2000年代のポップ・ミュージック・シーンが生んだ最高のロック・アイコンは誰か? その問いに対して、誰もが真っ先に名前と顔を思い浮かべる人物こそは、ジュリアン・カサブランカスに違いない。世紀の変わり目に彗星のごとく現れ、ロックンロールの歴史をまっさらにリセットして21世紀の新たな時代を呼び込んだ伝説のバンド、ザ・ストロークスのフロントマン。ザ・ストロークスとしての活動と並行して、彼はこれまでにソロ名義でのアルバム『フレイジズ・フォー・ザ・ヤング』(2009年)、ジュリアン・カサブランカス+ザ・ヴォイズ名義でのアルバム『ティラニー』(2014年)をリリースしてきたが、そのソロ活動の流れを汲む最新作『ヴァーチュー』が4年振りに届けられた。

The Voidz “initiate” Julian (band name change/album announce)

ただ、今回のアルバムはジュリアン・カサブランカスのソロではなく、前作での「ジュリアン・カサブランカス+」さえも省いた、彼が率いるバンド=ザ・ヴォイズ名義でのリリースとなっている。ザ・ヴォイズのメンバーは、ジュリアンのソロ・ツアーでバックを務めたジェフ・カイト(key)、アレックス・カラピティス(dr)らを含む計6人。今回のアルバムがシンプルなバンド名義となったのはおそらく、彼らの結束、共有する精神、ミュージシャンシップが「ジュリアン・カサブランカスの」という前置きを必要としないレベルにまで達したという判断からだろう。実際、本作に収録された16曲(日本盤ボーナストラックを含む)のうち、マイケル・キャシディのカバー“シンク・ビフォア・ユー・ドリンク”以外の全曲で、作詞作曲のクレジットはザ・ヴォイズ名義によるものだ。

ジュリアン・カサブランカスは、米『Billboard』誌によるインタビューにおいて、ザ・ヴォイズというバンドについて以下のように語っている。

「ザ・ヴォイズというバンド名には、未開拓の領域を開拓するという意味がある。俺たちはみんな、境界線を押し進めようとする波長を共有しているんだ。」

この発言の通り、ザ・ヴォイズが鳴らす音楽は、今現在世界中のどこを見渡しても似たモノの見つからない、極めてユニークな代物。モーツァルトの“レクイエム”を引用し10分を超える超大作となったリード・シングル“ヒューマン・サッドネス”をはじめ、前作『ティラニー』の時点でも彼らの未来志向は顕著だったが、誰も聴いたことがないポップ・サウンドへの飽くなき挑戦はこの最新作『ヴァーチュー』でも変わらずに、先鋭的なまま続いている。

今作からバンド名義になったとは言え、その表現の核となっているのが稀代のアイコン、ジュリアン・カサブランカスなのは間違いない。何しろ、ザ・ヴォイズの最重要コンセプトである「未開拓領域の開拓」は、彼がザ・ストロークスでのデビュー以降20年近くも変わらずに追求してきた信念だったのだから。ザ・ヴォイズ最新作にも繋がる彼の一貫した活動姿勢を理解するため、ここからは少しばかりジュリアン・カサブランカスの来歴を振り返ってみよう。

ジュリアン・カサブランカスが切り離した
“ザ・ストロークス”らしさ

ザ・ストロークスが登場する以前の90年代後半、ロック・シーンの話題の中心にいたのは、オアシスやレディオヘッドの後を継ぐ叙情的な歌ものバンドや、高度な音楽スキルでバンド・アンサンブルを拡張するポストロック勢だった。ミレニアム直前の茫漠とした不安や倦怠を反映した存在として、それらのバンド群も確かに重要な象徴ではあったものの、一方で新しい時代を切り開いてくれるシンプルなロックンロールを待ち望む声も日増しに高まっていた。

その中で、2001年1月にセンセーショナルなデビューを飾ったのがザ・ストロークスだ。タイトな古着をスタイリッシュに着こなす、抜群のファッション・センス。メンバー5人が並んだ姿から醸し出される、圧倒的なカリスマ性。そして、余計な虚飾の一切ない、骨身だけのロックンロール。彼らの音楽は、瞬く間に時代を塗り替え、彼らが示したシンプルなバンド・サウンドへの回帰はアメリカ、イギリスのみならず、北欧やオーストラリアにまで飛び火し、「ロックンロール・リヴァイヴァル」という2000年代最大のムーヴメントを巻き起こした。

ただ、今から振り返って彼らの1st『イズ・ディス・イット』を聴けば、ザ・ストロークスが初手からただのロックンロール回顧主義者ではなく、未知の音楽を追い求める未来派の求道者集団だったことが実感できるだろう。ヴォーカル、ギター2本、ベース、ドラムとベーシックな編成で楽曲構造自体はシンプルだが、極めてクリアな分離で配置されたサウンド・ストラクチャからは、当時のロックの定型とは明らかに一線を画すフューチャリスティックな個性が既に垣間見えている。

