場合、今年は日本とオーストラリアに行く予定があるんだけど、それをするには当然、飛行機に乗らなければいけない。飛行機に乗るということは、環境を破壊することに直結する。環境問題を提唱しているアルバムのプロモーションのために他の国に行くのに、その過程で自らも環境を破壊してしまっているというね……。だから僕のチャレンジは、そういう事実や矛盾がある中で、どうやってポジティヴに創作をするか? に尽きる。音楽的なチャレンジというよりは、生きる上でのチャレンジかな(笑)。
――“Battle”、“Middle”、“Strong”……と、ワン・ワードに統一されたトラック・タイトルが印象的です。これらのタイトルに込められたエピソードがあれば教えてください。
それについてはちょっと後悔してるんだよね(苦笑)。まずセットリストを決める時に、普通に口に出して喋る言葉と重なるタイトルが多くて、わかりにくいってことに気づいてさ……。正直、自分がその曲に秘めているメッセージをその言葉では表し切れていないから、今はそうするべきじゃなかったなぁと思っている。でも、(タイトルを決めた)当時はその言葉に対する自分の決意や、強い気持ちを持ってたハズなんだよね。
Herbert – “Strong”(Official Video)