谷根千で温故知新を感じる。築100年の長屋を改装した美容室

「1階は見るからにノスタルジーなパーマ屋さんといった素敵な雰囲気のままでしたが、初めて建物を見た時には私にはハードル高いのでは……と感じましたね。それでも、この土地、建物で美容室をするんだ。という想いの方が勝ちました。決心してから、内覧を含めて1年。解体してから7ヶ月かけて改装をしましたが、解体の時には腐っている柱を見つけて困惑もしました。何より建物が私に似て、どこも真っすぐではなかったんです（笑）。この建物で美容室をやると決めてから『いと』が完成するまでを思い返してみると、ほとんどが大変だったように感じます。それでも、内覧をかさねるごとに大家さんとの距離感が縮まった事や、改装をしてくれた渡部屋の大工さんチームと一緒に、『いと』を造る事ができた事は一生の思い出です。打ち合わせの度に脱線してしまい、みんなを困らせてしまいましたが……やっぱり、楽しかった事ばかりですね。」

その言葉を聞いて、町の風景、文化や歴史を守り、美容を通じて訪れるお客さんに“温故知新”を感じてもらいたいという想いが、大変さを超えて楽しみになったのだという事が伝わってきた。谷根千ではこの地域でしか感じられない魅力に加え、近年は台東区や墨田区などの谷根千付近の下町にあるゲストハウスブームの定着の影響もあり、ますます賑わいを見せている。このような流れの中で、少しずつ町も様変わりしている。それでも『いと』は陽子さんの想いや、賛同者や協力者たちの中で、古い建物や町並みを大切にした美容室として今年の2月に開業を迎えた。もちろん、文化や歴史を守る事は前提にあるが、開業へのきっかけに「美容にもこれまで昔から受け継がれてきた、文化があるおかげ」そう話してくれた想いもある。陽子さんは、町と美容文化。両方への尊敬の念から、昔と現在の文化が融合し、外国人観光客も多く増えているこの地域で、”日本の町の文化と美容文化”。両方の文化を外国の方にも知ってもらいたいとも考えている。その想いから、お店の名前は“繋ぐ”という意味を表す“線”という単語を連想させるものを考え、「糸」が思いつき、誰でも読めるようにひらがなで『いと』にたしたという。「“温故知新”から時代を繋ぐ。外国人観光客も多く、国と国、人と人。美容と健康で、私が“いと”になって色々な縁を繋いで、沢山の人が笑顔になる空間にしたいと思います。美の駆け込み寺みたいになれたら幸せです。特に美容室の苦手な方は大歓迎ですね。お友達のお家でカットするような感覚で来てください。一緒に髪型を作りたいので、気軽に何でも言って欲しいですね。着付けもやっているので、着物で谷根千を歩きたい方も大歓迎です。」

そう話す陽子さん自身も着付けをしながら営業をしている日もある。谷中には、15代将軍の徳川慶喜や日本画で有名な横山大観など、多くの著名人が眠る谷中にある谷中霊園がある。園内のさくら通りでは春には桜のトンネルができあがり、秋には銀杏並木へと様変わりする。根津では、約1900年前に日本武尊により創建された由緒ある根津神社があり、つつじの名所としても有名だ。千駄木にある旧安田邸は、大正8年に実業家の藤田好三郎により建てられたもので、家屋のみならずインテリアや庭園までも、当時の佇まいのまま守られ続けている。もちろん歴史的な建造物や名所だけではない。この町自体に歴史を感じさせる風情や、隠れ家のようなお店が多くあり、さらには人情に溢れている。“温故知新”を感じる『いと』で、お気に入りの髪型、そして着付けを楽しみ、赴くまま歴史あるこの地域に溶け込み、風情を感じながらこの町を散策してみてはいかがだろうか。初めて訪れる人、再び訪れる人へも、ひと味違う感覚でこの地域を楽しむきっかけになるかもしれない。

『いと』が完成するまでの数か月の間に連絡を取り、改装の合間と完成後の営業中に伺い話を聞かせていただいたのだが、この土地の歴史と文化、そして日本の美容文化への尊敬の念を強く感じた。そして、谷根千という風情ある地域の歴史と文化を守り、古き良きものを残しながらも、ゆったりとした流れを汲むという事を大切にした場所が生まれる瞬間に立ち会えう素晴らしさを、わずかながら味わう事ができた気がする。

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text ＆ photo by Mako Masaya