アブストラクトなアートに取り憑かれるように惹かれていったのは、クラブカルチャーに注ぎ込んできた半生をコロナウイルスによって失ってしまうかもしれないという危機感を消し去りたかったからだと思っていた。エンターテイメントが圧倒的に不足している今、刺激を与えてくれる唯一のメソッドはアートに触れることだと思っていたのかもしれない。

そんな時に友人のアーティストを通じて知ったのが“Monopol”だった。ベルリンの北に位置するReinickendorfにある広大な蒸留所の跡地すべてがアートカルチャーで完結している夢のような場所。8年前、初めてベルリンの地に降り立った時と同じ衝撃が走った。そんな“Monopol”に唯一の日本人アーティストとしてスタジオを構える画家の本間亮次をアテンド役に迎え、貴重な現場レポートをお届けする。

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ベルリンのユートピアにして秘密基地。
本当は隠しておきたいアートカルチャーの宝庫がここに集結する。

多数のアーティストが敷地内にそれぞれのスタジオを持ち、イベントスペースを共有している“Monopol”は、”ニュー・スクワット”とも呼ばれる知る人ぞ知る話題のスポット。ベルリンを拠点に世界的な活動を行っている彼らはアート・コレクティブではなく、あくまでもソロ活動。レジデントになりたいと願うアーティストが後を絶たないベルリンのユートピア的存在だ。

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ベルリンではよく見かける古びた赤レンガの建物を目指してエントランスから中へと入る。大盛況に終わった『Berlin Art Week』の名残を感じさせるフェス会場のような巨大テントとオープンエリアのバー、デコレーションの一部が見えてくる。自作のタイニーハウスの中で娘と遊んでいるホセ・アランコンとあいさつを交わし、私たち取材クルーの長い1日が始まった。

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ホセは“Monopol”全体の管理を担っている言わば”主”であり、自身の工房も敷地内に構えている。彼は”何でも自分で作ってしまう”木工アーティストとして活動しているだけでなく、チリ拠点のDIYパーティークルー”Festival Nomade”の創設者というマルチな顔を持つ。チリの秘境マンケマプでのフェスや、抽選でしかチケットが購入出来ないベルリンの伝説的野外フェス”Fusion Festival”のステージも手掛けている。

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ホセの工房がある建物の二階にスタジオを構えるのが、ウクライナ人の壁画アーティストのIsakovだ。塔や歴史的建築をモチーフとした繊細な直線パターンのグラフィックとカラフルなカラーを特徴とする彼の作品。どこかで見たことがあると思っていたら、何度も足を運んでいる”Holzmarkt”の外壁だった。ドイツ国内の都市やオランダ、メキシコ、カルフォルニアをはじめ、彼の壁画は世界の至るところに広がっている。そんな気鋭のアーティストながら、蒸留所の従業員が使っていたであろうシャワー室とトイレをスタジオに改装する工事の真っ最中で、ノイズ音といろんなものが散乱する中から埃を被ったビールを飲むか?と差し出してきた。

「緩くて、温かくて、マイペース」
“Monopol”のアーティストをまとめて表現するとしたらこの言葉がピッタリだろう。才能にも仕事にも恵まれながら、一切の自慢も偉ぶった態度もない。どこに行ってもハッピーオーラが溢れ出ているここは、訪れた人たちさえも幸せな気分になれる本当の意味での”ユートピア”なのだと思う。

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”秘密基地”の続きに話を戻そう。剥き出しのコンクリートが退廃的で何とも言えない空気感を放つ建物は、丸ごとインスタレーション会場として使用している。現在は、アートウィーク中に行われたインスタレーション時の作品が展示されたままになっているが、最近ではロックダウン中に立ち上がったクラブカルチャーを守るためのライブストリーミングサイト”United We Stream”主催によるバーチャルフェスティバルの会場として使用され、Christian Löffler、Evan Baggs、Laurel Haloといったトップアーティストたちがプレイしている。ライトアップされた会場は、まるで古代遺跡のような風情を醸し出し、スケールの贅沢さに圧倒される。

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更に敷地内の奥に進むと、ビビッドや原色カラーのサイケデリックな倉庫に目を奪われる。ここは、ニットアートとパフォーマーのコレクティブ”Marana”がパフォーマンスや作品製作を行っているスペースで、古い線路が敷かれた駅倉庫の跡地。彼らは時にニットのコスチュームに身を包み、デモに参加したり、ストリートでゲリラパフォーマンスを行っている。単なる派手なだけのサイケデリックではなく、高度な毛糸編みの技術によって作られたニットアートは配色と模様のバランスが絶妙で、民族的文化も感じさせる完成度の高い空間だった。次は是非とも彼らのパフォーマンスを生で観てみたい。

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他にも、独創性に満ちた芸術的なデザインの骨董やランプが美しいガラス工芸の工房”Berlin Glas e.V.”や、繊細な水彩画とカラフルなペーパーによるコラージュアーティストSofia Nordmannのスタジオなどがある。

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敷地内の至るところにある展示スペースは、ビルの老朽化と退廃感が共鳴し合い、アブストラクトなアートにはピッタリ過ぎる贅沢な空間が広がっている。

都市開発、家賃の高騰、そして、現在はコロナウイルスによって多くのアーティストがこの街を離れている。10年前のベルリンであればスクワットは珍しい存在ではなく、屈強なDIY精神を持つアウトローだらけだった。しかし、ベルリンにおける”お金を稼がなくても生きていける時代”はとっくに終焉を迎え、現在は、外の世界の方から発見されて近付いてくるような独創的な魅力と才能に溢れるアーティストがこの街のアートシーンを牽引していると感じる。誰の真似でもないオリジナルを極めていかないと生き残っていけない世界でもあると思うからだ。

コロナウイルスの出現によってこれまで見てきた世界はガラリと変わってしまった。私自身、3.11の時と同じように絶望感に支配されて身動きが取れなくなっていた時期もあった。そんな時に直感で感じたのがベルリンのアートカルチャーのおもしろさであり、“Monopol”だったのだ。やはり、この街はおもしろい。まだまだ、全然おもしろい。

次回は、冒頭でも述べた通り、”Monopol”にスタジオを構え、ベルリンを拠点に活動している日本人画家・本間亮次にスポットを当て、ベルリンでの活動やアートカルチャーについて語ってもらう貴重なインタビューをお届けします。お楽しみに!!

Text:Kana Miyazawa
Photo:Hinata Ishizawa