OGRE YOU ASSHOLE(以下、オウガ)による、前作『ハンドルを放す前に』からおよそ3年ぶりのニュー・アルバム『新しい人』がリリースされた。

昨年9月に届けられたシングル“動物的/人間的』”では、これまでになくポジティブな歌詞世界と多幸感溢れるサウンドスケープに少なからず驚かされ、本アルバムもその延長線上にあるかと思いきや、先の三部作(『homely』『100年後』『ペーパークラフト』)や『ハンドルを放す前に』で見せた、ミニマルかつ退廃的な世界観へと回帰。否、回帰どころか徹底的に俯瞰した視点による歌詞世界や、時間感覚を奪っていくような独特のグルーヴはこれまで以上に研ぎ澄まされ、聴き手の心をざわざわと掻き立てる。

新たな楽器を導入しつつも一貫して「オウガ節」に貫かれた本作は、一体どのようにして作られたのだろうか。ボーカル&ギターの出戸学に訊いた。

INTERVIEW:出戸 学
(OGRE YOU ASSHOLE)

──オフィシャル・インタビューによれば、今までとはかなり違うやり方でアルバムを作っていったそうですね。

これまではアルバム単位で考えていたんです。レコーディングもベーシックで、ドラムとベースを先にまとめて録ってから、全体の様子を見ながら上モノを足していくという。全ての楽曲を同時進行で仕上げていって、最後に1曲ずつミックスしていくやり方だったんですけど、今作は最初から1曲ずつレコーディングして、ミックスまで終わらせてから次の曲に取りかかる方法をとりました。

そうすると、曲ごとにドラムのマイキングからやり直していくことになるので、アルバム全体で揃えた時に音像がバラバラになってしまうんじゃないか? という懸念もあったのですが、1曲ごとの“追求度”みたいなものは、これまでよりも上がっているのかなと思いますね。

OGRE YOU ASSHOLEが表現するアンビバレンツな感情と“新しい”価値観とは? interview190926-ogreyouasshole-1

──新たなプロセスを経て完成した今作が完成して、今はどのように受け止めていますか?

今、話した音像に関しては、意外と統一感があるなと思いました。それが何によるものなのかは未だに分からないですけど、ただ全体としてすごく「緩い」雰囲気が漂っていて。音像のバラエティはあるけど、そういった肌触りみたいなものが一貫しているのかも知れないです。

──逆に前作までの制作方法の方が、宅録っぽい面もありますね。全ての収録曲を同時進行で仕上げるのは、バンドという形態のレコーディングでは珍しいかもしれません。

そうかも知れないですね。ベーシック・レコーディングを終えてからアレンジを考える曲もあったし、場合によっては何のアイデアもないまま取り敢えずドラムとベースだけ録っておくこともあったので。例えば『ペーパークラフト』のカセットの曲(“Dream Machine”、“Hypnotic”)とかは、そういう風に作りました。

──前作『ハンドルを放す前に』(2016年)は、割とパーカッシブというか。実際、コンガなども導入されて躍動感のある楽曲がアクセントになっていましたが、今回は全体的に緩いムードが漂っています。これって、出戸さんの最近のモードが反映されているんですか?

多分そうなんでしょうね。作っている時は、かなりニュートラルな気持ちで臨んだんですけど、アルバムを通して改めて聴き直してみたら「あれ?こんなに緩かったっけ?」と驚きました(笑)。逆に過去作の方は、「こんなにガッツがあったのか」って。当時は“ロック感”みたいなものがだいぶ消えてきたなと思っていたんですけど、今回はさらにそうした“ロック感”が薄まっていますね。

──楽器の使い方も変わってきましたか?

今回はギターが少なくなった分、シンセの量が増えたかも知れないですね。ギターの馬渕(啓)も僕も、シンセを買っていた時期があって、そこにあると使いたくなっちゃうというか(笑)。別に「シンセっぽいアルバムを作りたい」と思っていたわけじゃないんですけど、機材をいじってたら面白い音が出来たので、「じゃあ使おう」みたいな感じですね。

──ちなみに、どんなシンセを導入したのですか?

