オリジナル・トランペットで表現するアラビア文化と西洋のミクスチャー
しかし、彼の魅力は卓越した技術だけではない。その最大の個性は、父親が開発した4ピストンの微分音トランペットを使ってアラブ音楽特有のエキゾチックな音階を表現できる、現役唯一のトランぺッターであること。同時に欧米の音楽に開かれたリスナー感覚も持っていて、レバノンを代表するレジェンド=ファイルーズからマイルス・デイヴィス、スティーヴィー・ワンダー&マイケル・ジャクソン、グスタフ・マーラーやロベルト・シューマンまでその影響源は多岐にわたる。
Stevie Wonder – Isn’t She Lovely
また、新世代のジャズ・ミュージシャンらしく、エレクトニック・ミュージックやロックにも精通。中でも彼がフェイバリットに挙げるビョークは、レディオヘッドの『キッドA』に続いてエレクトロニカの音響美に大きく傾倒した01年作『ヴェスパタイン』以降の音楽性に共感したものだろうか。ロックではレッド・ツェッペリン。これはフォークや民族音楽を加えて音楽性を深化させていった彼らの後期への共感かもしれない。
Björk – Pagan Poetry
Led Zeppelin – Stairway to Heaven Live
とはいえ最大のインスピレーション源として挙げるのは、父親でもあるナッシム・マーロフ。アラビア音楽の伝統に根ざしながら、現在進行形の音楽を取り入れてその魅力をアップデートしていくことで、イブラヒム・マーロフの音楽が生まれていくのだ。
中東ジャズ×ヒップホップ×エレクトロニック・ミュージック
最新作『レッド・アンド・ブラック・ライト』の魅力
今回の最新作『レッド・アンド・ブラック・ライト』は、同時発売となったコンテンポラリー・ジャズ志向の『Kalthoum』と対をなす作品にして、エレクトロニック路線を進んできたここ数作の進化形。先行販売されたフランスでは8位を記録するヒット作になっている。
ここでは鍵盤を担当したエリック・レニーニらとともにテクノ的なループを主体にしたり、J・ディラ由来のヒップホップ・ビートと電子音を融合させてフライング・ロータスらLAビーツ勢と共振したりと様々な実験を展開。同時に全編は女性をテーマにしたものになっていて、その象徴としてビヨンセの“Run The World(Girls)”のカヴァーも収録。また、9曲目でリミックスを手掛けた20sylはSeihoとのタッグも記憶に新しいフェニックス・トロイ(フェニックス&ザ・フラワー・ガール)作品などに参加する人物でもあり、アラビア音階のエキゾチックな響きを持ちながらも、アーバンでスタイリッシュな雰囲気になっている。
Flying Lotus – Zodiac Shit
Beyoncé – Run the World(Girls)
20syl – Back & Forth
ところが、楽曲のピーク・ポイントでは一気にアンサンブルがバーストし、ドラム・パターンもロック的なものに変化。そうして前述のツェッペリンや激情系のシンフォニック・ロックを思わせる高揚感と共に縦横無尽に飛び回るソロ・パートは圧巻の一言で、そのダイナミックなギャップも本作の魅力のひとつかもしれない。
アラビア圏の伝統と、モダンでスタイリッシュな意匠とを融合させて、レバノン~パリ経由で新世代ジャズ・シーンの魅力を伝えるイブラヒム・マーロフ。すでにスティングやエルヴィス・コステロ、ヴァネッサ・パラディといった大御所との共演も果たすなど、ジャンルを超えて活動を繰り広げる彼の今後にもぜひ注目を。
RELEASE INFORMATION
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