今年4月から連続でシングル“19歳”、“アマゾン”、“ボサボサ”、“トンネル”をリリース。そして8月20日には、それらの集大成ともいえるEP『ハードスプレー』を発表するなど、福岡出身のアーティスト・珠鈴の快進撃が止まらない。つい2年前のインタビュー(内田珠鈴はなぜ、自分をさらけ出そうと思ったのか? 初EP『光の中を泳ぐ』について語る)では「闇期のどん底」に立ったような不安を吐露し、不器用ながらも素直な内面を表現した彼女だったが、今度はアッパーなディスコチューンをもって「攻め」の姿勢を感じさせる。

タイトルにもなった『ハードスプレー』は、珠鈴が毎日使っている必需品だという。最近の「リアル」をぎゅっと固める武器をもって、今はどこへ向かおうとしているのだろうか。心境の変化、そして今回のEPに込めた想いを、彼女自身のリアルな言葉で語ってもらった。

INTERVIEW:
珠鈴

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「これがやりたいんだ!」って一番思うところにたどり着けた

━━今までの珠鈴さんは自身の内面について歌った曲が多かったのですが『ハードスプレー』では「自分」という枠を飛び出した半径数メートル内の風景が描写されていますよね。

コンビニに行ったり、寝坊して走ったり(笑)。

━━このご自身の変化を、珠鈴さんはどう捉えていますか?

この1年で自分の生活にすごく変化があったので、その影響が如実に出たEPになったんじゃないかなと思ってます。

そもそも4月からの連続リリースも、去年、コロナ禍になった頃からスタートした企画なんですよね。去年の夏から、それまでうまく動けなかった心残りをバネにして、準備を始めたんです。その頃から自分の体験がそのまま歌詞に反映されるようになりました。

━━歌詞に身の回りの体験が反映されるようになった「きっかけ」ってなんだったんですか?

一人暮らしを始めたことがダイレクトに関係してそうです。去年高校を卒業して、すごく気持ちが楽になりました。逆にそれまでは自分の内面にしか目がいかないほど余裕がなくて、外の世界はどうしても曖昧にしか描けませんでした。

学生から社会人になって、実家暮らしから一人暮らしになって。やっと「これがやりたいんだ!」って一番思っているところにたどり着けた気分なんです。ここがやっとスタート地点だ!って言いたいくらい。

しかも一人暮らしを始めたのと同じタイミングでコロナ禍の自粛期間が始まったので、身の回りの大切なものへなおさら目が向くようになった。今まで当たり前だったことを懐かしむほどの余裕が生まれたんです。

━━“ボサボサ”や“君はこんびに”で朝にフォーカスが当たってるのも?

朝起きて準備しようと焦っていた時のことが懐かしくなったんです。“ボサボサ”の歌詞にも《準備2時間かかる》ってあるんですけど、もともと私は朝が苦手なんですよ!

しかもコロナ禍で自粛した時は昼夜が逆転した時期もあって。家にいる時間が長いし、起きている間にカーテンから明かりが差し込んでいるのを見て「うわぁ……」って思ったりしてました。

今は朝活して散歩に出かけられるくらい朝が好きになったけど、代わりに人と待ち合わせ場所へ急ぐような機会もなくなっちゃった。「あの時めっちゃ焦ってたな」って見つめなおすようになりましたね。

珠鈴 – 君はこんびに

━━じゃあ、過去のインタビューで「歌詞に書き出すことで闇期を抜け出す」って言うほど悩んでいた珠鈴さんはどこへ……?