日比谷公会堂のワンマンライブの少し前にMOOG Grandmotherを買いました。馬淵はRoland SH-1000だったかな。それ以外にも、エンジニアの中村(宗一郎)さんのスタジオ(PEACE MUSIC)にあるシンセとか、もともと自分たちで持っていたシンセも使いましたけど、MOOG GrandmotherとSH-1000を今回一番よく使っていたと思います。

──歌詞についてもお聞きしたいのですが、アルバムタイトル曲 “新しい人”は、書き上げてからミシェル・ウエルベック(Michel Houellebecq)の小説『素粒子』を読んで、その共通点に驚いたとおっしゃっていますね?

そうなんです。最初から読み直してみたら、序文のところで「これって、まさにそうじゃん」って。物事の「基準」や「価値」というものは、時代によって変わってくるじゃないですか。今、自分たちが当たり前のように大事だと思っている考え方、例えば「自由」や「平等」も割と新しい価値観というか。

この先もひょっとしたら、今の僕らには考えも及ばないような「新しい価値観」が生まれて、それに基づく社会が形成される可能性もあるんじゃないか? っていう。ちょっとSFっぽい発想なんですけど(笑)。そんな時代にどんな歌が歌われているのかを想像して書いた歌詞です。

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──例えばここ数年はSNSの普及もあって、これまで常識とされていたことが大きく変容していると思うのですが、そんな世の中の風潮に触発されている部分もありますか?

いや、この“新しい人”はもっと飛躍しています(笑)。例えば50年とか100年とか、そのくらいのスパンで登場するような「新しい価値観」について歌っているんですよね。

──なるほど。ということは、「新しい人」というのは映画『2001年宇宙の旅』の最後に出てくる「スターチャイルド」みたいな存在なんですかね?(笑)

ああ、そっちに近いかも。モノリスを触って進化する、みたいな(笑)。

──出戸さんは元々SFって好きなんですか?

好きですね。『2001年宇宙の旅』も好きだし、あとジョージ・オーウェル(George Orwell)の小説『1984』とか。『素粒子』も、まあSFといえばSFですしね。

──“新しい人”で描かれている世界は、手放しで「良い世界」というわけでもなさそうですよね?

そうですね。“新しい人”は怒ったり泣いたりする感情というのが、ほんのりしか分からなくて。そういう人って、現代の僕らからしてみるとすごく奇妙というか、不気味でもある。でも、今の僕らが夢見ているユートピアは、そういう「怒り」や「悲しみ」のない世界で、望んでいる方向へと進んでいったら不気味なものが出てきてしまう。

(ジョージ・)オーウェルの『1984』は、支配者が被支配者を管理しコントロールするために、そういうディストピアを作り出していくんですけど、これから現実に起こりそうな世界って、自分たちが望むべき方向を突き進んでいたらいつの間にか支配されているっていう状況じゃないですか(笑)。何が正解か、よく分からなくなってくるんですよね。そういうアンビバレンツな気持ちを歌ってみたかったんです(笑)。

──“わかってないことがない”も、テクノロジーが進化していくことへのアンビバレンツな気持ちを歌っているように思いました。

例えばAIの発達によって、Amazonの「おすすめ機能」みたいなものが進んでいくと、自分よりも自分のことが分かってくれるようになって。例えば「今日、俺は何をしたらいい?」と尋ねると的確な答えをくれるし、ひょっとしたら誰と結婚したらいいかまで教えてくれるかも知れない(笑)。そういう世界は便利で楽なのでしょうけど、気持ち悪いよなっていう。その不気味さや不穏さみたいな感情は、“新しい人”と繋がっていると思います。曲調としては、多幸感があって「普通にいい曲」なんですけどね。

──「自分よりも自分のことを分かっている存在」に、レコメンドされたものばかりチョイスしていたら「失敗」から生まれるイノベーションなども期待できなくなりますよね。

確かに。「失敗」からくる面白さ、予想外のものが飛び込んでくる楽しさってありますからね。話はちょっと逸れるかも知れないですけど、ライブはまさにそういう場だと思います。その場で起きたハプニングみたいなものは、バンドとしても大事にしているし、予想外のことが起きないと自分たちも楽しめない。たくさん練習して、1音たりともミスしない、BPMも完璧に合わせて、毎回全く同じライブを繰り返す、みたいなことは僕らの性に合っていない気がします。ていうか、みんな怒り出しちゃうかも知れない(笑)。

そういう意味では、ハプニングや失敗って大事なのかなと思いますね。失敗するかもしれない道を敢えて選ばないと、新しいことは絶対に生まれないですし。


──以前、インタビュー(OGRE YOU ASSHOLE×コナン・モカシン対談:両者の考える「サイケデリック」)させてもらった時に「最近はみんなが『お金』や『国』を信じているとか、そういうことが神秘的というか、不思議だ」とおっしゃっていて。その思いが“自分ですか?”や“さわれないのに”という曲に昇華されたのかなと思いました。

