ウクライナの首都キエフという街を調べるより先に“Closer”というワードを検索したのを覚えている。”Closer”とは、世界の一流アーティストやジャーナリストたちから常に絶賛の声が上がっているキエフが世界に誇るトップクラブである。昨今ではベルリンでも不定期にCloser主催のパーティーが開催されており、注目度は増すばかり。そんな”Closer”の重要ポジションであるPRを担うPRマネージャーのAlisa Mullenにベルリン滞在中にインタビューを行った。戦争の痕と急成長が入り混じる混沌さの中で生まれた東欧アンダーグラウンドシーンにおける最前線が知れる貴重な内容となっています。是非ご覧下さい!!

エレクトロニックミュージックのPRは私の生き甲斐であって、人生そのもの

 
世界の片隅で活躍する女性クリエイターたち【ウクライナ・キエフ/PR編】 music190730_kanamiyazawa_8437

インタビュアー・宮沢香奈(以下、Kana) まずは、ベルリンへようこそ! またこうやって再会出来てすごく嬉しいけど、ベルリンにはよく来るの?

Alisa Mullen(以下、Alisa) そうね、かなり来てるから数えてないけど、10回未満ぐらいかな?

Kana それはかなり来てるね。ここ(Holzmarkt25)もお気に入りの場所って言ってるぐらいだからベルリンにも詳しそう。とりあえず、プライベートトークは後にして、まず、Alisaの仕事、PRについて聞きたいんだけど、PRとして働き出して何年ぐらいになるの?

Alisa もうすぐ10年になるかな。実は、私は昔弁護士だったの。弁護士とファイナンシャルの資格を持ってる。

Kana ええっ??

Alisa うちは両親が厳しくて、真面目に勉強して良い大学に入って、確実にキャリアを積んでいって欲しいっていう絵に書いたような厳格な家庭だったの。母親の希望で弁護士の仕事に就いたんだけど、正直とてもつまらなかったのよね。

Kana (笑)。今と分野が違い過ぎて驚きしかないんだけど、そこからPRになった経緯は?

Alisa ライター兼フォトグラファーとして、スニーカー専門のオンラインマガジンを運営していたことがあったんだけど、その関連でアディダスのイベントに行った時に一流のPRエージェンシーを知ったの。そこで働きたいって決心して、雇われたのがPRとして働くようになった最初ね。そのPRエージェンシーはクライアントがアディダスはもちろん、インターナショナルなスポーツメーカーやとにかく大手企業ばかりだった。その後に、大手IT企業にも勤めたけど、結局そこでも資料作成とかオフィスワークがメインだったから、お金は良いけど楽しいと思えなくて……もうバケーションで旅行に行くために働いていたようなものだったわ(笑)。アメリカに2ヶ月間ぐらい旅行してた時に、もうオフィスワークはやりたくない! って思い立って、2015年に辞めたの。
 
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Kana 弁護士に、ライター、フォトグラファー、ITってすごいマルチ!(笑)クラブ関係のPRが最初だと思ってたからそんな経緯があるのはまたしもて驚きだわ。

Alisa オフィスワークを辞めてから、もっとクリエイティブなことがやりたいと思って、エレクトロニックミュージックの世界に入ったけど、最初はPRではなかったわ。ただ、いろんな関係者と知り合っていく中で、エレクトロニックミュージックの世界が自分の居場所だと感じるようになっていたの。でも、ベルリンへ行った時に、Berghainとかは知ってたけど、自分はまだよくクラブやDJのことを分かってないってことに気付いて、もっと深く知りたいって思って、キエフに戻ってからアーティストやミュージシャン、彼らの経歴を真剣に学び出した。もし、たとえCloserのバーで皿洗いの仕事をしないといけなくなっても私はエレクトロニックミュージックの世界でやっていくって決意していたわ。

Kana もともと、エレクトロニックミュージックやクラブカルチャーにものすごく精通しているんだと思ってた。でも努力と覚悟の甲斐あって、そこから一気にPRに抜擢されたわけでしょ? すごいことよね!

