新世代ポップ・アイコン、アナ・オブ・ザ・ノース。タイラー・ザ・クリエイター、カイゴ、H＆Mら多方面からラブコールを受ける魅力とは

ファッション・ブランドKENZOとH&Mとのコラボ

それ以降、彼らの活動はさらに多岐に渡っていく。2016年後半には、アナ・ロッテルードがパリ発のファッション・ブランドKENZOとH&Mによるコラボ・コレクションのキャンペーン・アンバサダーに起用。毎年大きな話題を集めるH&Mによるコラボレーションは、様々な業界で活躍する人物が大物から新人まで、数多く起用されることでも知られる。同年のキャンペーンには、坂本龍一やチャンス・ザ・ラッパー、女優のロザリオ・ドーソンらが起用され話題となったが、その中にアナ・ロッテルードも加わっていた。それは、音楽面だけに留まらないポップ・アイコンとしての期待がいかに業界内で高まっているかを伝える証左だろう。

タイラー・ザ・クリエイターからもオファー

今年に入ると、彼らの元には今最も勢いのあるUSヒップホップ界からもゲスト参加のオファーがあった。それが7月にリリースされたタイラー・ザ・クリエイターの最新作『フラワー・ボーイ』だ。タイラー・ザ・クリエイターは、オッド・フューチャーというクルーのリーダーであり、2010年のブレイクでヒップホップ・シーンにおける新世代の台頭に先鞭をつけたラッパー兼プロデューサー。彼が“スウェイ”に惚れ込み、オスロでライブを行った際に対面してこの共演へと至ったのだという。同作には、アナ・ロッテルードが“911／ミスター・ロンリー”と“ボアダム”でヴォーカル参加している。タイラーもまた、ヒップホップ界では先駆者かつ異端児であり、アナ・オブ・ザ・ノースはジャンルを問わず、先駆的な才能にこそ認められる存在となっているようだ。

Tyler, The Creator – 911 / Mr. Lonely (Audio)

Tyler, The Creator – Boredom (Audio)

2014年のスタート以降、数々の世界的なアーティスト／ブランドからラブコールを受けてきたアナ・オブ・ザ・ノース。彼らからようやく届けられたデビュー・フル・アルバムが『ラヴァーズ』である。北欧エレクトロニックの系譜を継ぐサウンド・プロダクションと、アナ・ロッテルードのヴェルヴェットのような歌声。それらが溶け合った、静謐で慎ましくも、力強い芯と温かみを感じさせるエレクトロ・ポップ集。真っ白の背景とファッションに身を包み、真っ直ぐとこちらを見据えるアナ・ロッテルード。この清廉で凛としたアートワークが、何よりも同作を象徴している。

アナ・ロッテルードとブレイディ・ダニエル-スミスの出会いが、両者の出身国ではなく異国のオーストラリアだったことは前述したが、その運命的な邂逅が本作のケミストリーにもしっかりと表れている。孤独や失恋の痛みを綴った、「愛」についてのビタースウィートなリリック。ブレイディによるプロダクションは、リヴァーヴやレイヤードによってアナの歌声にそっと寄り添い、心のわだかまりを優しく浄化していく。彼ら自身「ジャーニー・オブ・ハートブレイク」と称しているように、本作は失恋の痛みをじっくりと癒していくような、10曲36分の音楽旅行のような作品なのだ。

また、80年代譲りのシンセ・サウンドと北欧的な朴訥としたエレクトロニカを基調としつつも、現行のメインストリーム・ポップにも通じるフックが隠し味として見え隠れするのも心憎い。それは、内省的で抑えたヴァースから、弾けるようにキャッチーなコーラスへと展開する“サムワン”や、隣国スウェーデンの歌姫ムーをフィーチャーしたメジャー・レイザーの“リーン・オン”を独自解釈したようなダンスホールからの反響が聴こえる“ファイア”等にも顕著だ。思えばブレイディは、今年全米一位獲得のセカンド『メロドラマ』で改めてポップ・シーンにおける存在感を示したロードと同じニュージーランド出身。USメインストリームへの距離感とポップ・センスの鋭さ、失恋という誰にも馴染みのあるテーマを深遠に展開する神秘性という点では、彼らとロードにも共通点が見出せるかもしれない。

Anna of the North – Someone (Official Video)

Anna Of the North – Fire (Official Audio)

このように、アナ・オブ・ザ・ノースはパーソナルでレフトフィールドな音楽表現を出発点としながらも、ポップ・シーンのメインストリームを代表する大物やファッション業界にも認められ、アイコンとしてみるみる輝きを増しつつある。今後、彼らはさらに多方面へと活躍の場を広げていくことだろう。その最初のメルクマールとして、このデビュー作『ラヴァーズ』は必聴の一枚だ。

text by 青山晃大