2008年の『1』を皮切りに累計35万枚以上を売り上げ、今や生音を重視したジャジー・ヒップホップの代名詞となった人気コンピレーションアルバム『IN YA MELLOW TONE』シリーズ。その制作を担当するレーベル〈GOON TRAX〉が、今年で記念すべき10周年を迎えた。
10周年に際しては『IN YA MELLOW TONE』の全作品がデジタルリマスターで再発される他、10周年記念イベントやステフ・ポケッツの来日公演、そして彼女が落札者だけのためにオリジナル・ソングを作ってくれる権利など、様々な企画が用意されている。
そこで今回は、プロデューサーの寿福知之氏にインタビューを敢行! 日本でこのジャンルの裾野を広げ、ヒップホップの新たな楽しみ方を伝えた『IN YA MELLOW TONE』と、レーベルの10年について話を聞いた。
IN YA MELLOW TONE GOON TRAX 10th Anniversary BEST teaser
Interview:寿福知之
——〈GOON TRAX〉と『IN YA MELLOW TONE』はどんな風に始まったんですか?
〈GOON TRAX〉を始めた2006年はMyspaceが爆発的に普及しはじめて、海外でメジャーなヒップホップだけではなく、ローカルなアンダーグラウンド・ヒップホップが沢山出てきた時期。でも、海外で出たものをパッケージングしてそのまま出すのではなくて、日本に合った形で紹介したいという気持ちがありました。そもそも自分は、海外のもの=クールだとはあまり思っていないタイプなんですよ。実際海外の音楽でも、「この曲はいいけど、アルバムはよくない。」ということって沢山あるわけで。それでレーベルのカタログを9番まで出した時に、その9作が今後まったく日の目をみないのは可哀そうだと思ってキラー・チューンをピックアップしたのが『IN YA MELLOW TONE 1』でした。ただ曲を集めるだけではなくて、全体を聴いてちゃんと流れになるような流れを考えていましたね。でも最初は全然売れなくて(笑)。その後、最終的には1年を通して売れることになりました。
——レーベルの方向性として、ジャジー・ヒップホップや生音を使ったヒップホップを出していこうと思ったのはなぜだったんでしょう?
ジャズのサンプリングが使われたメロウなものにグッとこない日本人って居ないと思うんですよね。でも、海外のヒップホップの場合、そういうものが作品の中に1曲あるぐらいで、他はリリック重視の「俺は昔悪かった」とか「撃たれちゃってさ」というものが大半で。でもインターネットを駆使してディグしてるうちに、意外と自分の探している音をやってるアーティストを発見できて。そんなネットディグをしているうちにジャジーな作品がラインナップされていった感じです。当時ジャジー・ヒップホップは、日本の方が盛り上がっていたんですよ。悪い風に捉えるとビッグ・イン・ジャパンですけど、ネットが発達して世界中でいい音楽を掘れる環境にあるなら、俺はその音楽をいいと思う人が聴けばいいと思うんです。地域は関係ないというか。
——ああ、なるほど。また、『IN YA MELLOW TONE』は、都市の夜景を映したジャケットも特徴的ですね。どこかラウンジ・ミュージック的で、ヒップホップ・リスナー以外にも向けられているイメージがあります。
でも最初は、そう考えていたわけでもなかったんです。当時NujabesさんのアートワークをやっていたFJD(藤田二郎)さんのアートワークが流行っていましたけど、その路線で行くと一緒になると思って、「都会的な匂いがして、ジャズの雰囲気があるものって何だろう?」と考えた時に「夜景がいいかもしれない」と思ったのが最初でした。当時は『1』を出して「来年はもうやれなくなるかな」と思っていたぐらいで、何も考えてなかったんですよ(笑)。気づけば10年経っていた感じですね。
——とはいえ、「間口の広さ」のようなものは意識していたんじゃないですか?
それはかなり意識しました。初めて聴く人には聴きやすく、かつヒップホップの深さも感じられるようなものにしたいと考えていましたね。それに、最初はこっちがインターネットを使ってアーティストを見つけていたのが、向こうから売り込みがくるという逆転現象が起こっていったんです。日本人に合っているヒップホップをやっていたら、アジアの血が入っている人たちが寄ってくるようにもなって、その中でもコリアン・アメリカンのサム・オックたちとの繋がりは自然と出来ました。振り返ると本当に不思議で、宣伝らしい宣伝をやってきたわけではないのに、続けていくうちに広がっていったというか。日本のリスナーも、今では普段はヒップホップを聴いてないような人がほとんどかもしれないですね。
——寿福さん自身のヒップホップとの出会いはどんなものだったんですか?
高校の時に、放送部に音楽好きの連中と入って、レコードとミキサー買って、「今日はテクノ」「今日はヒップホップ」と昼間の時間にかけていて。でも、その時は<さんピンCAMP>世代の日本のHIP HOPをよく聴いていましたね。自分の場合、押しつけがましいリリックにはあまりグッと来ていなくて、それよりはトラックに耳が行っていたと思います。
——その感覚が『IN A MELLOW TONE』の音楽性に繋がっているのかもしれません。
ヒップホップを作るのって、グルーヴを出したりするのは難しいですけど、作業としては単純なんですよ。でも「音楽」なわけだから、真面目にやっているアーティストがバカにされるのは可哀そうじゃないですか。「だったら、あくまで音楽性の高いものをやりたい。」というのは、生楽器をふんだんに入れるようになった理由のひとつかもしれないですね。