——さて、今回ドキュメンタリー映画『ブラジル・バン・バン・バン』が公開されます。音楽プロジェクト=ソンゼイラの作品を聴いた際、バラカンさんはどんな感想を持ちましたか?

このプロジェクト、僕はすごく好きですよ。自分の場合、世界の色々な音楽を出来るだけ幅広く聴きたいと思ってはいるんですけど、でも、ブラジルの音楽については詳しくないです。それは一つには世代的なもので、僕がロンドンにいた10代の頃、ブラジルと言えばボサノヴァでした。たとえば“イパネマの娘”だとか、いくつかヒットした曲があったんですけど、どれも下手するとエレベーター・ミュージックみたいに聞こえてしまう部分があった。ザ・ビートルズや(ローリング・)ストーンズのような新しいタイプのビート・グループが次々とデビューしていく中で、そういう音楽が好きな若者としては、全然ピンと来なかったんですね。ラテンの音楽にしても、サルサは70年代に少し聴いていたものの積極的に買い集めていたわけではないし、今も得意がって語れる音楽ではない。ブラジルに関していえば普段一般的に耳に入ってくる限りでは、非常に高度に洗練されたコード進行やメロディという意味で、あんまり黒人音楽みたいにぐいぐい来るような感じもないですし。ただ、ノルデスチ(※)の方では、アフリカの音楽からの影響が色濃いブラジル音楽もあって、そういうものを聴くとすぐにピンと来ます。そして、このソンゼイラでジャイルズが取り上げているのは、割とそういうテイストのものが多いですよね。このアルバムは、ジャイルズは監修者でもあって、実際にスタジオで作業している風景もあるけれど、基本的には現地のプロデューサー、アレシャンドリ・カシンを立てていて。彼のことは今回の(音楽プロジェクトと)映画を観て初めて知ったんですけど、とても面白い存在だと思いましたね。あとはジャイルズがイギリスから連れて行った……。

(※バイーアを筆頭にしたブラジル北東部)

——ロブ・ギャラガーやフローティング・ポインツのような人たちですね。

そうそう、そういう人たちとの力関係も映画を観ていて面白かった。だからアルバムも僕好みのサウンドだったし、映画を観たら、その作品自体がどういう風に作られているのかということが分かって面白かったですね。もちろんメイキングの音楽ドキュメンタリーには、どの作品にそうした魅力があると思うんですけど。

——中でも、バラカンさんの印象に残っているシーンはどんなものでしたか?

スタジオのシーンはどれも面白かったけど、中でもエルザ・ソアレスの歌声を聴いてみんなが涙するシーンは本当にすごいですよね。彼女のことも、この映画を観るまでは全然名前を意識したことはなかったんです。セウ・ジョルジや、エヂ・モッタも面白かった。それから、ファヴェーラを訪ねるシーン。僕は以前、ファヴェーラそのものを描いたドキュメンタリー(05年公開『ファヴェーラの丘』)を観て、ものすごいエネルギーを感じたことがあったんです。危険極まりないんだけれども同時にすごく面白い音楽が生まれていて、ユニークな文化を持っているんだな、ということを感じていて。そのファヴェーラがさらに深く出てくるシーンがあって、そこも面白かった。やはりあの、山の急斜面にある狭い路地で共同体を作るって、想像を絶するものがありますよね。

——ええ、集まっている人々の年齢層が幅広い部分も印象的でした。

そこは共同体の音楽ですから。失業率が極めて高いところで、みんな他にすることもないでしょうし。そういえば、来年にリオでオリンピックがありますよね? あれに向けて、ブラジルはまた大変なことになっている。腐敗問題もあるし、経済的にもガタが来ていて……この映画にも少し出てきますけど、その比ではない話になってきていますよね。それもあって、ジャイルズは最近のニュースを見てどんな風に思っているのかな?と思ったりもしますね。

ジャイルス映画をさらに楽しむ!ソンゼイラガイド②ピーター・バラカン interview150924_peter_12-780x520

——では、バラカンさんが今回の映画を通して感じたブラジルの音楽やカルチャーの魅力というと、どういうものを挙げるでしょうか。

ひとつは、ブラジル音楽と言っても「僕が思っていた以上に多様なんだな」ということ。そしてもうひとつは、今回のプロジェクトがジャイルズ・ピーターソンのフィルターを通したブラジル音楽でもあるということ。映画の中に出てきたミュージシャンも言ってましたけど、自分たちでも気付かないような魅力が引き出されている部分があったはずで、そこが僕にとっても非常に面白かったんです。ジャイルズはもともと、そういうことを考えてこのプロジェクトを始めたはずです。僕はブラジルへの興味に関してはジャイルズの感覚に近い感じがしていて、彼がこのプロジェクトを立てたことで色々と知ることが出来たので、純粋にありがたいなという気持ちなんですよ。

