台湾発のMong Tongという、不思議な佇まいのサイケデリックバンドをご存知だろうか。
モノトーンの衣装に身を包み、ライブでは道教の儀式を模した目隠しをしてギター、ベース、電子楽器を巧みに操る、ホンユー&ジュンチーの兄弟デュオ。現在は無期限活動休止中の日本のサイケデリックロックバンド・幾何学模様のGo KurosawaとTomo Katsuradaが主宰するレーベル〈Guruguru Brain〉からファースト・アルバム『秘神 Mystery』(2020年)をリリース。2022年に行われた幾何学模様のファイナルツアーでは、EU/UK公演のオープニングアクトを務め、初来日も果たした。
Mong Tongがこの度8月に、通算4作目のフルアルバム『Tao Fire 道火』を引っ提げて8カ月ぶりに来日。山口・東京で行われた、“台湾でいま最もオルタナティブなバンドが集結する”という主旨のイベント<美麗島 Underground>に、百合花(リリウム)、Prairie WWWW(プライリー)とともに出演した。前回の来日公演を上回る没入感満載のパフォーマンスを繰り広げ、そこで残した爪痕は現場を目撃した観客のX(旧Twitter)の投稿からも垣間見えるだろう。
『Tao Fire 道火』のワールド・ツアーは、アジアにとどまらない。日本の後はオーストラリア、9月前半は中国各地、11月はレーベルメイトでフジロックにも出演したmaya ongakuとの2マン体制でEU/UKへ。帰国後12月には台北で唯一サイケバンドが集結するフェス、<第二回台北サイケデリックロックフェスティバル>(第二屆台北迷幻搖滾音樂節)への出演が決まっている。現役世代によるアジアのサイケデリック・ミュージックがいよいよ開花する旅路になること間違いなしだ。
今回は新作『Tao Fire 道火』にまつわるエピソードを中心に、彼らのサウンドスケープについて聞いた。忙しさの合間を縫ってインタビューに答えてくれた2人による、謙虚な佇まいと実験精神が共存するMong Tongの世界を、ぜひ感じ取ってほしい。
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Interview:
Mong Tong
──2022年の日本公演から今まで、どんな風に過ごしていました?12月にインド音楽をフィーチャーしたEP『Indies 印』、5月にはColdhotの「Why don’t We Try This?」のリミックスがリリースされて、多作だなと思って見ていました。
ホンユー(Ba & Syn / 兄) 『Tao Fire 道火』は前回、2022年11月の日本公演前にほぼ完成していたので、リリースに関して〈Guruguru Brain〉と詳しい話を詰めていました。時系列的には『Indies 印』が後に完成したんだけど、準備の都合で先にリリースになったんですよね。
ジュンチー(Gt & Syn / 弟) リリース以外では、新曲の制作に明け暮れていました。仕事に行って帰って来てから、夜中の1時、2時くらいまで制作して。ピンとくる瞬間、1~2日で一曲を仕上げることもあれば、1ケ月以上かけてやっと完成させる曲もあって。バタバタした中で6月についに『Tao Fire 道火』がリリースされて、本当にあわただしくて、今聞かれてようやく遡って思い出したくらいです(笑)。
──早速『Tao Fire 道火』の話に移るんだけど、Mong Tongってファースト・アルバムの『秘神 Mystery』のイメージで国際的にも存在感があったし、しばらく“台湾迷信音楽”路線かな、と思っていたファンも多いと思うんです。でも今回東南アジアの音がふんだんに入って、全体的にアッパーになっていますが、どんな変化が?