焦点が合えば合うほどその中に細かい構造がさらにあるとか、奥に行けば行くほど考えなければならないことが沢山ある、みたいなことってあるじゃないですか。そういうことを、この2曲では歌っています。

OGRE YOU ASSHOLE
さわれないのに | me and your shadow

──出戸さんも読んだとおっしゃっていた『サピエンス全史』(ユヴァル・ノア・ハラリ(Yuval Noah Harari)著)にも、人は「虚構」という概念を生み出したことで、国家、法律、貨幣、宗教といった「想像上の秩序」が成立したとありましたよね。

「虚構」という概念があったからこそ、人間は進化し社会を形成することも出来た。人間以外の動物は、本当に目の前にあるものしか見ることが出来ないけど、人間だけが現実にないもののことまで話せるんですよね。でも結局それって、人間が頭の中で考えただけの仮定でしかない、とも言えるし。

──“過去と未来だけ”で描かれている「虚無感」みたいなものも、時間に対する「概念」からきているとオフィシャル・インタビューでおっしゃっていましたね。

『時間の比較社会学』(見田宗介著)によれば、時間の流れが過去から未来へ一直線に流れていると考えるから、人は「虚無感」が生まれていると。その理論が正しいかどうかは別として、そういう考え方もできるのではないかと思ったんです。実際、現代社会にはびこる「虚無感」というのは、時間の捉え方から起きている気がするんですよね。さっきの話にも通じますが、例えば動物には時間の概念がないから虚無感など起こり得ないと思うし、もし世界のどこかに未開の地があったとして、そこで暮らす人々に現代の人が持っているような時間の概念がなかったら、虚無感を持つことなどあるのかなって思うんです。

──例えばオウガのサウンドも、反復によって時間感覚を奪っていくというか。いつ始まり、いつ終わるのか分からなくなっていく感覚は、出戸さんが歌詞で試みていること、例えば物事の意味を剥ぎ取っていくことともリンクしているような気がします。

なるほど、そんな風にも聴けるんですね(笑)。ループって「永遠に続くんじゃないか?」と思って逆に虚無感が湧くこともある気がするのですが、どうなんでしょう。

──“朝”は、エロティシズムを感じたというか……。

おお(笑)。

OGRE YOU ASSHOLE
『朝|morning after morning』Live at WWW X

──自分と「他者」との境界線がなくなっていく描写は、ずばりセックスについての歌だと思いました。

例えば、自分の手を自分で触っている時も、これは触っているのか、触られているのかよく分からなくなる時ってあるじゃないですか。単純にそういうことについて歌ったのですが、確かにエロティシズムも感じますよね。でも、あの“朝”という曲が一番、自分にとって謎なんですよ。何について歌っているのか説明できないんです。他の曲については説明できるんですけど、あの曲が最も「混乱していくさま」をそのまま描写しているというか。

でも、エロスというものが様々なことを動かす原動力だということは、このアルバムを作っていて思いました。歌詞の抽象度を高めれば高めるほど、結果としてエロスに近づいていく。“さわれないのに”もそうなんですよ。自分では全くそのことを意図していないのに、「結局それって、セックスのことじゃん?」みたいになるというか。

──興味深いです。しかも“朝”でいえば、境界線がなくなっていくのって暗闇で起こりやすいのに、全てに光が降り注ぐ朝についての歌なんですよね。

闇の中で境界線が滲んでいくというよりも、どちらかというと頭が冴えわたっていてすごくよく見えているからこそ、当たり前のことが変に思えてくる感覚に近いのかなと。ピントがボケて、分からなくなるというよりも、ピントが合いすぎて分からなくなっていく、みたいな(笑)。

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──“動物的/人間的”は、アルバムの中では最もポジティブな歌詞ですよね?

この曲が入ることで、ある種の着地点がアルバムの中に作れたかなと思います。この曲が入らないと、かなり宙ぶらりんな、ほんと意味のない世界に投げ出されるような不安感で終わるんですよね(笑)。それはそれでアリというか、ちょっと捨てがたいアイデアではあったんですが。

──『2001年宇宙の旅』でいうと、スターゲートをくぐり抜けたスターチャイルドが地球にたどり着いたような安堵感が、この曲によって生まれている気がしました(笑)。ちなみに、“動物的/人間的”と今作のアートワークでモチーフになっている「像」には、どんな意味があるんですか?