——恐らく、ブラジル音楽にそこまで詳しくない人でも、その魅力に向かうきっかけになるような作品になっている部分もありますよね。

そうね、でもそれよりも、個別のミュージシャンに対する興味を持てるような作品でもあると思いますよ。以前のキューバでの企画(『Gilles Peterson presents Havana Cultura』)もそうだったけれど、今回のソンゼイラはブラジルでワールドカップがあるということで、その盛り上げ役を彼が買って出たプロジェクトです。でもやるからにはクリエイティヴなものにしなければもったいない。彼はあれだけ様々な音楽を深く聴いている人ですから、ミュージシャンのネットワークもすごく広くて、そこで「この人とこの人を組み合わせたら面白いものになるだろう」という感性があったからこそ、今回のプロジェクトはいいものになったと思うんです。細かい音楽的なところは周りのミュージシャンに任せて、彼は全体の判断をしているような雰囲気で。今回の映画には、そうした制作中の雰囲気が沢山登場しますね。

——バラカンさんはこれまで膨大な数の作品を観られてきたと思いますが、そもそもこうした音楽ドキュメンタリーの魅力とはどんなものだと考えていますか?

音楽ドキュメンタリーの中にも色々な種類がありますよね。コンサートの映像を中心にしたものもあれば、最近だとマッスル・ショールズの映画(13年作『黄金のメロディ マッスル・ショールズ』)や『バックコーラスの歌姫(ディーバ)たち』(13年)のような、ある音楽業界の知られざる部分に目を向けるものもある。僕の場合は、そのどちらも好きなんです。音楽を少しでも好きな人間だったら、音楽をより深く知りたい、舞台裏を覗いてみたいという気持ちはあるはず。やっぱり、一番の魅力はそれなんじゃないですか?

——では、中でもバラカンさんが好きな作品があれば教えてください。

一番最初に観たのは、(ザ・ビートルズの)『ハード・デイズ・ナイト』(64年)。あれをドキュメンタリーと言っていいのかは分からないけど、ほとんどドキュメンタリーに近い作品ですよね。僕が13歳頃のことで、もちろんヴィデオもない時代だから、観たいと思ったら映画館に行くわけです。2回か3回は観に行ったのかな。あとは学生時代に(大型フェスの草分け的存在と言われている67年の)<モンタレー・ポップ・フェスティバル>の様子を記録した『モンタレー・ポップ』(68年)も衝撃的でした。ジミ・ヘンドリックスがギターを燃やしたシーンが有名ですけど、個人的にはそれはあまり好きな場面ではなくて、それよりオーティス・レディングが歌っているシーンが好きでした。他にもいくつか好きな場面はあるんですけど、何より「あのヒッピーの時代のカリフォルニアがどうだったか」ということについては、当時イギリスでもTVではなかなか取り上げられないものだったんです。映画が出来たのはフェスティバルの2〜3年後で、ぼくが観たのは69年の<ウッドストック・フェスティバル>と同時期ぐらいだったんじゃないかな。

——当時はイギリスにいても、なかなか情報を得ることは難しかったんですね。

このフェスティバルと同じ67年にローリング・ストーン誌が出きて、それでロック・ジャーナリズムが誕生するわけで、当時は全然なかったです。<ウッドストック>も69年にフェスがあって、翌年に映画『ウッドストック 愛と平和と音楽の三日間』(70年)が出来て初めてその様子を知ることが出来た。雑誌の特集が少しはあったのかもしれないけれど、まだインターネットのない時代ですから、知ろうと思ってもなかなか大変だったんです。だから、映画を観て、「へええ、こんなすごい規模のものをやってたんだ」という実感が湧くわけです。それに、あの作品は映像的にも、画面を分割したりとカッコいいことをやって、音も映画館の中にライヴ用のPAのようなものを持ち込むという実験もあった。あの手の映画はきっと、ほとんどが計画的に作られていたわけではないですよね。多くの作品がシネマ・ヴェリテ(※)的に手持ちのカメラで撮られていて、その映像自体にすごくリアリティがある。一方でたとえばマーティン・スコーセージが監督した『ラスト・ワルツ』(78年)みたいな映画だと、一日リハーサルをやっていて、カメラの台数も沢山使って上手に撮っているんですよ。その中にはもちろん大好きなシーンもいくつかあるんですけど、ただ、僕としては『ウッドストック〜』や『モンタレー・ポップ』のような、ラフな映像の方が、ドキュメンタリーらしい生々しい映像があって好きなんです。

(※フランス語で「真実の映画」を意味する記録映画のこと)

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