The Strokes – Last Nite

彼らの未来主義は、それから作を追うごとに顕著なものとなっていく。ギターにユニークなエフェクト処理を施し、ムーグ・シンセのような音を鳴らすなど、音色面で格段に進化が見られた2003年リリースの2nd『ルーム・オン・ファイア』。同作のシングル“12;51”のミュージック・ヴィデオは、後にディズニーが続編を制作することになる1982年公開のSF映画『トロン』からインスパイアされたサイファイな出来となっており、彼らのフューチャリスティックな志向を明確に伝えることになった。

続く2006年発表の3rd『ファースト・インプレッション・オブ・ジ・アース』では、バンドの実験精神が極限にまで到達。そぎ落とされたロックンロールという初期イメージを過去のものとして、ラウドなギターとプログレッシヴな展開をこれでもかと盛り込んだ怪物作は、賛否両論を生んだものの、ザ・ストロークスが単なるレトロ趣味バンドではないことを全世界に印象付けた。

同作で進歩的なマキシマリズムを極めたことにより、ザ・ストロークスは次作『アングルズ』までの5年間、沈黙の期間を迎えることに。その間、各メンバーはソロ/サイド・プロジェクトで活動し、それぞれで作品をリリースしていくが、中でも際立った成果を残し注目を集めたのは、やはりジュリアン・カサブランカスだった。

2009年に彼はインディ・レーベル〈カルト・レコーズ〉をスタート。当初はジュリアンのソロ作のために設立されたが、それから約10年の間で所属アーティストやリリースの枠は広がり、今では自らの創作に留まらず、ジュリアンの感性を広く伝えるための手段として、彼の活動の中でも重要な位置づけを占めている。現在までに同レーベルから作品を発表したアーティストは、カレン・O(ヤー・ヤー・ヤーズ)やハー・マー・スーパースターといった、かねてよりジュリアンと親交の深い人物から、セレブラル・ボールジー、グロウラーズといった新鋭まで、多種多様。また、メキシコ出身のレイ・ピラ、マリ共和国出身のソンゴイ・ブルーズなど、非英米圏のバンドも積極的にフックアップしており、英米のロック/ポップ・シーンにおけるトレンドやステレオタイプに嵌らないバンドを数多く紹介している。そんな〈カルト・レコーズ〉の活動方針は、「境界線を推し進める」というザ・ヴォイズの信念とも大いに共振するものと言えるだろう。

実際、ザ・ストロークスから離れたジュリアンのキャリアは、この〈カルト・レコーズ〉設立とソロ・アルバム『フレイジズ・フォー・ザ・ヤング』リリースから今日に至るまで、真っすぐ一本の芯が通っている。今のところ、純粋なソロ名義では唯一の作品となっている『フレイジズ・フォー・ザ・ヤング』は、手に余るほどの巨大な期待がのしかかるようになったザ・ストロークスというバンドの力学から解き放たれたことで、彼の類まれなポップ・センスと楽天的な未来主義が全面的に開陳されたレコードだ。

同作の音楽性を大まかにレジュメするならば、エレクトロニックなシンセサイザーを重用した未来的なダンス・ポップと、カントリー/フォーク譲りのアメリカン・トラッドとの融合。オスカー・ワイルドの本から引用した「若者のための成句」というタイトルが示すように、彼は本作で新しい時代のポップ・スタンダード創出を志していたのだろう。

ただ、その野心的な試みが当時のファンに十二分に伝わったとは言い難い。沈黙が続くザ・ストロークスに対する飢餓感も手伝ってか、同作の評価はジュリアンの意志に反して、「ザ・ストロークスらしさ」と関連付けて語られることが多かった。この「ザ・ストロークスらしさ」の呪縛は、その後活動を再開したザ・ストロークスの新作にも必ずついて回ることになる。本来は、常に新しい領域に挑み続ける革新的な音楽集団だったはずのザ・ストロークスだが、活動休止を経てバンドの看板が肥大化することにより、ファンの期待と自らの表現欲求との間に乖離が生まれてしまう結果にも陥ってしまっていたのである。

だが、ジュリアンはファンの期待に応えて安住の地を選ぶ道を決して良しとせず、果敢に未開拓領域へと歩を進める道を選んだ。「ザ・ストロークスらしさの呪縛」と決別し、誰も鳴らしたことのないオリジナルなサウンドに挑戦するため、彼が新たに結成したのがザ・ヴォイズ。その最初の成果となったのが、2014年に発表された前作『ティラニー』だった。

現代社会に産声をあげた
The Voidz

インダストリアル、ハードコア・パンク、80年代メタルといったエクストリームな要素がせめぎ合い、ささくれ立った音像と共に突っ走る奇妙奇天烈なロック・サウンド。未来的という共通点はあるものの、そこで提示される未来はかつての楽天的なレトロ・フューチャー感覚とは決定的に異なっている。言わば、『スタートレック』から『ブレードランナー』へと舞台を移したような、ダークで切実なディストピアへの変化が『ティラニー』では描かれていた。