ホンユー もともと、ずっと台湾迷信音楽的なものだけをやるつもりはなくて、東南アジアも好きだったので『Mystery 秘神』の後比較的すぐ、2021年から制作をはじめていたんです。これまでは台湾から台湾を見た作品を作ってきたけれど、今後は「台湾から見た台湾」に「東南アジアから見る台湾」を入れ込んでいこうと。
ジュンチー 制作の出発点としては、まずは東南アジアの古い曲や伝統音楽を聞いて、YouTubeで見られる古いお祭りの音とか、誰かがスマートフォンで撮ったような音声をサンプリングしていきました。制作中はリンキン・パークとかいわゆるニューメタルを聞いていて、そういうジャンルではギターを前に出すから影響はかなり受けているかも。
ホンユー そうした中で、台湾には多くの東南アジアから出稼ぎにきた方がいて彼らのコミュニティがあり、同じ国で一緒に生活はしているんだけど、残念ながら台湾人社会との距離はとても遠いし、僕たち自身も交流がほぼない。コロナ前には、週末になると台北駅では東南アジアの人々が談笑する姿がありましたが、その輪に台湾人の姿はめったに見られませんでした。その隔たりや境界をコンセプチュアルに表現できないか、と制作を進めた結果、台湾の音と東南アジアの音、両方が同じくらい入ったアルバムに仕上がりました。
(編集注:台湾の人口は約2350万人で、「外籍労工」と呼ばれる、二国間協定に基づく外国人労働者は約70万人。主な出身国はインドネシア、ベトナム、フィリピン、タイです。)
──今回のライナーノーツを読んで、1曲ごとのタイトルと楽曲の関連性が比較的明確に感じたんだけど、「こういう曲を作ろう」って考えていたの?
ホンユー いや、ほとんどの曲のタイトルは後からつけたものです(笑)。曲の作り方としては、サンプルから膨らませていったものもあるし、ギターで弾いたものを細かく切って再構成していったものもあって。たとえば“Mountain Pond 夢幻湖”でいえば、先に大まかな構成を決めた後、以前陽明山でのライブセッションの動画を撮った時にたまたま録音していたカエルの鳴き声も入れました。その状態のデモを聴いてもらった友達の友達のおすすめで、笛が奏でる旋律――これは僕たちがいた彰化県の学校で掃除の時間に流れていたものなんだけど――を試しに入れたらすごく良くなって、完成。最後に、カエルがいた実際の湖、「夢幻湖」を中国語のタイトルにしたんです。
ジュンチー 海外向けにリリースするので英語タイトルも決める必要があるんだけど、僕たちは英語もそれほど得意じゃないんで、全部名詞か固有名詞でまとめて…ライナーノーツの英文は全てChatGPTによるものです(笑)。
──時代だ。逆に、サンプルから膨らませていった曲ってどんな感じでした?
ホンユー “Fire Wind Wheel 風火輪”かな。中華圏の民俗芸能、車鼓陣のフレーズを早回しにしてギターで弾いてみると、すごくメタルっぽいことに気づいたんです。なのであえてメロディだけ切り取って、パターン化したことで、メタルっぽくもあり、台湾らしさもある曲になったよね。
ジュンチー 弾いたフレーズを細かく切って新たに組みなおす方式だと、組み立てたフレーズをギターで再現しようとすると弾けないからこそ唯一無二のアレンジになるので、そういった工夫を重ねていきました。
──アルバム全体の流れについてなんだけど、曲順はどうやって決めました?
ホンユー 最初と最後にインパクトの強い曲を入れたというのはそうなんだけど、もともとLPでのリリースを主眼においたもので、B面の1曲目、つまり“Naihe Bridge 奈何橋”から流れが変わるので、ぜひレコードで聞いて欲しいな、と。
──アルバムタイトルの『Tao Fire 道火』について教えてください。
ホンユー 道教の「道」と「火」で「道教の炎」という意味があるのと、実は僕たちがかなり影響されている電子琴音楽のオスカー・ヤン(楊道火)からとったんです。このタイトルはアートワークにも影響しています。
──アートワークもすごい作りこみようですよね。
ジュンチー 『秘神 Mystery』をリリースした直後、割とすぐに『Tao Fire 道火』というタイトルが決まったので、道教と、火に関連するイメージを形にしたいと思って、嘉義縣の大士爺廟で行われる行事「大士爺祭」から着想を得ました。怖い顔をしている「大士爺」は、観音菩薩から毎年旧暦7月の鬼月の間<鬼王>として霊たちを管理する役割が与えられます。「大士爺祭」ではその大士爺の像を紙張りで作り、最後にその紙張りの像に直接火をつけて燃やし昇天させることで、霊たちをあの世に連れて帰ってもらうという、地域の人々が多く集まる一大行事です。
──台湾の廟で紙銭(紙の札束)を燃やしている光景はよく見かけましたが、像そのものを燃やすなんてダイナミックですね!