その闇もどっか行っちゃいましたね(笑)。多分、規則的な生活が苦手だからこそ「学校に毎日何時に行く」「いつまでに何を提出する」みたいなのがめちゃくちゃ嫌だったんだと思います。

ただ、コロナ禍になって時間や規律の縛りがなくなって、「闇期」もリセットされた。今では何をそんなに悩んでいたんだろう、って気分です。前作の時はいろいろ考えていたのですが、今はただただ元気です。

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「時代」をかけ算した、自分だけにしか作れないモノ

━━そして歌詞には「Netflix」「Amazon」といった今どきのフレーズが散りばめられている一方で、曲調やジャケットでは昭和歌謡を彷彿とさせる、という。ギャップが面白いです。

時代のミックス感は発信したいなって。今の時代に昭和の人がやってきたかのような面白さは求めてましたね。ファッションでも、昭和のヴィンテージアイテムに、今の韓国っぽいメイクをミックスするほうが好き。現在(いま)の要素を入れれば、自分だけにしか作れないモノができると思って「時代」をかけ算してました。

前作1stEP『光の中を泳ぐ』ではアンビエントをやってたので、自分でも「本当に同じアーティストなのかな?」って思ってます(笑)。作曲・編曲をお願いしているTPSOUNDさんにも「今回は私自身が楽しい曲を作りたい。昭和レトロがいい」って相談しながら制作してました。

珠鈴 – 『光の中を泳ぐ』

━━なぜ昭和レトロをチョイスしたんですか?

コロナ禍で有料のオンライン配信を観ることが増えて、自分の好きな音楽について深く考えるようになりました。昭和歌謡をサンプリングした楽曲や和モノMixを聴くようになって━━Night TempoさんのDJ配信などをめちゃくちゃ観ていたので、今回の連作はすごく影響を受けたと思います。

もともとレトロ文化は好きだったんです。70〜80時代のヴィンテージファッションを楽しむのも好きだし、昭和の広告も好き。広告のコピーフレーズとか面白いじゃないですか。見ていて元気をもらえるんです。特に当時のカルチャーは、社会を盛り上げようとする勢いがある。今の「落ち込む世の中だからみんなで元気を出そう!」っていう状況とも重なるんじゃないかな、と思いました。

━━“君はこんびに”のミュージックビデオやEPジャケットのヴィジュアルも、一貫した和モノ仕様。すごく納得しました。

めちゃくちゃこだわりました! 表面的な「っぽい」ものをやって中途半端になることだけはどうしても嫌だったんです。ジャケットのキャッチフレーズも「どんなコピーを入れれば面白いかな?」ってデザイナーさんと相談して出来上がったクリエイティブなんです。昔の雑誌を古本屋で買って研究したりしました。

━━曲調も歌詞も、ひいてはビジュアルまで、180度違う方向へ突き抜けたんですね。

実は今回の連作も、最初に出した“19歳”は単発で出そうと思ってたんですよ。全然違う、むしろ前の作品に近いような曲調だったし。タイトルも“成長”でした。

今の“19歳”は随所に空白があって、トラックもちゃんと聴けるような構成になっているけど、最初はもっとビッシリと歌詞のある歌モノでした。すごくポップになった。

珠鈴 – 19歳

━━全然違うじゃないですか!

そうなんです。ただ「毎月リリースする」っていうプロジェクトが決まって“トンネル”を作り始めた頃から「せっかくEPにするんだったら、全曲を通して楽しんでもらえた方がいいな」って思って。繰り返し聴いてもらいたいので、リリースする4ヶ月くらい前に作り直したんですよね。

━━そこまでされていて、なおさら『ハードスプレー』に収録されている“透明”の存在が不思議に思えてきます。この曲だけ連作シリーズとは関係ない曲ですよね。しかも2019年にリリースされていて。

透明”をもっと聴いてほしい、っていう自分の願望ですね。この曲好きなんです。あと、この曲はコロナ禍の直前に書いているんですけど、なんか今の状況とリンクするんですよね。

当時、高校を卒業すれば欲しい情報が自分の手元に入りやすくなる……っていうことを嬉しく感じる一方で、誰かと同じテレビ番組の話をすることもなくなるし、どんどん閉鎖的になっていくだろう、と思っていたんです。

