【プレフューズ73のこれまでの作品】「ビート」の探求からアンビエント/ドローンへの接近まで幅広い振れ幅を持つ過去の作品群
「ボーカル・チョップ」と「エレクトロニカ・ヒップホップ」という固定化していくレッテル。そしてプレフューズ・スタイルの大量の模倣犯たちが現れる中、ブームに上手く乗っかることなく敢えて中指を突き立て、新しいことを試みてきたスコット兄貴のセカンド以降の作品群をここで一気に振り返っておこう。
メインストリームでは同郷アトランタのヒップホップ・アクト=アウトキャストが大傑作『スピーカー・ボックス/ラブ・ビロウ』をリリースした2003年にアンダーグラウンド・ヒップホップの雄としてプレフューズ73がリリースしたのが『ワン・ワード・エクスティングイッシャー』。おそらくこの作品が今も最高傑作だ。複雑なリズムながら、グルーヴがあり、ビートそのものがメロディアス。「クラブフロアよりベッドルームが似合う」正にプレフューズ印を確立したのがこの作品。そしてマスキュリン(男性的)でないフェミニンなヒップホップは本当に新しかった。
挨拶代わりにこれでもかというくらいの「ボーカル・チョップ」のテクニックをぶち込んだ “ジ・エンド・オブ・バイターズ・インターナショナル”で模倣犯たちとの格を見せつけてからはアルバム内では「ボーカル・チョップ」を完全封印。それでもラッパーのダイバースを招聘した“プラスティック”でのオーセンティックなヒップホップ・トラック、そして“ビジー・シグナル”、“ストーム・リターンズ”でのメロディックなビートは本当に絶品。アウトテイク集である『エクスティングイッシュド』もアルバム全体でシームレスに同じテイストを楽しむことができる傑作だ。まだプレフューズを聴いたことがない人がいるならば、まずはこの2枚の作品を聴くべき。ヒップホップへの固定化された偏見を覆してくれるとともに、キャッチーなトラックも多く聴き易いのと、コラボ陣を眺めるだけでも様々な音楽シーンを垣間見ることができるのも良い。
続いて2005年にリリースされたのが『サラウンデッド・バイ・サイレンス』。この作品には明確なコンセプトがあった。それは様々なボーカリスト/ラッパーを招いてデビュー作とは異なる形で「声の研究」を追求すること。ここでもコラボ相手のバリエーションは幅広い。インディーからは自らがフックアップしたバトルス、フォークトロニカの新星だったザ・ブックス、NYインディ・シーンの重鎮ブロンド・レッド・ヘッド、NYアンダーグラウンド・ヒップホップからはEL-P、そしてウータン・クランのゴーストフェイスと型破りなほど幅広いメンツをまとめあげ、立て続けに同年発売された『ザ・ブックスEP』でも前作で確立した持ち味を見事に結実させた。
しかし、地位を盤石にしながらも挑戦をやめないのがスコット兄貴。サヴァスも含め次々とリリースは続く。バルセロナに一時拠点を移していたスコットはヒップホップからは離れ、カタルニアン・フォーク民謡等の探求を本格化し、サヴァスにそのアウトプットを反映した。しかし、プレフューズ73としては「模索の時代」に入るのもこの辺りから。他の名義に取り組みつつプレフューズの位置付けを決めあぐねていたのかもしれない。また背景には一番商業的に成功したプレフューズ名義でのツアーや固定化したイメージへの疲弊もかなりあった様子。そのストレスが一番現れ、グリッチーなノイズでゴリゴリ押し切ったEP『セキュリティ・スクリーニング』以降、プレフューズとしてはグルーヴのあるビート・ミュージックの追求というよりはアブストラクトで瞑想的な音像にシフトしていく。と同時に「MPCによるサンプリングのみ」という制約の緩和も進め、‘07年の『プレパレーションズ』では生楽器を大胆に導入。変化に臆することなくプレフューズにメスを入れた。
変化、そしてハイペースな制作は止まらない。09年の『エブリシング・シー・タッチズ・ターンド・アンペクシアン』はデジタル機材から離れ、最大のアイデンティティであったヒップホップ的ビートですら姿を消す。フライング・ロータスなど新世代のビート・メイカーたちに触発された部分もあるのだろう。彼らとは違う形で自分にしかできないものを作ろうという意志はここでも不変だった。その2年後の『ジ・オンリー・シー・チャプターズ』では、ブロードキャストのトリシュからシャラ・ウォーデンといった女性ボーカリストと盟友タイヨンダイ・ブラクストンに支えながら、「声」というビートと並ぶ探求対象を「女性」を切り口に探求した。この作品は電子音響/現代音楽の領域に接近しており、この時点ですでにワンオーソリックス・ポイント・ネヴァーのダン・ロパティンと接点を持ち、その影響を音に返している先見の明はさすがの一言。 しかしながら、この2枚で推し進めた多層的なレイヤーを持つアンビエント・サウンドは、初期プレフューズからは随分と遠くに来たというのも事実で、「メロディアスなビート・ミュージック」をどうしても懐かしむ人も多かったはず。