——そして今回、なんとChip Tanaka名義の初となるフルアルバム『Django』が完成しました。まず、このタイミングでアルバムを作ろうと思ったのはなぜだったのですか?

それはシンプルな話で、ここで一度まとめておかないと、次が出てこないと思ったんです。つまり、何か「節」がほしかったということですね、自分に中に。それで、世の中の人が聴いてくれるかどうかは分からないけれど、一度世に問うという意味も含めて「アルバムを作ってみよう」と思いました。一度集中してまとめることで、同時にそこには入りきらないアイディアも生まれてきますよね。そんな風に、アルバムを作ることで、また次に向かう場所が見えてくるんじゃないかと。

——アルバムをまとめていく際、何か方向性やテーマのようなものはありましたか?

なるべく家で聴けるようにする、ということじゃないですかね。だから今回のアルバムには静かな曲も入っています。他にはChip Tanakaというチップチューンに関係する名義だからこそ、ファミコン、ゲームボーイの音をサンプリングし、矩形波にこだわりました。エフェクトで音色を変えているからわかりにくいかもだけど、ほとんどの曲に、ゲーム音源を使用しています。今回は、最初にアルバムとしての全体像があったわけではなくて、「この曲が出来た」「次にこんな曲が出来た」と曲が増えていく中、できるだけ広い音世界に仕上がるように全体のバランスを考えながら作っていった感じです。

【インタビュー】『MOTHER』シリーズなど名作ゲーム音楽を手がけたレジェンド、Chip Tanaka名義初のフルアルバムの全貌! interview_ChipTanaka_1-700x700
『Django』

——その作業は、ゲームで作品全体を見ながら音をつけていく作業とも似ていそうですね。

ああ、でもね、ゲーム音楽は作品のストーリーありきですけど、今回のアルバムは向かう方向に決まりがなかったんですよ。「今日はカレーを食べたから、明日は蕎麦にしよう。で、次は天丼」とか、そういうイメージで。全体像は意識せずに、とにかく自由に音を広げて、後で出来上がった音楽聴いて直感で曲名を付けていった感じですね。

たとえば、“Rad Moose”は聴いてみて「ああ、ヘラジカっぽい大きな生き物が動いてる感じがするな」と思ったからつけたものだし、”Drifting“はリズムがよれて進んでいくところをドリフトにたとえたもので。そうやって曲を作っていく中で、リード曲の “Beaver”は、「1曲ぐらいは聴きやすいものを作ろう」と思って作っていきました。歌は歌えないので、サンプリングボイスでメロディを作り歌のような雰囲気を表現しています。

Chip Tanaka / Beaver from 1st al “Django” Nov.17th.2017

——また、1曲目の“Ringing Dub”と13曲目の“Obirigado Dub”には、田中さんが大きな影響を受けた「Dub」という言葉が使われていますが、これはどんな風に生まれたものですか?

純粋なダブにはなっていないと思いますけど、その2曲は自分のレゲエやダブに対するリスペクトを込めたものですね。それをエレクトロニック・ミュージックのリスナーにも理解してもらえるように、聴きやすくした感じです。

一方で4曲目の“EMGR”は、「エレクトリック・メリーゴーランド」の略。これはやりながら、「メリーゴーランドのようだな」と思ってつけた曲名で、自分的には一番ロックの要素が感じられる曲になっているかもしれないと勝手に思っています(笑)。

——他にも、5曲目の“Pulse Ride”では序盤にフューチャーベースやジャージークラブ的な要素を感じるなど、チップチューンを基調にしつつも本当に多彩な音楽要素を感じます。

ああ、その部分は確かにそうかもしれないですね。フューチャーベースはサンプルパックのようなものも含めて沢山聴いています。ひとつ言えるのは、長いこと生きてきて、その中で色んなジャンルが流行るのをみていく中で、自分は「何かひとつのジャンルに過剰適応しなかった」ことがよかったんだな、ということで。常にどのジャンルとも距離を置いてきたことで、この年でもまだ楽しんで音楽を作ることができている気がするんです。

たとえば僕がある段階で、「レゲエの人」「ハードロックの人」と認識されていたら、別の音楽性に進むことは大変だったかもしれないし。そもそもゲーム音楽もアニメの音楽もどこか自分の存在を消さなければならない部分があったり、求められるジャンルは多義わたることが多かったりという中で、自然とそういう音楽的性格を身につけたかもですね。

——そうした作品に『Django』というタイトルをつけたのはなぜだったのですか?

