著作に『ヒップホップ・レザレクション──ラップ・ミュージックとキリスト教』(新教出版社、2019)、「ギャングスタ・コンシャスネス」(『文藝別冊 ケンドリック・ラマー』河出書房新社、2020)などがある日本キリスト教団阿倍野教会牧師・山下壮起。そしてゼロ年代の日本のヒップホップ/ラップを記録した『しくじるなよ、ルーディ』(P-VINE、2013)の著者であり、漢 a.k.a. GAMI著『ヒップホップ・ドリーム』(河出書房新社、2019年夏文庫化)の企画・構成を担当する二木信が編著した書籍『ヒップホップ・アナムネーシス――ラップ・ミュージックの救済』が2021年2月25日(木)に刊行される。

『ヒップホップ・アナムネーシス――ラップ・ミュージックの救済』

本書にはBADSAIKUSH田島ハルコJ. ColumbusDyyPRIDEFUNIMCビル風らの充実したロングインタビューも収録。2020年6月に同じく新教出版社から刊行された「福音と世界」の<特集=ヒップホップと福音>での論考等も再録されるほか、山下壮起マニュエル・ヤン二木信五井健太郎高島鈴飯田華子オサジェフォ・ウフル・セイクウDJのののPhoneheadMCビル風DJ GAJIROHYUGE有住航らの寄稿が掲載される。

今回Qeticでは、『ヒップホップ・アナムネーシス――ラップ・ミュージックの救済』の序文である「ヒップホップの力──想起(アナムネーシス)による救済」(著者:山下壮起)を公開。ヒップホップはなぜ救済の音楽なのか。その本題に迫るイントロダクションを読んでいただき、本書にご興味を持っていただければ幸いだ。

Intro ヒップホップの力──想起(アナムネーシス)による救済

ヒップホップは、キリスト教の限界を打ち破る救済の音楽である。公民権運動以後のアメリカ社会で黒人教会が社会問題から手を引いていくなか、ギャングスタ・ラッパーたちはゲットーの不条理な現実をありのままに取り上げ、その苦難や葛藤を正直にラップすることをつうじて救いのありかを見出してきた。ヒップホップは、自らの生の内に、そして、ストリートのただなかに、ゲットーの不条理な現実のなかで死した家族や仲間が復活(レザレクション)していまも共に在ることを歌う。そのことを論じたのが、2019年に刊行された『ヒップホップ・レザレクション』(新教出版社)だった。

わたしと音楽ライターの二木信の共編著である本書はその続編として、いまここに救いをもたらすヒップホップの力についてさらに掘り下げ、オバマ政権以降のアメリカと日本の現実を中心に論じるものである。アメリカでは人種差別を超克する希望とみなされたオバマ政権下で、警察・白人至上主義による暴力が可視化された。それに対して声を上げたブラック・ライヴズ・マターを受け止めきれなかったオバマ政権に代わり、誕生したトランプ政権。そして、いまこれを書いているわずか数日前に、バイデンを次期大統領に承認する手続きに抗議するトランプ支持者らが連邦議会に乱入する事件が起きた。黒人の声をないがしろにしてきた民主主義政治が、レイシストらによる議事堂占拠という結果をもたらしてしまったのだ。一方で、日本に目を向ければ、拡大する格差、女性、セクシュアル・マイノリティ、エスニック・マイノリティ、障害者に向けられたヘイトスピーチや暴力、3・11と原発。それらを許してきた、アメリカ同様に腐敗した民主主義政治。そして、突如現れた新型コロナウイルスのパンデミック。これがわたしたちの現実である。

