「肉声に勝る楽器なし」、「歌声こそ神が人類に与えた最高の楽器だ」……。歌声は、いにしえよりそうも称されてきた。そこに節を乗せれば歌に、詩を乗せれば唄に変わる。そして、その最高の楽器に常に磨きをかけ、様々な音楽性や楽器とクロスオーバーさせてきたシンガー&ヴァイオリニストが居る。それがこのサラ・オレインだ。
オーストラリア出身の彼女は5歳よりヴァイオリンを始め、豪国内で活躍。3オクターブを超えるその声には「f分の1ゆらぎ」と呼ばれる癒しの成分が含まれており、クラシカル性に満ちた歌唱を用い多くの人を魅了してきた。
また、報道番組のコメンテーターや教養番組のレギュラー出演を始め、作曲・作詞や翻訳家、コピーライター等としても活躍。こと歌に関しては楽器と遜色なく、いや時にはそれらをも凌駕する表現力と歌唱スキルには目を見張るものがある。数々のテレビのテーマ曲やCM、羽生結弦選手の2014、15年のエキシビション曲に彼女の“The Final Time Traveler”が起用され、それらを耳にした方も多いことだろう。
その歌声を駆使し、時に人を高揚させ、鼓舞し、癒し、浄化させてきたサラ。そんな彼女が『Timeless~サラ・オレイン・ベスト』をリリースした。過去4枚のアルバムやシングル曲から自身でセレクトしたエポックで大切な代表曲ばかりが収まった初のベスト盤となる今作。加え、7曲の新録音曲も魅力的だ。彼女のこれまでの歴史や遍歴、成長や進化を紐解くと同時に、声という楽器の飽くなき進化と可能性を感じさせてくれる同盤。今作や以下のインタビューを通し、「声楽やクラシック=敷居の高い音楽」との認識や概念を取っ払い、その素晴らしい肉声を駆使したクロスオーバーな音楽たちが、あなたを魅了することを約束しよう。
Interview:サラ・オレイン
——サラさんは絶対音感をお持ちだそうで。一般的にそれは、「天性の才能」のように言われていますが、サラさんの場合は5歳ぐらいから、しかも耳ではなく目から覚え、習得に至ったとお聞きしました。
その「生まれつき持っているもの」という説も、いささか懐疑的ではありますが……(笑)。その資質があったのか? 無かったのか? の意味であれば、私も天性だったのかもしれませんね。でも私は資質があれば、後々でも習得できるものだと考えていて。誰でも音楽を初めて、すぐドの音が分かるわけではないので。私の場合も特にそれが「特別なこと」だとは感じてはいませんでした。
——ちなみにどのような習得の仕方をされたんですか?
自分の場合は幼い頃よりヴァイオリンを習っており、母からある音の音階を聞かれた際にパッと答えられなかったんです。それがとにかく悔しくて。その後、ピアノの前に座ってひたすらドを弾いて覚えようとしました。するとそのうち、その弾いたドの音がオレンジに見えてきて。「あっ、これって分かりやすい!!」と気づいたんです。「見えてくる色で区別すれば音階も分かる」って。でも、その時は自分の中では特に不思議には感じてなくて。みんな誰もが、そうなんだろうと(笑)。それを機に絶対音感と呼ばれるものを身につけることができたと思います。
——私にはその感覚がないので、やはり不思議な話です。
「目で見える」というよりかは感覚で「音が色として認識される」というか。この感覚は共感覚(きょうかんかく)と呼ばれているんですが、例えば有名な作曲家の方にも共感覚を持つ方がいて、中には色で音の指示を出す方もいたそうなんです。他にも「字が色に見える方」もいるらしく……。色とは限らないんですが、2つ以上の感覚が同時に働くこと自体が珍しいようで。私の場合は、未だドの音はオレンジに見えるんです。音が重なれば重なるほど様々な色が重なっていき濁って見えたりします。
——音楽もですが言語学等々様々な学識にも長けておられますが、膨大な記憶力をお持ちなイメージがあります。そういった機転からの習得方法が他にも色々とありそうですね。
色としてではありませんが、言語に関しても人とは違った覚え方をしているかもしれません。
——それらはどこから来たものなんでしょうね?