これは、僕が好きなイギリスのバンド、ジャンゴ・ジャンゴから取ったものです。このバンドはエディンバラ出身ですよね。僕は一時期イギリスの音楽がすごく好きで、グラスゴーやエディンバラまで行ったことがあるんですけど、エディンバラってすごく田舎で言葉もめちゃくちゃ訛っているんです。

ジャンゴ・ジャンゴの音楽は、そんな街で生まれたものなのに、色々な要素を取り入れていて、なおかつ飄々としているところがすごく好きで。しかも、『Django』という単語には、ジプシー(ヨーロッパの移動型民族)の言葉で「目覚める」という意味もあるようなんですよ。そういうところも含めて、タイトルにすると面白いなと思いました。

——なるほど。あるひとつの音楽ジャンルに過剰適応してこなかった、田中さんのこれまでの活動にも通じる名前になっているということですか。

そうなのかもしれませんね。自分の音楽遍歴を考えたときに、どうしてもイギリスやアメリカの音楽の影響は強いわけですが、かたや自分は、そう言う先進国とは呼ばれてはない国の音楽……レゲエやダブ、ラテン音楽も、アフリカの音楽なども、ずっと好きで聴いていて。たとえば、“Beaver”には、そういう人たちに向けたいという気持ちが込められています。調べてみると、ビーバーは北半球にしか生息していないそうなんですよ。だから、MVではそのビーバーが南半球を旅するという映像をJUN OSONさんにお願いしました。

——かつては認められていなかった音楽が広がっていく様子が表現されている、と。

そうじゃなく単純に、ただただ「そういう人たちに受け入れられる音楽を作りたい」という想いですかね。これは昔からずーっと頭のどこかにずっとあるんですよ。その気持ちは、これからも持ち続けると思います。

Django Django – Default (Official Video)

——僕は『Django』というタイトルを初めて聞いたときに、ジャンゴ・ラインハルトのようなヒーローを想像したんですよ。田中さんがゲームの世界でやられてきたことは、僕らのようにゲームを幼少期から楽しんできた世代にとって、まさにヒーローと言えるものなので。

そういう意味もあるということは、一応調べはしました。でも、それは本当にありがたい偶然のようなもので、結局は「出会い」なんだと思います。新しい出会いを大切にして、純粋に自分が楽しいと思えることに向かっていった結果、気が付けばそんな風に言ってくれる人が出てきてくれた。それはやっぱり、自分が純粋に楽しいと思えるものに向き合ってきた結果でしかないんですよ。

これはあまり見せられないんですけど……実は、僕は生まれた時から気になったものを全部書いてまとめているんですよ(と言いながら、自身の興味の変遷をまとめた年表を見せてくれる)。

たとえば新しい興味が湧いたときに「何で今こういうものに自分は興味を持つんだろう?」と思ってこのリストを見返してみると、過去にザ・ルーツやディアンジェロの『Voodoo』の名前があって、「ああ、これか」と気づいたり、90年代は渋谷系もトライブ・コールド・クエストも聴いていたなぁと思い出したり。そういう無意識の中での歴史の繋がりに気づくことがあるんです。

あと、こういうものをたまに見返すと、「人はずっと元気ではいられない」こともわかる(笑)。沈むときもあるし、上がるときもある。人それぞれにそのサイクルがあるんですよね。『ポケモン』も含めて、自分の場合はそれが5~6年おきにやってきていて、それで実は今回、「2016~17年ぐらいに何かあるのでは?あるならそこだ!」と思ったことが、今回のアルバムに繋がった部分もあると思いますね。

——そういう意味でも「節目を作りたい」ということだったのですね。Chip Tanakaという名義やチップチューンは今、田中さんにとってどんな存在になっていますか?