Alisa 一週間のうちにCloserのディレクターから、<Strichka Festival>のPRを手伝ってくれないか?って話をもらって、そこからわずか数ヶ月でチームの一員に抜擢されたの。

Strichka Festival 2017

Kana 素晴らしい!!(拍手) ベルリンでの気付きがAlisaの運命を変えたのね。
今や世界のトップクラブに名を連ねている”Closer”について詳しく教えて欲しいんだけど、PRという立場からはどう思ってる?

Alisa Closerは2013年にオープンして、私がPRになってからは4年になるけど、今もまだまだ成長しているし、どんどんおもしろくなっていると思う。Closerに限らずキエフのアンダーグラウンドシーン全体がそうだと思う。キエフは戦争の後にいろいろ変わって、裕福なビジネスマンたちがクラブやバー、レストランを次々オープンさせていって、バブルみたいになったの。Closerも最初の頃はツーリストがすごく多くて、撮影禁止って言ってもみんなトイレとかで撮影してSNSに投稿したがるのよね。ツーリストがそういうマナーを知らないのは仕方ないけれど、私はインスタにもストーリーにも絶対投稿しない。だって、パーティーってそういうことを楽しむためのものではないと思うから。

Kana 全く同意だわ。私も本気で踊りたい時はiPhoneをクロークに預けるぐらいだし、ベルリンではそれが普通だから”写真を撮ろう”という考えがそもそもないかも。DJの友人が撮って欲しいって時は別だけど。

Alisa ベルリンのクラブはそういったマナーがすでに根付いているけれど、キエフは当時まだそうではなくて。あるジャーナリストから取材を受けた時に、「フェスの成功の秘訣は違法な物のおかげだからでしょ?」とか言われたこともあった。それなのに、今となっては「招待して欲しい」って手のひらを返したように言ってくるし(笑)。本来、クラブカルチャーってアンダーグラウンドであるべきで、ミーハーであるべきじゃないと思うのよね。

Kana 人は噂好きよね。どんなことに対しても。特に、クラブなんて目新しくて注目度が上がれば上がるほど色眼鏡で見てくる人が出てくるだろうし。それにしてもそのジャーナリストはひどいね。そんなリスペクトのない取材は絶対にしないわ!(笑)

Alisa そういった混沌とした中で、3年前に実際にCloserに警察が入ってクローズを迫られたことがあったの。でも、私たちは裁判で勝ったからそのまま営業を続けることが出来た。

Kana うん、知ってる。記事で読んだ。

世界の片隅で活躍する女性クリエイターたち【ウクライナ・キエフ/PR編】 music190730_kanamiyazawa_8307

Alisa そこから私たちはCloserのことを「クラブ」って言わなくなったの。「アートセンター」って言ってるの。なぜならフェスやパーティーだけでなく、ワークショプやショールーム、レコードストアもやっているし、レストランもスタートしたわ。私たちスタッフは全員すごく高いポテンシャルと誇りを持って仕事をしているの。だから、ノンストップで成長していくし、同時にクオリティーも保ちたいと思ってる。ドアポリシーもオープン当初から存在してるしね。

Kana CloserのドアポリシーはBerghainみたいに厳しいの?

Alisa そうね。かなり厳しいから、どうやったら入れるの? ってよく聞かれる。私たちはCloserに来るお客さんのことを「Closerオーディエンス」って呼んでるんだけど、心底音楽が好きで、フリーマインドで、オープンマインドで、スタイリッシュな人たちに来て欲しいと思ってる。

Kana ドアポリシーに関してはベルリンでも賛否両論の意見があるけれど、私はある程度は必要なことだと思ってる。Berghainに関して言えば、「全身黒のファッションじゃないとダメ」ってことだけにフォーカスされてるけど、実際はそういうことではないと思う。テクノ=黒ってイメージは確かにあるから全身黒だったら入りやすいのは確かだろうけど、私はほとんどpanorama barにしかいないし、ジーンズや赤いワンピースで行くことだってある。心底、音楽が好きで、アーティストを知っていて、踊るのが好きで、ジェンダーレスに寛容ってとこを見られてると思う。音楽のセンスも良くて、ダンスのセンスも良い人は、大抵ファッションセンスも良いしね。ベルリンに話になっちゃったけど、2年前に行かせてもらった<BRAVE! Factory>の客層からはまさにそれを感じたわ。
  

