トイレに辿り着くまで自分がどこにいるのか分からなくなっていた。見慣れているはずのクラブはまるで別世界で、全く知らない異空間に迷い込んでしまったような錯覚に陥った。冷んやりとした暗闇は記憶のまま、デコレーションされた“のぞき部屋”やそこの住人であるパフォーマーたちが次々と現れる。ベルリンのトップクラブは突如、40組以上ものコンテンポラリーダンサー、バーレスク、パフォーマー、ドラッグクイーンたちによって占拠され、奇妙でエロティックで摩訶不思議な屋敷に生まれ変わったのだ。
ベルリンの人気ローカルクラブ“Wilden Renate”で現在開催中の体験型のパフォーマンスショー<Overmorrow>の実体験レポートとともに前回に続き、クラブカルチャーの今をお伝えしたい。
「私たちは一切の利益を得ていません。なぜなら、行き場を失ったダンサーやパフォーマーを守るために“Overmorrow”は存在するからです。」
パーティーといえば、DJやライブアクトといった出演アーティストにスポットが当たるのは当然であるが、オーガナイザー、プロモーター、クラブスタッフといった影の立役者がいることを忘れてはならない。同様に、ダンサーやパフォーマーたちが煌びやかな衣装に身を包み、ダンスフロアーやステージで踊りながらパーティーを華やかに彩っていることを忘れてはならない。コロナ禍によって行き場を失ったのは何もDJだけではないのだ。ショービジネスの世界にも暗い影を落としたのは言うまでもない。
クラブカルチャーの復活が囁かれ始めた7月、すでに話題となっていたのが“Wilden Renate(以下、Renate)”で開催されている<Overmorrow>である。オンラインによる完全予約制、2人1組となって建物内に入り、約1時間掛けて各ブースを順番ずつ回って観る仕組みとなっている。各ブースの滞在時間は5分、そこで起こることは予測不可能、暗闇の中、わずかな光だけを頼りに矢印の方向へひたすら進んでゆくだけ。
一面ピンクとブルーで覆われたブースではヌードの女性が無言で足にペンキを塗りながら何かを訴えかけている。バーカウンターの上では空中ブランコのショーが披露され、その横ではリーディング劇が始まっている。ミラーボールが吊るされたフロアーでは、設置されたボタンを押すと爆音でテクノが流れ出す。姿を見せないまま踊るダンサーたちが投影されたカーテンがスクリーンとなった奇妙なステージ。
何度も訪れているクラブが一変した光景には驚かされたが、同時に<Overmorrow>の会場はここしかないと確信した。なぜなら、“Renate”はキャバレーだったとも言われる古い劇場を改装して作られた1400㎡の敷地を誇る広々したクラブで、内装も当時の面影をそのまま残している。ベルベットやゴールドのソファーやチェア、シャンデリア、レッドライトなど、どことなく“如何わしい”雰囲気はベルリンのクラブの特徴である。一歩中に入れば、外の現実社会と遮断され、非現実的な夢の世界へと導いてくれるのだ。
<Overmorrow>は、BAD BRUISESやTrashEraといったベルリンを拠点とするアートコレクティブに所属するアーティストやフリーで活動しているアーティストなど、性別も人種もジャンルもバラバラの40組以上が交代で出演している。その中には日本人女性ダンサーも含まれている。各ブースは全て自分たちの手で作られており、舞台のような本格的なものから学芸祭のような手作り感満載のほっこりさせられるものまで自由自在。その個性的でユニークなブースを見るだけでも十分に楽しむことが出来る。
好評のため期間を延長し、9月も開催されることになった<Overmorrow>を是非とも体感して欲しい。それは同時に出演アーティストを支援することにも繋がるのだ。“Renate”側は一切の収益を得ることなく、アーティストやスタッフへ還元しているという点においても注目して欲しい。ドイツにおけるクラブカルチャーへの支援は感心すべき点が多いが、それでも国や政府だけに頼ってはいられない。“Renate”のように、独自のアイデアでアーティストや文化を守ろうとしているクラブや団体があることを知って欲しい。
ベルリンは現在、ガーデンのみに限り、踊れるパーティーは開催されるようになった。しかし、数は少なく、たった数ヶ月の開催期間では到底これまでの損害分をカバーし切れない。“Renate”や“Berghain”のように、アートインスタレーションという形で、コロナ時代に合わせた新たなエンターテイメントを提供していくのか?ガーデンのシーズン終了となる10月以降、各クラブがどんな方向性を示すのか今後の動向も追っていきたい。