作品は、自然な出会いと会話からが生まれる

ポスト・クラシカルのパイオニア〈Erased Tapes〉創始者ロバート・ラスが語る、「静寂と平穏」の音世界 interview_erasedtapes_3-700x467
ウィングド・ビクトリー・フォー・ザ・サルン(A Winged Victory For The Sullen)は、ダスティン・オハロラン(Dustin O’Halloran)とアダム・ウィルツィー (Adam Wiltzie)による初プロジェクトです。2人ともヨーロッパを拠点に活動するアメリカ人作曲家/ピアニストで、出会いはイタリアで行われたスパークルホース(Sparklehours)のコンサートでした。その頃2人は離婚をしたばかりで、特にダスティンは、長く連れ添ったパートナーとの辛い別れの経験をしていたそうです。共通の問題を抱えていることを知った2人は意気投合し、一緒に音楽を作ることでその悲しみを乗り越えるという作業を始めたそうです。

私は、ダスティンからこのストーリーを聞いて大変驚きました。それぞれの音楽は知っていましたが、2人に繋がりがあることは知りませんでしたから。そして音楽で傷を癒す作業をしているというその話を聞き、ぜひ関わりたい! その音楽を作品にしたいと伝えました。数日後、雨音が響く真っ暗な部屋で私は、1人その作品を聴きました。ピアノとストリングスが鳴り響く美しい楽曲に身を沈めながら……彼らの乗り越えようとしている悲しみ……そして音楽で心の傷を癒す作業ができる素晴らしいパートナーを見つけることができた2人への喜びを感じながら作品を聞きつづけました。 ジャケットのデザインは、アダムの元パートナーの作品です。「水彩画」で「ヌード」が描かれているという説明を受け、私は不確かな気持ちにもなったのですが、「生まれ変わり」を連想させるメッセージを放つこの絵にしっくりきました。

A Winged Victory For The Sullen A Winged Victory For The Sullen

A Winged Victory For The Sullen – Atomos (2014)

Lubomyr Melnyk – Corollaries (2013)

ウクライナ人のピアニスト、ルボミール・メルニク(Lubomyr Melnyk)は、今年68歳世界最速ピアノ奏者です。フィリップ・グラスやスティーヴ・ライヒ同様に讃えられるべき音楽家ですが、2012年に『Corollaries』をリリースするまでは、あまり知られることのないアーティストでした。

私が彼の音楽と出会ったのもMyspaceがきっかけです。彼の音楽には癒しの効果があると感じMyspaceの連絡先に問い合わせてみたところ、それはルボミールのご近所さんが作ったアカウントで、既に彼はどこかへ引っ越していました。

数年後、ハウシュカが主催したコンサートにルボミールが出演することを知った私は、そのコンサートに出演することになっていたピーター・ブロデリックとニルス・フラームと3人で彼の演奏を聞く事を大変楽しみにしていました。しかし不運にも高熱に襲われた私は、コンサートに行くことが出来ず、ピーターとニルスに必ず本人から電話番号をもらうようお願いしました。するとピーターとニルスから連絡があり、なんと演奏を終えた彼らのもとに最前列で演奏を聴いてというルボミールが感動したと話をしに来たというのです。そこからアーティスト同士の関係がはじまり、ピーターのプロデュースの下、ルボミールはドイツでレコーディングを行い、アルバム『Corollaries』が完成しました。

ルボミールは35年以上毎日演奏を続けています。世界最速の演奏法で注目を浴びていますが、その高速といわれるスピードはどうでもいいことで、重要なのは、そのスピードで演奏するからこそ生まれる倍音です。彼は、その倍音で自身の音世界を描いています。正に見えない音から生まれる魔法がそこでクリエイトされているのです。ルボミールが長年演奏をつづけてきたように、私も音楽と共に生きていきたい。私は毎朝わくわくしながら目覚めます。音の魔法と共に新しい事に挑戦できる1日がまた始まるのだと!

A Winged Victory For The Sullen – A Winged Victory For The Sullen (2012)

妥協無し、同じことは繰り返さない

私はアートワークに起用するアーティストの選定やアートディレクションも担当しています。 そして同じ事を繰り返さないということをモットーに、関わっていただくアーティストには普段の作品スタイルではない、新しいチャレンジをしてもらうような要望をしています。

ダニエル・ブラントの最新作『Eternal Something』のアートワークを担当したイラン人グラフィックデザイナー、シャズ・マダニ(Shaz Madani)とのエピソードをシェアしたいと思います。

彼女とはあるトークイベントで知り合ったのですが、彼女は、数学的なデザインをすることを強調していました。そこで私は、その彼女の強調する領域外のオーダーをしてみたいと思いました。『Eternal Something』は、カリフォルニアのジョシュア・ツリー国立公園でレコーディングされたのですが、シャズにそのアートワークお願いの連絡をすると、偶然にも彼女は数日後にその国立公園に行く予定と知り驚きました。

音楽が生まれた場所でアートワークも制作できたら意味深い作品になると伝えたところ、彼女は公園にコンピューターは持っていかないというのです。それならば写真を撮って、その公園の風景をアートワークに取り込もうと提案しました。すると彼女は「私は写真家じゃないのよ」と照れながらも使い捨てカメラを手に入れ、素晴らしい写真を届けてくれました。彼女にとって初めてのチャレンジがアートワークになったことも、本作の魅力と深みの一部になっていると思います。

Daniel Brandt – Eternal Something (2017)

10周年を記念したコンピレーション『Erased Tapes Collection VIII』の選曲作業をしている真っ只中に、デヴィッド・オールレットとピーター・ブロドウィック(Allred & Broderick)から新作が届きました。その作品を聴いて私は、〈Erased Tapes〉は10周年という区切りを迎える今、「Back to the begging=初心に立ち戻らなければいけない」と感じ、コンピレーションの1曲目にオールレット&ブロドウィックの“They Way”を選びました。

そして、アカペラの歌からはじまるこの楽曲同様に、アルバムのアートワークも、まるで子供が描いたようなシンプルでピュアなものにしたいと思いました。この頃既にシャズ・マダニにアートワークのデザインをオファー済で、30以上のデザイン案があがっていたのですが、私は“They Way”を聴いたことで10周年のコンセプトが変わったことを説明し、新たなお願いをしました。「レーベルのロゴを筆で描いて欲しい。」私はまた彼女を驚かせてしまいました(笑)……当然これまでに手書きのデザインなどしたことのない彼女が、一番しっくりくると届けてくれたのは、彼女が一枚目に描いた私たちのレーベルロゴです。彼女にとっても、私たちにとっても申し分のない作品になりました。