しかし、こうしたなかにあって、わたしたちはヒップホップによって救われることが何度もあったのではないか。本書は、「アナムネーシス」をその救いの力を探る鍵とする。アナムネーシスとは想起することだ。すなわちキリスト教において、国家的暴力を象徴する十字架の上で殺されたイエス・キリストが、彼を愛した人びとの間に復活した、その死と復活を想い起こす営みを意味する。そして、この営みを中核とする聖餐の典礼は、イエスが宣べ伝えた〈神の国〉、つまり、神によって全てが解放された世界の先取りとして行われる。それは、神によって「きわめてよい」(創世記1章31節)ものとして創造された世界をいまここに取り戻すこと、その希望を信じることなのである。たとえ、どれだけ醜い現実のなかに置かれていたとしても。

そのように新しい世界を見出す力が、ヒップホップには秘められている。それは、ヒップホップの霊性(スピリチュアリティ)だといってもよい。ラッパーたちは、インナーシティの過酷な現実、警察の暴力によって失われた者たちを自らの内に見出すアナムネーシスによって、その者たちと共に見た世界をいまここに描き出してきた。

そして、2020年、わたしたちは再びこのアナムネーシスの力の目撃者となった。アメリカでは、新型コロナウイルス感染症対策のために厳しい外出制限が課される状況のなか、数え切れない人びとが路上に飛び出してブラック・ライヴズ・マターの声を上げた。そこには、ヒップホップを爆音で鳴らし、“What’s his name? What’s her name?”(彼の名は? 彼女の名は?)と叫ぶ無数の若者たちの姿があった。かれらは警察・人種差別の暴力によって殺された無数の黒人たちの名前を呼んで想い起こし、解放された世界に向かって立ち上がった。イエスの復活を信じた人びとを新しい世界へと向かわせる原動力となったアナムネーシスによる救済の力が、2000年の時を経てヒップホップに宿ったのだ。

そして、アナムネーシスの力は日本のラッパーたちの言葉においても輝きを放っている。ラッパーたちはアナムネーシスの営みをとおして、自らの内にある救いの言葉を吐き出してきた。リスナーたちもまた、その言葉を自らの歩みに重ねるなかで救いを見出すだろう。救いとは決して上からの恩寵として与えられるものではなく、すでにわたしたち一人ひとりの内に秘められているものなのだ。ヒップホップが顕現させている多元的な救済の力、これが、本書の掲げる〈ヒップホップ・アナムネーシス〉である。

本作は、気鋭の執筆陣による論考、ブラック・ライヴズ・マターと共闘する黒人牧師の説教、ラッパーたちへのインタビュー、ヒップホップの現場で活躍するDJたちをはじめとする選者らによるディスクガイドが収録されたかつてないアンソロジーである。そこに記された言葉からヒップホップに秘められたアナムネーシスの力を受け取るとき、新しい世界が広がっていくだろう。

RELEASE INFORMATION

ヒップホップ・アナムネーシス――ラップ・ミュージックの救済

ラッパーたちの霊性について取り上げた書籍『ヒップホップ・アナムネーシス――ラップ・ミュージックの救済』から序文を独占公開 music210222-hiphopanumnesis

想起(アナムネーシス)せよ、失ったものを、新しい世界をーー内閉したキリスト教会の限界を乗り越えるギャングスタ・ラップの宗教性を論じた衝撃作『ヒップホップ・レザレクション』。その議論を引き継ぎ、ラッパーの人生、ブラック・ライヴズ・マター(BLM)、フェミニズム、コロナ以後の社会といった視点から、ヒップホップが発揮する救済の力=アナムネーシスをラディカルに描き出す。BLMと共闘する黒人牧師の説教、気鋭のDJ陣が寄稿したディスクガイドなども収録した、かつてないヒップホップ・アンソロジー!

2021.02.25(木)
山下壮起・二木信編著
新教出版社
A5変型判・予価2500円
ISBN: 978-4-400-31092-1 C1073

Interview:BADSAIKUSH、田島ハルコ、J. Columbus、DyyPRIDE、FUNI、MCビル風

寄稿者:山下壮起、マニュエル・ヤン、二木信、五井健太郎、高島鈴、飯田華子、オサジェフォ・ウフル・セイクウ、DJののの、Phonehead、MCビル風、DJ GAJIROH、YUGE、有住航

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