ジュンチー 東南アジアの、中華系の文化を受け継ぐ地域でもこうした行事があります。表面には紙の像を燃やす様子が、裏面にはその行事を洞窟から眺める様子が描かれています。ちなみに、スペシャルサンクスリストを文字で記す代わりに、お世話になった人たちや、インスピレーションを与えてくれた人たちを写真でコラージュしています。
──幾何学模様のメンバーや百合花のイーシュオ、工工工(Gong Gong Gong)の姿も見えますね。突然なんだけど、2人が音楽をやるモチベーションはどこから来るんでしょう?
ホンユー 他に成功したことが何もなく、サラリーマンはもとよりアルバイトすら上手くいかなかったため(笑)…という消極的理由もあるんだけど、音楽制作そのものが好きだし、作品や僕たちの演奏への反響を得たり、独自に考察されたり…と、それが企図したものではなかったとしても、自分の音楽が確実に届いて、世界が広がっていくのが好きだなと。なので、日本の方々も、僕たちの作品やライブで感じたことがあれば、どんどん発信してもらえたら嬉しいです。
──『秘神 Mystery』の頃と比べて、日本でも”Mong Tong語り”してる人が増えてる印象があります。
ジュンチー 曲や演奏に力があれば、こうした交流が増えると思うので、ライブで演奏してちゃんと反響があるか?というのはすごく見ています。台湾のフェスはエンタメ化している側面があるんだけど、僕たちはたとえばフェスで40分をもらえたとしたら、極力MCを少なくしてたっぷり音楽を聴いてもらえたらって。それってすごくむずかしいことかもしれないんだけど。
──そのスタンスが実を結んでか、徐々に「台湾のバンド」という文脈での認知じゃなくなってきてるというのはすごく感じてました。長くなったけど、今後の活動について教えてください。
ジュンチー 前回までは幾何学模様という大きな存在があったけれど、今回はサポートアクトという立場ではなくなるので、自分たちがヨーロッパでどの程度反響を得られるのか知りたいし、期待はしてる一方で不安もありますね…11月のヨーロッパは寒いからあまり外に出ないと聞いたし、お客さんが来てくれるのかなあとか、心配は尽きなくて。
ホンユー うん、頼れる大きな存在がいなくなって、全て自分でやらなくちゃいけないので、よりプロフェッショナルとして成長したいと思っています。ヨーロッパツアーでは反響を見て、今後の方向性についても考えられたらと。
──台湾のバンドではなかなか見られない動きをしていますよね。10年後はこうなっていたい、というイメージは?
ジュンチー 幾何学模様が「ヨーロッパにもミュージシャンとして活動する道があるよ」と教えてくれたので、自分たちはその道をしっかり地ならししていきたい。10年先といえば僕たちもいい歳になっているので、台湾やアジアから世界に出ようとするバンドの先輩として、後輩たちに色々教えられたらと。それから、『Tao Fire 道火』は東南アジアがテーマだけれど、次回はまた違うことをやるつもりです。音楽性やアルバムコンセプトもどんどん変化していくので、この変化を一緒に味わってもらえたらうれしいなと。
ホンユー お客さんとか、まわりのミュージシャンからインスパイアされてどんどん新しいアイディアが増えていくし、会ったことがない人とオンラインでつながることで得られるものも多いよね。10年後に売れても売れなくても、今みたいに周りの人とずっとフラットな関係で、作品に影響を与え合える良いミュージシャンでいたいです。
──10年後には、今日を振り返るインタビューができたらいいよね。ありがとうございました。
Text:中村めぐみ
通訳協力:Tomo(Caravanity)