以前も取り上げているように、カナダのインディ・ロック・シーンにおけるアイコンといえばブロークン・ソーシャル・シーン(以下、BSS)が真っ先に浮かぶ。ジャンルレスな好奇心と大所帯のメンバー編成で、彼らはゼロ年代を通じて新しいポップ・サウンドを生み出していった。現在は活動停止中ながら、その影響力は至るところで窺える。実はなんと、“ロイヤルズ”で時の人となったロードもBSSを愛聴していた一人らしい。彼女の“リブズ”という曲は、こんなヴァースで始まる。
飲み物を私にぶちまけた君
リピートでかかったままの“ラヴァーズ・スピット”
ママもパパも私を家から出してくれなかった
頭がおかしくなりそうなの、歳をとっていくと思うと
ロード -“リブズ”
この曲のなかで、繰り返しプレイされているのがBSSの“ラヴァーズ・スピット”(=恋人の唾)。インディ・ロック漬けの青春を送ったことで有名なロードだが、彼女の思春期らしい葛藤に対して、この曲にある《いいかげんそろそろ/大人になって何かを始めなければ》という一節はどう響いていたのだろう。
ブロークン・ソーシャル・シーン -“ラヴァーズ・スピット”
人は誰でも、いつかは階段を登るべき時がくる。BSSの中心メンバーであるケヴィン・ドリューから届いた6年ぶりのソロ・アルバム『ダーリンズ』は、ファミリーというべき同郷の面々が脇を固めつつも、30代後半を迎えた彼の新境地というべき内容に仕上がった。本人曰く、テーマは「僕の人生や今日の社会における、愛とセックスのあれこれ」。まずはリード・トラックから聴いてみよう。《少しもむなしくないのがいいセックス/ちっとも清純じゃないのがいいセックス》と歌い始めるこの曲。その名もずばり、“Good Sex”。
ケヴィン・ドリュー -“Good Sex”
オープンな性的描写はアルバムのあちこちに散見されるが、各曲の主人公は怯えるように冷静で、《ぼくは正しいことしてるんだろうか》と、ふと我に返る。本作で描かれるのは、親密ゆえに傷つきやすい恋人どうしに、この世界に居場所を見出せず、とりあえず「ベイビー、今夜愛し合おうよ」とつぶやくことしかできない人々の姿だ。大人になるのは、拭う事のできないみっともなさを受け入れることだと言わんばかりに。夜に蠢く無数の情念を、甘美なシンセがドライヴさせる。
『いとしい人々』と題された本作のモチーフは、ケヴィン本人や彼の友人知人、あるいは不特定多数の「私」や「あなた」かもしれない。不器用な人々を《逃げてもいいけど、普通の人生は送れないよ》と突き放す一方で、傷を知るからこそ注がれる愛もサウンドに満ちている。アダルティな語り口は、年齢を重ね、邪な世界で生きることへの勇気を教えてくれるはずだ。口紅で夜更けの窓ガラスに書き殴ったようなアートワークも美しい。
ケヴィン・ドリュー -“Mexican Aftershow Party”
(text by Toshiya Oguma)