最初は友人に「チャリティTシャツのイラストを描いて欲しい」と頼まれて、それで何も考えずに描いたんです。その後ずっと家にあの絵が置いてあって、毎日眺めているうちに段々と気に入ってきて(笑)。それでジャケットに使い続けているだけで、特に深い意味はないんですよ。ちなみにアルバムのジャケットは、イラストから立体を作ってそれをデッサンしたものです。

──今作は、「新しい人」というスターチャイルドのような存在が、地球に住む人類のことを「奇妙な生き物だな」と思いながら眺めているような、そんな視点を感じました。このジャケットの「像」は、てっきりその「新しい人」をヴィジュアル化したものなのかと。

「宇宙人」的な視点は好きですね。自分が宇宙人だという設定で街を歩いてみると(笑)、色んな物事の見え方が変わるんです。

そういえば、黒沢 清監督の『散歩する侵略者』という映画を、アルバムを作った後に観たんですけど、それも感覚としては近いものがありました。地球を侵略しにやってきた宇宙人が、人から概念みたいなものを吸い取って、それで人間を少しずつ理解していくという話なんですが、吸い取られた側の人間は、例えば「所有」という概念を失ったことで、引きこもりからアッパーな性格へと変容したりするんですよ(笑)。ちょっとコミカルな要素もあるんですけど、僕がずっと考えていたようなポイントを突いているような作品でした。

──人類の中にインストールされている「概念」を入れ替えたら、世界のありようが根底から変わるかも知れないですよね。

そうなんですよ。他の「概念」がインストールされていた可能性だってあるし、その方が今よりもいい世界になっていたかも知れないし、逆に今のこの世界が奇跡的で美しくも思えてくるというか。今作では、そういう当たり前と思っていることも、よく見たり考えたりしてみると、すごく奇妙で不思議だということを、ものすごく引いた視点でうまく表現できたと思います。

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Text by Takanori Kuroda
Photo by Yuki Hori

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OGRE YOU ASSHOLE
出戸 学(Vo,Gt)/馬渕 啓(Gt)/勝浦 隆嗣(Dr)/清水 隆史(Ba)
メロウなサイケデリアで多くのフォロワーを生む現代屈指のライブバンドOGRE YOU ASSHOLE。
00年代USインディーとシンクロしたギターサウンドを経て石原洋プロデュースのもとサイケデリックロック、クラウトロック等の要素を取り入れた『homely』『100 年後』『ペーパークラフト』のコンセプチュアルな三部作で評価を決定づける。初のセルフプロデュースに取り組んだ前作『ハンドルを放す前に』ではバンド独自の表現を広げる事に成功し高い評価を得る。

2010年 全米・カナダ 18ヶ所をまわるアメリカツアーに招聘される。
2014年 フジロックフェスティバル ホワイトステージ出演。
2018年 日比谷野外音楽堂でワンマンライブを開催。
2019年 RISING SUN ROCK FESTIVAL 2019 in EZO出演。

『新しい人』

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2019.09.04(水)
品番:DDCB-19005
Label:花瓶

収録曲:
1.新しい人
2.朝
3.さわれないのに
4.過去と未来だけ
5.ありがとう
6.わかってないことがない
7.自分ですか?
8.本当みたい
9.動物的/人間的(Album Ver.)

『新しい人』特設サイト

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『新しい人』
Release Tour

2019.09.29(日) 松本ALECX
ADV ¥3,900/DOOR ¥4,400(ドリンク代別)|松本ALECX:0263-38-0050 

2019.10.06(日) 梅田TRAD
ADV ¥3,900(ドリンク代別)|GREENS 06-6882-1224

2019.10.12(土) INSA福岡
ADV ¥3,900(ドリンク代別)|BEA:092-712-4221

2019.10.22(火・祝) 名古屋 CLUB QUATTRO 
ADV ¥3,900(ドリンク代別)|JAILHOUSE:052-936-6041

2019.10.26(土) 札幌 Bessie Hall
ADV ¥3,900/DOOR ¥4,400(ドリンク代別)|WESS:011-614-9999

2019.11.04(月・祝) EX THEATER 六本木
ADV ¥4,200(ドリンク代別)|HOT STUFF PROMOTION 03-5720-9999

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