その不安みたいなものを書いたら、別の形でそれがより現実的になってしまった。コロナ禍で自粛してると、一人暮らしって本当に孤独じゃないですか。その不安は明るい曲をいくら作っていても感じる。明るい気分にさせるだけじゃなくて、同じ気持ちを共有できる相手でもありたいなと思いました。

「お願いだから“透明”をもう一回聴いてください!」って気持ちです。EPの中では他の曲に比べるとちょっと毛色が違うけど、その違和感を感じて癖になってもらえたら嬉しいです。

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自分が選択した道が正しかったんだと思えるようなこれからにしていきたい

━━焦りから抜け出し、俯瞰した目線と余裕を得た現在、過去に制作した楽曲を振り返るとどういったことを感じますか?

曲調はもちろん、歌詞が全然違うなって思います。たまに自分の曲は振り返るんです。それこそ何週間か前に、自分が弾き語っていた頃の曲を聴いていたんですよ。今の自分なら応援ソングは書かない。その当時にどんな気持ちで「頑張れ!」って歌ったのかが分からなくて、不思議な気持ちでした。どれも自分の中では良いと思ってやっていたので、これはダメだったというのはないですけど。

今は当時のような曲を絶対書けないからこそ面白いです。もしかしたら『ハードスプレー』も、何年後かに「今は絶対書けない」って思ってるかもしれない。

━━リアルな今の状況をギュッと固めているからこそ、タイムカプセルのような存在になりそうですよね。先ほど珠鈴さんは「ここ(『ハードスプレー』)をスタート地点にしたい」とおっしゃってましたが、このリリースを基軸に、次はどんなことに挑戦したいですか?

そうですね……今の時代って、どれを正しいと思えばいいか、という判断が難しいです。その中でも、自分が選択した道が正しかったんだと思えるようなこれからにしていきたいです。「この先大丈夫だ」っていう曲を書くことで、自分の自信にも繋げたい。

あと今までは「どんな音楽を聴いていきたいか」にも迷いがあったけど、それは知らなかったからなんだな、って思いました。いろいろ知っていくうちに見つかるものってあるじゃないですか。そういう意味で、今回のEPは心の支えみたいな存在です。音楽を知っていくうちに「自分はこれが好き」がわかってきてやっと辿り着いた作品です。

その上で、今まではずっと一人でやってきたので、自分と違う要素のひとと一緒にやってみたいな、とも思ってます。私の声で表現できる幅に限界があるからこそ、音域の違う人や、私が知らないメロディを知っている人とコラボしたい。同世代でできたらいいな。OHTORAさんとか。今年は積極的に一緒にやっていける人を探したいです。

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珠鈴 – 『ハードスプレー』

Text:Nozomi Takagi
Photo:Maho Korogi

PROFILE

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珠鈴

福岡出身のアーティスト・珠鈴(しゅり)。高校入学と同時に上京。
2018 年からサウンドプロデューサーに City Your City の TPSOUNDを迎え、1stEP「光の中を泳ぐ」を 2019 年 5 月にリリース。同世代の Billie Eilish(ビリーアイリッシュ) ゃ Lexie Liu(レクシーリュー) など様々なアーティストから音楽的な影響を受けながらハウスミュージックを基調にしたドリーミーでポップなサウンドに等身大のリリックを乗せたサウンドを模索している。また個人の活動として写真の個展なども行うマルチなアーティストとして活動。
2021年3月から公開の映画『アポトーシス』で出演と劇中歌で参加。

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INFORMATION

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ハードスプレー

2021年8月20日(金)
珠鈴
track list:
1.君はこんびに
2.アマゾン
3.19歳
4.ボサボサ
5.トンネル
6.透明

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珠鈴EPハードスプレーリリース企画「DREAM KEEPER」

2021年9月18日(土) 会場:下北沢 mona records
開場:17:00 開演:17:30
前売:¥3,000(+1 drink)
出演:
samayuzame
珠 鈴
アサノソラ

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