BRAVE! Factory 2017 現地レポート

Alisa Kanaが来てくれた年から更にグレードアップしたのよ、<BRAVE! Factory>も。RAやmixmag、GROOVE、Crackで紹介されたり、世界のフェスランキングに入ったことで注目度も上がったし、自分がPRとして関わっているフェスが成長して、ワールドワイドな媒体に注目されるのはすごく嬉しいことよね。

Kana 会場の広さと贅沢な使い方にびっくりしたし、本当にクオリティーが高いと思った。また行きたいなー。キエフの街自体すごく居心地が良かった。美しい風景と人も優しいし。クラブカルチャーの変化も見てみたい。
そういえば、新たにPRエージェンシーを始めたって聞いたけど、エレクトロニックミュージック専門ってこと?

Alisa そう。名前は〈STRELA〉って言うんだけど、ウクライナの全アンダーグラウンドシーン全てにおけるPRエージェンシーとして立ち上げたの。ブッキングエージェンシーでもあるわ。CloserのレジデントDJやCriminal PracticePahatamといったローカルのアーティストたちは本当にクールで実力もある。だから、ベルリンはもちろんだけど、アメリカとかもっと世界で活躍して欲しいと思ってる。だから、メディアへの露出方法やブッキングに至るまでフォロー出来ることをやってるわ。私は10年先を見てこの仕事をしてるのね。だから、今はウクライナのアーティストだけだけど、世界中のアーティストのPRエージェントが出来たらいいなと思ってるの。さっきも話したけれど、私はお金のために働いているわけじゃなくて、笑顔になるためこの仕事をやってる。エレクトロニックミュージックのPRは私にとって生き甲斐なのよね。

世界の片隅で活躍する女性クリエイターたち【ウクライナ・キエフ/PR編】 music190730_kanamiyazawa_8434

Kana チャットした時に伝えたけど、私もPRに本格的に戻ったばかりだからAlisaの活動にはいつも注目しているし、本当に尊敬しているわ。
10年先を見てるって言ってたけど、具体的にはどんな計画や夢があるの?

Alisa 今よりもっと大きなことがやりたいって考えてる。例えば、ビッグブランドとのコラボとかやりたいと思ってる。キエフではすでに<アートウィーク>がそうなんだけど、やっぱり政府からの協力を得れたら出来ることの規模や認知度が違うのよね。エレクトロニックミュージックはもっと文化として認められるべきだと思ってるし、もう少しでそうなると思って今すごく努力してるの。

Kana 政府から認められるって本当に重要だってドイツにいて分かった。日本は皆無だもの……他には?何か夢とかある?

Alisa 夢ね……もっと世界を旅したいし、自分が大好きなことを続けながら、この分野で真剣に知識を学びたい人たちに教えて、一緒にエレクトロニックミュージックシーンのクオリティーを高めていきたいと思ってる。休憩やリセットも必要だからそうゆう時には旅に出て、これまで以上に世界中の多くの人と知り合えることを望んでいるわ。PRエージェンシーも立ち上げたし、息子がいるから子育てもしてるし、Closerのプロジェクトにも引き続き関わっていくし、それと並行して、PRが必要なクラブオーナーやオーガナイザーやアーティストに向けて伝授していきたい。自由な時間なんてないわね! だから、これは夢なの(笑)。でも、これらの全てをやることによって私が自由時間を得れるようになる方法だと思ってるわ!

Kana ステキ!! 夢がある仕事って良いよね。私もやりたい事だらけだけど、保守的に考えてしまうこともあるから、Alisaを見習ってもっとガンガンいくわ。今日は本当にありがとう!!

今後も世界に散らばる美女クリエイターにスポットを当てて、インタビューを行っていきます。次回もお楽しみに!!

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Text by 宮沢 香奈

Photo by Saki Hinatsu
Special thanks to : Ari Matsuoka, Holzmarkt25

EVENT INFORMATION

Brave! Factory Festival 2019

2019.08.25(土),26日(日)
キエフ、ウクライナ

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