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知人を通して、星 智という1人の画家を紹介してもらった。今回は、ベルリンのアトリエにお邪魔して、対談形式でインタビューさせて頂きました。

時々、無性に抽象的で物体のないものの中に埋もれたくなることがある。そんな時にフッと目に入ったのが、ある日本人画家のインタビューとその中にあったどこか物悲しげな女性の絵だった。その時の私は、ファッションでも音楽でもない、何か全く違う世界を欲していたのだと思う。そして、知人を通して、星 智という1人の画家を紹介してもらった。実は、以前にも彼の作品を見たことがあった。ベルリンで開催された熊本地震のチャリティーコンサートの時だ。彼が描いた熊本城の絵がコンサートのポスターやフライヤーに使用されていたのだ。

美しくてリアルな描写が視界を奪ったあとに、幻想的なイメージがどんどんと広がってゆく。ふんわりとした実態のない空間の真ん中に立ち竦んだまま、様々な想像力を掻き立てられる不思議な世界観。油絵画家・星 智とは一体どんな人物なのだろうか。

今回は、ベルリンのアトリエにお邪魔して、対談形式でインタビューさせて頂きました。是非ご覧下さい!!

Interview:星 智 × 宮沢香奈

【インタビュー】”死後100年に残る絵を描きたい” ベルリン在住の油絵画家・星 智に迫る column160817_km_6

どうせいつかは死んでしまうから、生きてるうちは自分がやりたいことだけに時間を費やしたい

宮沢香奈(以下、宮沢) 星さんが絵を描き始めたきっかけは何だったんですか?

星 智(以下、星) 高2の進路相談が始まるぐらいの時期に、教室の窓から見える木を何となくスケッチしてたんですよ。そしたら、自分は“絵が好きなんだ”って気づいて、そこから予備校に通い出しました。それまでは特に目的意識もなく、ただ高校に通ってただけだったんですよ。

宮沢 でも、それでいきなり芸大(東京藝術大学)に現役合格出来る人はなかなかいないですよね(笑)。

 イヤ、小さい頃から絵を描くのは好きだったんですよ(笑)。芸大も僕が受けた年から試験の課題が変わって、タイミングが良かったんです。それまで、デッサンモデルがいたり、果物とか決められた物をデッサンするという課題だったのが、自分の好きな物を自由に描いてよくなって、それにタイトルを付けるという課題に変わったんですよね。僕は当時まだテクニックに自信がなかったから、自分が得意とする感性や発想力で合格できたんだと思っています。

宮沢 それでも五浪十浪している人までいる狭き門にストレート合格なんてすごいことだと思います。

 自分が通っていた予備校では、現役で受かったのが僕だけだったみたいで、翌年から“現役生が受かる”って有名になっちゃったみたいです(笑)。

カメラマン それって、広告塔じゃないですか!

 むしろ実験台でしたよ。講師が生徒に向かって、“お前は今ダメだけど、先輩にはもっとダメなヤツがいて、そいつが現役で受かったんだから大丈夫だ、頑張れ!”って言われてたみたいです(笑)。

カメラマン&宮沢 (爆笑)。 

【インタビュー】”死後100年に残る絵を描きたい” ベルリン在住の油絵画家・星 智に迫る column160817_km_8

宮沢 星さんは、いつぐらいから画家としてやっていこうと決めていたんですか?

 画家でやっていけるとは思ってなかったし、今でも思ってないですが、生涯、絵を描いて生きていこうとは思ってましたよね。でも、そう決めたのは、大学を休学して行ったヨーロッパとアフリカから帰って来てからですね。

宮沢 アフリカへは何か特別な思い入れがあったんですか?

 冒険家の関野吉晴さんの『グレート・ジャーニー』という番組で、太古の人が一番長く旅した道を逆に辿るという挑戦をしていたんです。アフリカのタンザニアからアルゼンチンの果てまで、飛行機や電車などは一切使わずに人力だけで移動してて、それに影響されて、絶対に行ってみたいと思っていたんです。でも、その時、バックパッカーしてたんですけど、タンザニアでは強盗にあって、有り金半分持ってかれたし、モザンビークではキャンプしてたらマラリアに掛かりました(笑)。

宮沢 えー!! マラリア?? よく無事でしたね??

 モザンビークは毎年マラリアで何万人も亡くなっているところなので、もう病院が慣れてて、治療が早くて、しかも安いんですよ。健康な成人だったら3日ぐらいで治りますよ。強いインフルエンザみたいなもんです。

宮沢 いや、それでもだいぶキツいと思うんですけど(笑)アフリカでマラリアにかかったせいで絵を描いて生きようと思ったわけじゃないですよね(笑)??

 違います(笑)。日本に戻ってから大学に復学して、大学院で修士号を取って、そこからさらに1年間研究室に残ったんですよ。その間に油絵をずっと描いていこうって意志が固まりましたね。

宮沢 ベルリンへ移住したきっかけは何だったんですか? 2004年ということは大学の研究室を出てすぐですよね?

 そうですね。ベルリンは留学したいと思ってた時期があって、一度来たことがあったんです。東西で違う文化圏だった街が今は首都になっているなんて世界でここだけだし、興味もあったんです。通貨がまだマルクだった時に初めて来たんですけど、その当時の東(旧東ドイツエリア)は治安が悪くて1人では歩けない感じでしたよね。街全部がグレーだった。でもそういったところにも惹かれたんだと思います。

それに、人間はいつか死ぬわけだから、だったらしたくもない会社勤めとかせずに、やりたいことのためだけに時間を費やしたいと思ったんですよ。もちろん生きていくためにはお金は必要だからバイトはしますけど、一番の目的は絵を描くことだから、それに集中出来る環境に身を置きたかったんですよね。

【インタビュー】”死後100年に残る絵を描きたい” ベルリン在住の油絵画家・星 智に迫る column160817_km_7

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宮沢香奈(Kana Miyazawa)

宮沢香奈(Kana Miyazawa)

フリーランスライター/コラムニスト

長野県生まれ。文化服装学院ファッションビジネス科卒業。 セレクトショップのプレス、ブランドディレクターを経たのち、フリーランスとしてPR事業をスタートさせる。ファッションと音楽の二本を柱に独自のスタイルで実績を積む。2012年頃からライターとして本格的に執筆活動を開始し、ヨーロッパのフェスやローカルカルチャーを取材するなど活動の幅を海外へと広げる。2014年に東京からベルリンへと活動拠点を移す。現在、Qetic,VOGUE,繊研,men's FUDGEなどで連載を持ち、多くのファッション誌やカルチャー誌に寄稿している。また、国内外のカルチャー情報&体験を提供するアクティビティーコマースBANANAにて、現地ガイドを担う。

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