思えば彼らは、これまでも常に時代を的確に反映させ、コンセプチュアルなテーマを据えて、大胆かつ果敢に進化・変貌を遂げてきた。管弦楽器を単なる壮大さの演出手段としてではなく、ダイナミックなロック・アンサンブルのピースとして組み込んだオーケストラル・ロックで、世界中に衝撃を与えた『フューネラル』でのデビュー。ブッシュ政権下のアメリカを背景に、音楽・言葉の両面で宗教的なモチーフを重用しつつ、飛躍的に表現のスケールを広げた『ネオン・バイブル』。バンドのフロントマン、ウィン・バトラーとウィル・バトラーの兄弟が幼少期を過ごしたテキサス郊外での暮らしをもとにして、アメリカのルーツ音楽を独自に解釈・進化させた『ザ・サバーブス』。
そして、それまでの彼らのイメージを形作っていたオーケストラ・サウンドやアメリカーナと距離を置き、ビートとグルーヴをメインにした驚きの変貌を遂げた二枚組の前作『リフレクター』。最新作は、ダンス・グルーヴに重点を置いている点、また単純な可否を超えたテクノロジーに対する姿勢において、音楽的には『リフレクター』と地続きの作品と言えるだろう。
Arcade Fire – We Exist
リチャードは、十数年にわたるバンドの音楽的変遷について、こんな風に振り返る。
「わりと短期間にビッグになっただけに、人々はかなり早い段階で、このバンドを扱いやすい形で消化して、すっかり把握したつもりになっていたと思うんだ。『彼らはこういうサウンド志向で、こういう主張をしていて、こういう美意識の持ち主で、こういうヴァイブだ』とね。そういう受け止められ方に、僕らはうまく対処できなくて……というか、かなり反発してしまったところがあるんじゃないかな。『ヴィンテージ好きで、古着のスーツを着ていて、ダークで憂鬱で、死にまつわるハッピーな曲を歌うバンド』と、決めつけられてしまったことに抵抗を覚えた。それゆえに挑発的な姿勢をとって、『っていうか、僕らはそうじゃないし、次は全然違う格好でダンス・ミュージックをやる!』という具合に、どんどん新しいことを試した。とにかく僕ら自身は、常に新鮮さを保ちたいし、先を読まれたくないし、同じことを繰り返したくないんだ。」
『ザ・サバーブス』以降、蜜月の関係にあるマーカス・ドラヴスに加えて、LCDサウンドシステムのジェームス・マーフィー(彼らも新作を9月にリリースする)をプロデュースに起用した『リフレクター』は、アーケイド・ファイアにとって初めて、北米の地からはるか彼方に旅立った一枚だった。ウィン・バトラーの妻でもあるメンバーの一人、レジーヌ・シャサーニュのルーツであるハイチの土着文化にインスピレーションを受け、ジャマイカ、ルイジアナ、ロンドンと世界各地でレコーディングを敢行。光り輝くミラーボールを思わせるエレクトロニック・ミュージックやディスコに、レゲエをはじめとするカリブ音楽の要素も混ぜ合わせた、人力のサイケデリック・ダンス・ミュージック。当時の無国籍かつ未来的なイメージは、<フジロック>で彼らのステージに立ち会った人やパフォーマンスを見たことのある人なら、強烈に記憶に残っているはずだ。
Arcade Fire – Reflektor
また、『リフレクター』と同時期の2013年、彼らは旧知の仲であるオーウェン・パレットと共に、スパイク・ジョーンズが監督した映画『her/世界でひとつの彼女』のサウンドトラックを手掛けている。以前にも『かいじゅうたちのいるところ』のティーザー映像で代表曲の“ウェイク・アップ”が使用されたり、『ザ・サバーブス』に合わせた短編映画『シーンズ・フロム・ザ・サバーブス』の監督を務めたりと、ずっと親交の深かったアーケイド・ファイアとスパイク・ジョーンズだが、同スコアはアカデミー賞にノミネートされるなど、映画業界からも高い評価を受けた。
また、妻との離婚で傷ついた男が高性能音声AIと恋に落ちるという同映画のプロットは、テクノロジーの進化とヒューマニティの関係性を描いている点において、『リフレクター』から『エヴリシング・ナウ』に至るアーケイド・ファイアのテーマとも共振している。
Arcade Fire – The Suburbs
加えて、前作のリリースから現在に至るまでの4年間、各メンバーのソロ活動が非常に活発だったということも特筆しておくべきだろう。2014年にはリチャード・リー・パーリーがソロ・アルバム『ミュージック・フォー・ハート・アンド・ブレス』を上梓。ニコ・ミューリー、ザ・ナショナルのブライス&アーロン・デスナー兄弟、クロノス・カルテットらが参加した同作は、ポスト・クラシカル的な志向の作品であり、デビュー当時のバンドのオーケストラ的要素を抽出し、モダンな解釈も加えた内容だった。2015年には、ウィル・バトラーが『ポリシー』というタイトルのソロ作を発表。この作品は、アメリカのオルタナティヴに影響を受けたロック・アルバムで、アーケイド・ファイアのロックな側面を抽出したような一枚となっている。
“Anna” Starring Emma Stone, Written by Will Butler from Arcade Fire
その他にも、ドラマーのジェレミー・ギャラは2016年に『リム』を、ベーシストのティム・キングズベリーはサム・パッチ名義(ジェレミー・ギャラも参加したバンド)で今年『イェー、ユー、アンド・アイ』というアルバムをリリース。それぞれのメンバーが個々人の音楽的嗜好を追求しているものの、どのアルバムをとっても必ずアーケイド・ファイアの音楽に通じる点が垣間見えるのも興味深い。メディアへの露出やステージでの存在感では、ウィン・バトラーとレジーヌ・シャサーニュの夫婦が目立っているものの、アーケイド・ファイアは各メンバーの音楽家としての才能が結集した、紛れもない「バンド」という運命共同体なのだ。
次ページ『リフレクター』で飛躍的に進歩した音楽的インスピレーションをさらに拡張し、改めてアメリカと現代社会の在り方に向き合った最新作『エヴリシング・ナウ』。