ロックの中心へ向かう“BORIS”(大文字)と、ロックの外側に向かう“boris”(小文字)のふたつの表記を使い分け、様々な音像の探求を試みているボリス。近年はその両方を自在に行き来する“Boris”としての活動を行っていたが、2013年に入り小文字”boris”名義として7年振りとなる3連続リリースをした。
3月6日に第1弾としてリリースされた『präparat』は、レコードリリースのみとなる、ブラン・ニュー・アルバム。サポート・ギタリストの栗原ミチオ、『New Album』のサウンド・プロデュースを手掛けた成田忍、フランスの舞台美術家ジゼル・ヴィエンヌがコラボレイターとして参加しているように、バンドの新たな広がりを”boris”作品にも落とし込んだ更なる進化を聴くことが出来る1枚。
3月20日には第2弾として、これまで海外レーベルからアナログ限定盤の3部作シリーズでリリースされたものにリマスターを施し、新録フル・アルバムの『extra』を追加したCD4枚組のアップデート盤『目をそらした瞬間 -the things which solomon over looked- chronicle』をリリース。『extra』でもゲスト・プレイヤーとして森川誠一郎(Vo: 血と雫、Z.O.A)等が参加しているように、ボリスが深く関わってきた、国内のオルタナティブなアンダーグラウンド・ミュージックを色濃く表現した内容となっている。
そして、4月10日リリースの第3弾『vein』は以前海外レーベルから盤自体にシルクスクリーン印刷を施した特殊仕様のアナログ限定盤でリリースされ、当時一切のオフィシャル・アナウンスが無かったものの、実は同一アートワークで収録曲が全く異なる2種類の音源が存在したという曰く付きの作品を基盤にしながら、新たな録音と編集を施したと思しき(?)CD2枚組ヴァージョン。CDでもアナログ盤の特殊仕様を踏襲しつつ装いを新たにしている。
今回、バンドの中核Atsuo(Drums/Vocal)へのインタビュアーとして、”boris”の2005年リリース『mabuta no ura』、9dwとのスプリット『Golden Dance Classics』、『Heavy Rocks』へのゲスト参加とボリスに縁がある、レーベル”Catune”主催で9dwの齋藤健介が話を伺った。
Interview:Atsuo(boris)
――ずっと聞きたかったのですが、小文字表記のborisを意識したきっかけになった、2000年リリース作『flood』を作った経緯を教えてください。小文字borisを探るには先ずそこが重要かなと。
明らかに表記を分けたのは『flood』からだった。バンドが始まって作品を何枚か出して、ヘヴィーなスタイルにのめり込むようになっていって……。突き詰めていったら、逆にどんどん広がっていく部分もあったんだよね。ヘヴィーな方向性の中でもアッパーな感じと『flood』みたいなダウナーな感じというか。次にリリースした『Heavy Rocks』の中に“Soft Edge”という割とインプロで泣きのリードみたいな短めの曲が入っていて……。そういう自分達の中ではヘヴィーという括りで収まっていても、傍から聴いたら別のジャンルに聴こえちゃうような曲が出てきた時期だった。当時AC/DCとかを聴いてても「うわ、凄いハマりもんだな」って思ってたし。
――バンドの方向性に広がりが出てきた時期なんですね。『flood』はずっと評価されていますよね。
本人たちはね、当時のやつを聴くとすごく拙い感じがするから、録り直してリリースし直したいくらいなんですけどね(笑)。まぁ一回形にしたものだからね……。当時は、ロックと現代音楽を同時に聴けるようなタイミングが自分たちに訪れていた感じがあった。へヴィーって言葉を軸に両極のジャンルが繋がっていったね。チューニングを下げていったらドローン(持続音)の良さが分かったり、重いけど心地よさが含まれる音になって、そういうアンビエントな方向性も内包する音質が生まれていったんだよね。機材とか、その時出ていた音が色々と気付かせてくれたことはあったと思う。
――確か、パワーアンビエントっていう呼び方が出てきたのもその頃でしたよね?
みんなが言い始めた時期なんじゃないかな。当時、そういうジャンルのバイブルとなった、アースの2nd(『Earth 2』)を評価していたのは、俺、サン O)))のスティーヴン、アイシスのアーロンもだけど、そういう好きもののネットワークがあったの。その中からパワーアンビエントっていう言葉が生まれてきた気がする。現場のミュージシャンたち、アンダーグラウンドの雰囲気がジワジワ外側を侵食していった時期だったと思う。
――当時『flood』をライヴで再現することは考えていなかったのですか?
そうだね。レコーディングでしか出来ない事もやったし、実際ライヴでもパート3以降を短めでやっていたね。
――はい。当時からセルフレコーディングでしたっけ?