そんな未来観の変化を生んだ要因の一つに、アメリカの政治・社会が抱える諸問題への不信があったのは間違いない。彼は当時のインタビューで、同作のテーマについて「強欲な石油企業、自由さのないマスコミ、環境破壊、金、ヘルスケア」等を挙げている。「Tyranny=暴政」というタイトルの下で、行き過ぎた資本主義とポピュリズムが文化を抑圧・破壊している状況への怒りを掲げた『ティラニー』は、ドナルド・トランプ政権が現実化した今のアメリカを予見するような内容でもあったと言えるだろう。

そんなジュリアンの現代社会に対する憂いは、最新作『ヴァーチュー』にも確かに受け継がれている。“リーヴ・イット・イン・マイ・ドリ-ムズ”、“キュリアス”、“ピラミッド・オブ・ボーンズ”、“パーマネント・ハイ・スクール”と、冒頭に配置された4曲で繰り返し歌われるのは、「嘘」と「真実」という言葉の対比。特に《嘘はどれも単純で 真実は複雑》という“ピラミッド・オブ・ボーンズ”のフレーズには、物事を単純化することで、真っ赤な嘘が真実として流通して信じられてしまう「フェイクニュース」や「ポスト真実」の時代に対する怒りや嘆きが込められている。

The Voidz – QYURRYUS (Official Video)

その他にも、《10年後は誰一人気にかけないだろう 自殺への羨望》(“オール・ワーズ・アー・メイド・アップ”)、《新たなホロコーストが起こっているのに 何が見えないというんだ》(“ウィーアー・ホエア・ウィー・ワー”)など、前作以上に直接的な言葉を用いて現代の諸問題を扱った歌詞が多数。ただ、ジュリアンがここで歌っているのは、現代社会へのプロテスト・メッセージや政治的な啓蒙というよりも、複雑な真実を追い求めて逡巡を繰り返す、極めて私的かつ普遍的な感情だ。真実は嘘よりもはるかに複雑。だからこそ、彼は本作において、誰よりも真摯に現代社会に巣くう諸問題を見つめ、迷いと葛藤を繰り返しているのだ。

The Voidz – All Wordz Are Made Up (Official Video)

「暴政」と名付けられた前作が「現代社会への怒り」を叩きつけたアルバムだったとすれば、「virtue=美徳」というタイトルの付いた本作は、怒りを超えた先にある人間性への信心と賛美がテーマだと言えるかもしれない。幾ばくかの希望を孕んだテーマ性への変化は、音楽面でも確かな影響を及ぼしている。

もちろん、未開拓領域を開拓すべく結成されたのがザ・ヴォイズなのだから、その音楽が単純なポップのカテゴリに収まらないオリジナリティ溢れる仕上がりになっているのは当然のこと。中東風の音階(“キュリアス”)、グラム・メタルとR&Bの融合(“ピラミッド・オブ・ボーンズ”)、パーカッシヴなカウベル使い(“オール・ワーズ・アー・メイド・アップ”)、アブストラクトなトリップホップ(“ピンク・オーシャン”)、性急なデジタル・ハードコア(“ブラック・ホール”)等々、全く異なるアイデアが次々と鼓膜を刺激する、斬新な楽曲が並ぶ。

ただ、その一方で、前作では封印されていた「ザ・ストロークスらしさ」を感じられる“リーヴ・イット・イン・マイ・ドリ-ムズ”や、未来的なプロダクションでカントリーをアップデートした“レイジー・ボーイ”のようなキャッチーなトラックも復活。“ピラミッド・オブ・ボーンズ”の歌詞には、ジュリアンのソロ第一作収録曲から「11thディメンション」という言葉が引用されているが、ここで彼は一度挫折を味わった、新時代のポップ・スタンダードの創造に再挑戦してみせたとも言えそうだ。実際に、本作を評してジュリアンは「少しだけピープル・フレンドリーになっている」と語っている。

The Voidz – Pyramid of Bones (Official Video)

複数の売れっ子プロデューサーが楽曲を分担して制作する、ヒット・ソングの分業制が一般的となり、似たようなテイストの楽曲をアルゴリズムが提案してくるストリーミング・サービスが普及した今、ポップ・ミュージックの一部では画一化が進んでいる。もちろんその中にも面白い音楽はたくさんあるが、ザ・ヴォイズのように誰も聴いたことのないような音楽を追い求めるバンドは今や絶滅危惧種とでも言うべき存在となっているのが現状だ。

ただ、そんな状況に異を唱え、果敢な挑戦を行っているのが、他ならぬ21世紀最高のロック・アイコン、ジュリアン・カサブランカスだという点には大きな意味があるだろう。バンド音楽、ロック、インディ、オルタナティヴ、アンダーグラウンド、レフトフィールド等々……、呼び方は何でもいい。彼とザ・ヴォイズが未来へと繋ごうとしているのは、今やポピュリズムの大波に飲まれて風前の灯火となっている、革新的な大衆音楽の偉大なる系譜なのだ。

RELEASE INFORMATION

Virtue

2018.04.25(水)
The Voidz
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text by 青山晃大