もしかしたら、それは私が一人っ子だったことにも関係しているのかも……。親が厳しくてペットもいない家庭だったので、孤独の中、ひたすら一人遊びをしていたというか。中でもパズル等は沢山やってましたからね。そのような覚え方だと、最初は暗号のようなラテン語への興味がまさにそうでしたが、何かパターンが見つかったら、それがパズルみたいに組み合わせで意味を帯びる法則みたいなものが分かってきて。これらはほとんど独学で解いていくうちに習得したものなんです。
——理論で覚えようとするとなかなか頭に入りませんが、そのような覚え方だとスッと頭に入りそうですね。
でも、目に見えているとはいっても、実際にそれが目で見ているものなのか、目を通して感覚が映し出しているものなのか? は未だに定かではありません。とはいえ、そのような習得能力は他の方よりも長けているかもしれないです。
——勉強になります。
私の場合はとにかく最初に何かしらの法則やパターンを見つける事から始めることが多いんです。それが自分にとっての理解のしやすさや分かりやすさに繋がっているんでしょう。それは音楽に対しても言えることで。まずは型やパターンを覚えるんです。「この音楽はこういった構成や旋律のパターンがあるな……」って。なので、急に何かのジャンルの曲を歌うことになったら、ひたすらそのジャンルの音楽を聴いて、耳でパターンを探ったりします。
——今も様々なクロスオーバーな音楽に挑んでいますが、その辺りもこのような習得からによるものも大きそうですね。
でも私の場合、それは音楽に限ったことではないんです。私が日本に留学したきっかけは、音楽を勉強する目的ではありませんでしたから。言語学を学びに日本に留学したのですが、あえて音楽とは違った世界に触れるからこそ、逆に音楽にとって色々な経験や視点が増えると思いました。違うバックグラウンドを持った人たちや環境で勉強したら、それが身につき後に何かしら音楽の役に立つのではないかなって。
——違ったものからの音楽へのフィードバックを目的に言語学を?
もちろん、それが全てではありませんでしたが、そのような面もありました。特に音楽は表現ですから。経験や感情とかも必要となってくる。音楽をやるのであれば、音楽だけ勉強するのはちょっと違うと思うんです。色々なものを見たり経験した方が、それこそ表現の幅は広がりますから。
——もちろん幼い時に学んだ理論の基礎があってのことでしょうが、成長してからは逆に理論よりも感覚を大事にし出したり?
そうです。そうです。感覚の方がより重要になってきました。自分の作曲方法にしても、キチンと考えてといったパターンはもちろんですが、けっこう感覚的に作っているところも大きいです。
——それを聞いて合点がいきました。ここ最近のサラさんの作品には、そちらの方により向かっている印象を受けたんです。歌をうたう目的からスタートしつつ、どんどんその声が楽器化してきた感があって。
その感想は嬉しいです。確かにそのような面はあります。色々と試したりして、毎回何かしらの発見があり、それが自分の歌声や作品に反映されています。おっしゃる通り最初は手探りだったんです。レコーディング経験もほとんどない中だったので、歌を上手くうたう、それだけに注力していて。そこから歌の中の色々な表情や他のアーティストの皆さんの様々な表現を見たり聴いたりしていくうちに、それが自分にも反映されたり、学んだりして変化していきました。そんな中で徐々に自分のスタイルが定まっていったんです。もちろん、まだ途上でこれからもさらにどんどん学んだり変化や成長はしていくでしょうけど。
——確かに近作では自身のスタイルが見つかり、それがより強固なものになっていっている印象があります。
それこそ当初は言われた通り、一生懸命歌っていただけでした。最初は「とにかく美しい声を出すように」、それだけ言われて。漠然と全体的にそこに向かい意識して歌ってましたが、それが徐々に自身でプロデュースできるようなってきて、段々と言われていた中でも、「美しさ」について考えるようになったんです。美しいものをより美しく響かせるためにはどうしたらいいんだろう?って。あえて影の部分や崩して歌うことでよりその美しさが映えることに思い当たったりました。その美しさにしても一つのものではないですからね。逆に崩した方がより人間っぽさが出たり、意味は一つではない、色々な側面からその意図や本質を捉えて歌うようになったんです。
——となると、ある意味かなり自分の歌や表現に対しての客観性も必要となってきそうですが?
きますね。でも、私にはその両面があると思っていて、いわゆる理論的な自分と客観的な自分というか……。
——歌うことに際して、何か憧れの対象はあったんですか?
実は私、昔はずっと男の子になりたかったんです。ボーイソプラノに憧れていて。でも、あの歌声は儚いし、声変わりもしちゃうんで寿命も短い。私は男の子にはなれないけど、この声だったらずっとあの声に近いものを出せるんじゃないかって。それになり切りイメージして歌っている部分が今でもあるんです。
——分かります。でも、それが同じハイトーンを出すシンガーでもR&Bの方々とサラさんの違いなんでしょう。サラさんの場合はそこにどこか神聖さや慈しみ、尊さみたいものを感じるので。
その辺りの宗教音楽やクラシックが昔から大好なので、そこからの影響は強いと自分でも思います。あとは聴いて下さる方を飽きさせたくない気持ちも常にあります。なので、これまでの4枚のアルバムにもどこか新しい挑戦を必ず数か所入れています。それは自分がものすごく飽きやすい性格ということもあるんですが(笑)。
——個人的には、いずれはファンキーだったり、ダンサブルなタイプの楽曲にも挑戦して欲しいです(笑)。
私も是非挑戦したいです(笑)。きっと楽しいでしょうね。でもライブやコンサートでは、けっこうバンドで、遊べる要素も用意してるんです。なので、そういった部分ではコンサートで出していたりはしています。アルバムや作品となると、やはり1枚1枚コンセプトがしっかりと必要ですからね。なるべくチグハグだったり合わないものは入れないようにしています。私、オーストラリア出身じゃないですか。なので、ライブでは地元の有名なロックバンドのAC/DCのカバーも歌ったりしてるんです。
——そうだったんですね。全く想像もつきません。今度是非観に行きたいです。
それらも含め、常にクロスオーバー的なものを探したり模索したりはしています。常に進化していきたいんです。
——ベスト盤『Timeless~サラ・オレイン・ベスト』が発売して間もないですが、ご自身で聴き返していかがでしたか?