自分は現在、頻度にクラブに行くわけじゃないですけど、でもこの名義を始めてから色んなクラブでライブをしていく中で、そういう場所から影響されて出来た音楽が、この名義の音を生んできたんだと思います。それに、こういう活動をずっと続けていく中で、自分の他の仕事にも還元される部分も感じましたね。

たとえば、『ポケットモンスター』でつるの剛士さんが歌った“ポケモン言えるかな? BW”やももいろクローバーZが歌ってくれた“みてみて☆こっちっち”には、Chip Tanakaでの活動からの影響が確実にある。そういう意味でも、僕にとっては色々な実験ができる場所だったのかもしれませんね。

——そうして活動を続けてきたことで、最近ではTORIENAさんのようなチップチューン・アーティストがメジャー・デビューをするような状況も生まれています。考えてみると、これはすごいことですよね。そして田中さんは、そうした世代の人たちとも共演しています。

TORIENAちゃんとはイベントでよく一緒に出演したりもしましたし、最近だとTREKKIE TRAXの存在をネットで見つけて、「イベントに出てくれない?」と声をかけてみたりもしましたね。Licaxxxさんと一緒のイベントに出たときも、年齢を聞いて「まだそんなに若いの!?」と驚いたりして。でもそれは結局、「損得勘定だけでは動かない」ということなんですよ。もっと純粋に、自分が楽しいと思えることを真摯にやっていくということで。そこにどんな意味があったのかは、後になって気づくことになるという感じでいいと思うんです。

——なるほど。そもそも田中さんがまだ大きな会社ではなかった任天堂に入ったことにも、もしかしたらそういう部分があったのかもしれませんね。

いや、それはないかなぁ(笑)。

——ないですか(笑)。

任天堂に入社するときは、入社日の前日まで当時やっていたバンドのメンバーとスキー・ツアーに行っていて、信州にいたんです。そうしたらロッジに母親から電話がかかってきて「働いてくれないと死ぬ」と言われて「それは困る」と髪を切って会社に入ったような感じの若者だったので。ほんと、当時の僕はアホでええ加減だったですよ(笑)。

でもそう考えると、あのとき任天堂に入って、今も音楽を仕事にしているというのは、当時の自分には想像できないことだったかもしれません。僕は小さい頃、家でレコード・プレイヤーで遊ぶのが好きで、当時から友達を呼んで家でレコードを一緒に聴いたり、「レコードを置かないでターンテーブルのマットを外して針を落とすと鈴の音がするよ!」なんて、友達に聴かせたりしていました。そう言うノリは今も変わらない気がします(笑)。

小学校の頃にはバンドをやりたいと思うようになって、その後バンドをはじめて、任天堂に入ったことでゲーム音楽にも携わるようになって、その後アニメのポケモンの音楽に関わって。今回のアルバムは、そうしてはじまった自分のキャリアの第1期から第3期を経て、新たな第4期へ。そんな節目のきっかけになるような、そんなアルバムになってほしい、と思っています。

11/15/2017 Chip Tanaka 1st full album「Django」release!

Chip Tanaka 1st album Django digest mix

LIVE SCHEDULE

DIGGIN’ IN THE CARTS

2017.11.17日(金)
OPEN 19:00/START 19:30
LIQUIDROOM
ADV ¥3,500/DOOR ¥4,500
詳細はこちら

EBISU MMA

2017.11.23(木・祝)
OPEN 14:00
恵比寿 BATICA
DOOR ¥2,000(※2ドリンク代金別)
詳細はこちら

RELEASE INFORMATION

Django

【インタビュー】『MOTHER』シリーズなど名作ゲーム音楽を手がけたレジェンド、Chip Tanaka名義初のフルアルバムの全貌! interview_ChipTanaka_1-700x700
2017.11.15(水)
Chip Tanaka
SHVC-001
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¥2500(+tax)
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text & interview by 杉山仁