うん。『flood』は全編ではないですけど部分的に。まだプロツールズとかは使ってなかったけど、パート1とかは自分で録ったやつかな。バンドってリハーサルを録音したりするでしょ?リハスタにあるカセットデッキで録って、家でチェックする。その延長でセルフレコーディングが始まってる。昔からMTRとかDATのデッキとかを駆使して、デモテープとか録音してたね。DATとDATでピンポン録音とかをやったりね。
――やりますね、それの繰り返し。で、今回の3連作の第一弾『präparat』ですけど、5曲目”method of error”と6曲目”bataile sucre”に、初期Borisのライヴ・セッションのようなものを感じました。ちょっと懐かしいというか、一回りしたような印象で。
いつもね、結構石橋を叩いて渡らないタイプというか。思いっ切りガーンと石を投げて、あそこに地面がある!みたいな感じでバーンって行っちゃうんですよ。それで周りからはアルバムごとにいろんなジャンルやってる、みたいに言われる。でも実はもとの地面と次の着地点の間も続いてる。後でその道を見える、聴こえるようにしたりする作業、リリースというか……今回はね。シングルとかスプリットのリリースとかもそういう意味合いがあったりする。新しいアルバムをリリースする時に、思いっ切り遠くに投げた石をそのまま見せた方が聴く方も楽しいかな?って……。そういうことをいつもやっちゃう。それだけだと説明不足、無責任な感じもあるので、道のりとか過程とかも後で見せたりしますね。例えば、6曲目は2011年にリリースした『Heavy Rocks』の”Riot Sugar”って曲の兄弟みたいなもの。その時のセッションで何テイクかあるうちの別のテイクなんですよ。
――そうなんですね。これらの曲は繋がっている感じがするのですが、5曲目がレコードのA面の最後なので、1回リセットされますよね。
そうですね。実はここアナログ盤の鬼門。A面の最後とB面の頭だから高域成分の切れ方が全然違ってカッティングの時、最後までめちゃめちゃ悩んだ……。カッティングも一度やり直したし。
――確かにレコードは内周に向かうほど高域が落ちますね。性能なんですよね。6曲目にフランスの舞台美術家ジゼル・ヴィエンヌさんが、コラボレイターとして参加していますが、彼女とはどういった経緯で出会ったのですか?
サン O)))のスティーヴンが、KTLって別のユニットをやっていて……舞台の音楽、音響として機能するような。それでジゼルの舞台の音楽を担当していたんだよね、それで彼女とは何度も会っていて……。昔から映像とか写真集とかはもらったりしていたんだけど、実際彼女の演劇を見て凄く面白かった。ずっと笑いを堪えるのに必死だった。超まじめに悪い冗談をずっと言ってるみたいな演劇なの。すごくシンパシーを感じて。それで、一緒にやれたら良いなって思っていて。
――コラボレーションにあたって何かお願いしたいイメージはありました?
彼女は普段から舌足らずな喋り方が凄くかわいくて、とにかくセクシーに録ってくれと。
――あぁ、それは凄くハマってました。女性ボーカルといえばWataさんですけど、他の方の起用というのは、いい意味で意外性がありました。
5曲目の“method of error”はインプロの生感をそのままにして、それと対比でジゼルに参加してもらった6曲目の”bataile sucre”はポスト・プロダクションを盛り盛りにすることで、差が生まれていった感じですね。
――なるほど。サウンド・プロダクションには録音や編集などの工程がありますが、特に編集の部分にAtsuoさんのユーモアを感じるのですが、ご自身としてはそういったアイデアはどの辺りから来ていると思いますか? 例えば6,7,8曲目の唐突に音を切ってしまう感じとか。感覚的な部分ではあると思うのですが。
色々な国に行きたいんですよ。現実の国だけじゃなくて、ケンちゃん(齋藤健介)の頭の中だけの国とか、どこにでも行きたくて……。見えないけど、国って色々あるじゃん? 色んな国に行くことによって分かることがやっぱりあって……。今回はLPだったんで、尺も限られてるし、その中で沢山の旅が聴けた方が面白いと思った。色々な国の日常をピックアップしていくことで面白い見え方になる場合もある。国に出たり入ったりという感覚ですかね。一曲の中でもそういう感覚で作っていることは多いかも。
――たくさんの音源を聴かせてもらっていますが、ここ数年のリリースにそういう印象があって。
DJとかリミックスという感覚とはちょっと違うと思うんですよ。どうしても作る時って、映像の編集みたいになっちゃって。小さい頃から絵を描くのが好きだったし……音も描き込んでいく感じというか……。それから映像を作るようになったりして、映像をエディットしていく感じとか、多分そっちの感覚で音を作っているんじゃないかな。音楽を編集しているというよりは映像、音から見えてくる映像を一つのドキュメンタリー作品として作り込んでいく感じかな。