最新アルバムの『ANIMA』を経て自分の表現の幅が広がったし、ある意味自分の歌声の確立や私ならではのアイデンティティみたいなものが見つかった感じがあったので、どうしても割合的に『ANIMA』からの曲が多くなっちゃいましたね。頑張ったけど、なかなかそこからは削れませんでした(笑)。
——ちなみに選曲の基準は?
思い入れのある曲たちです。羽生選手とのコラボ曲だったり、“糸”もそうだし、タイアップの曲や、みなさんもどこかで流れているのを聴いたことがあるのではないか? といった曲たちを基準に入れてみました。1曲目で歌とヴァイオリンという自分の真骨頂が魅せられた、それも嬉しかったです。これまで割と聴いて下さってきた方や、初めてこの作品から私に接してくれたり、ここから聴いて下さる方々に向けて、比較的わかりやすいように、伝わりやすいように、そんなことを念頭に収録曲は選びました。あとは通して聴いた時に大きな物語を感じられる、そんな曲順にしたくて。先に曲を選んで、そこから曲順で作品に一つの大きな流れを作ってみました。1枚目の曲たちも、今思うと未熟だったり、未成熟な楽曲も多いんですが、あえて入れてみました。だって、それを経てじゃないと今の自分に至れませんでしたからね。
サラ・オレイン – 糸 | Sarah Àlainn
——ボーナストラックでは、これからを感じさせる曲たちを収めた印象を受けました。
あえて歌い直した曲もあります。おかげさまでそれらの曲たちは、より自由にのびのびとなったかなって。
——この際に他の曲も再度歌い直したりしたくなったりはしなかったんですか?
正直なりました。けど堪えました(笑)。というのも、やはり全部歌い直しちゃうのは違うかなと感じて。もちろん歌い直せば今の自分も出せるし、当然当時よりも表現力やスキルもアップしたので、さらに良い楽曲にはなったでしょう。でも、やはりあえて過去のまだ途上だった自分も残したくて。なので逆に私の歌声の変化や遍歴も感じて欲しいんです。ベストアルバムなので、その時のベストな楽曲たちに留めさせてもらったというか。進化や変化、成長をすごく感じてもらえる作品なんじゃないかな。まっ、今ベストなものも、おそらく今後時間が経ていけば違って響くでしょうが。そういった意味では、その日そのタイミングを大事にした曲たちだったなって。でも、それも今だから思えることで、きっと昔の自分だったら気にいらず、より完璧を目指し全部歌い直していたでしょう(笑)。でも今は思います。決してそれだけではなかったんだなって。なんていっても今作のコンセプトは「”Timeless”時を超えて心に刻む。私のベストは進化する」でしたから。
——最後に今後のサラさんのビジョンを訊かせて下さい。
これからがある意味、勝負と悟っています。今回のベスト盤で集大成的なところもあり、ある意味ピリオドでもあったわけで。これからもよりクロスオーバーを目指し様々な表現をしていきたいです。もっともっとクロスオーバーしてジャンルを横断したいし、拡げたいし、もっともっと自分の作曲した曲も入れていきたいです。でもグローバルという大きなテーマは常にブレさないように活動していきたいなと。
——その「グローバル」というのは?
挑戦はもちろんですが、自分がこれまでベースにしてきたものをあえて一度壊したくも思っていて。
——それは例えば?
私、けっこうEDMとかも聴いたりするんです。
——非常に意外です。
落ち着くん手ですよね。あのビートが。とは言え、まだまだやってみたいな……程度で。もちろんやるとしても、一般的なガシガシしたタイプとはちょっと違った私らしいものになるとは思いますが(笑)。あとはこれまでピアノやヴァイオリン、ストリングスやギターといったアコースティックなものが中心だったので、カウンター的にシンセチックなものに行ってもいいのかな? とも考えていて。でもルーツは常に大事にしつつ。
——大事です。
とにかく人を飽きさせなくて、且つサプライズさせたいタイプなので。あと反面、いたずら好きな面もあるし(笑)。今後もさらにクロスオーバーさせていくのか? それとも一つのものを「これだ!!」と見つけ、そこに邁進して求道的になっていくのか? 今後の私にも是非注目していて欲しいですね。
RELEASE INFORMATION
Timeless~サラ・オレイン・ベスト [数量限定スペシャルBOX]
2018.12.19(水)
Timeless~サラ・オレイン・ベスト [数量限定スペシャルBOX]
2018.10.17(水)